河童(7)

 捜査は大した進展を見せることなく更に数日が経過した。

 依然として森一翔、および、西村祐輔が発見されることはなく、不審人物等の目撃情報も得られていなかった。


 やはりこの二件は単なる事故で、二人とも海へと流されてしまい、たまたま発見されていないだけなのではないか?袴田の中ではその思いが強くなっていたのだが、それでも事件だった場合、犯人を取り逃がすことによって次の犠牲者が出る可能性が高い。そういった思い込みによる捜査は危険であることも袴田は重々承知していた。

 どちらにせよ、自分は上の判断に従うしかない。

 そんな諦めの気持ちが全く無かったというわけでもないのだが。


 大きな溜息を一つつくと、特に内容の無い当日の報告書を不在の豊峰のデスクの上へと置いた。


(ああ、今は警部が持っていたのか)


 その時、ディスプレイの脇に立てられた書類の束が目に入った。それは捜査本部が置かれて以降の捜査内容を時系列で並べたもので、誰がいつどこでどのような捜査を行い、どのような聞き込み情報を得たかまでが詳細に書かれていた。

 これは正式に作られたものではなく、捜査一課長である太田が独自にまとめたものらしく、表紙には赤い文字で大きく『本社への流出厳禁!!太田』と書かれていた。

 何としてでも所轄である自分たちで解決するのだという対抗心の見て取れる内容で、その書かれている事の細かさも神経質な太田らしい作りだと袴田は苦笑する。


 捜査一課内であれば、情報を持ち出さない限り閲覧は自由である。

 もしかしたらどこかに見落としがあるかもしれない。そう考えた袴田はじ紐でまとめられた書類を手に取って自分のデスクへ戻ろうとした。


(あれ?これ……)


 袴田がまとめて取った書類の束は、よく見ると二冊あった。

 白紙の表紙でまとめられていたもう一方は、A4用紙10枚ほどの薄さのもので、気になって中を開いてみると、それは半年前に児童が亀水川に流された事故の報告書の内容を抜粋した写しだった。


 事故の犠牲者の名前は『豊峰 のぞむ』。


 その名前を見た瞬間、袴田の胸に痛みが走る。


 そして豊峰が自分の息子の事故も今回の連続誘拐事件と関係しているのではないかと考えているのだと察する。

 発生した場所や時間帯。目撃証言の少なさや、本人が発見されていないということまで、後の二件との類似点は多い。豊峰がそういう考えに至ることに何ら不思議はなかった。

 それに、豊峰が事故の後も事件の可能性を探るように、一人でこっそりと聞き込み捜査を行っていたことを一課の人間たちは皆知っていた。しかし、子供を突然失った豊峰の心境を理解し、その事をを上に報告しようと考える者は誰一人としていなかった。


 (希くんが事故に遭い、西村祐輔くんが行方不明になるまでが約半年。そして森一翔くんがその一か月後。多少の間隔の開きはあるが、希くんを含めた三件連続行方不明事件として捜査していてもおかしくない。そうならなかったのは……希くんの事故が、確実な証拠の下に事故だと判断されているからだ。当時は捜査関係者の誰からも事件の可能性を匂わせる言葉が出ることはなかった。詳しい捜査内容が管轄外の自分たちに知らされることはなかったが、希くんが川に流されたと断定できる何かが発見されていたのだろう。当然父親である警部はその事を伝えられているはず。それでもなお、生存の可能性を求めて事件であって欲しいと思っているのかもしれない)


 おそらく豊峰自身もその事は理解しているのだろう。

 理解してなお抑えきれない想いがあるのだと、袴田はその心中を想い、目頭に熱いものを感じるのだった。



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