異説・百物語～物部カタルは斯くも語りて～

絡新婦（２）

　物部が晴香のすぐ目の前まで近づいてくると、頭一つ以上高い物部の顔を見上げるような形になる。しかしその冷たい視線は晴香の背中に隠れている愛莉に向けられていた。

「何故隠れている」

「……いや、別に何でもないです」

「何でも無いなら隠れる必要は無いだろう。早く出てこい」

　晴香たちとは一年しか歳が違わないとは思えないほどに言葉から感じる圧。

　自分に向けられているわけではない晴香だったが、その迫力に気圧され、ただそこに立っていることしか出来なかった。

「……何でしょうか」

　渋々といった感じで晴香の背中から離れる愛莉。

「それは俺の台詞だ。どうして隠れた。何かやましいことがあるんじゃないのか」

「だから、別に何でもないですって……」

　物部はその細い目を更に細め、愛梨の顔から胸元、腰から露出している太ももへと向けてゆっくりと目を配っていく。

　これが男性教員の行動だったとしたら、後でいろいろと問題になりそうなくらいじっくりと見ている。

「特に問題は無いようだな」

「だから言ったじゃないですか……。先輩は見た目が怖いんですよ……」

「……今回は反省の意思アリということで見逃してやろう」

「……もう行って良いですか」

「ああ」

「晴香、行こ」

　愛莉は晴香の手を引いて物部の横を抜けていく。

　結局、晴香は通りすがりに慌てて会釈をするのが精一杯だった。

　そんな逃げるように――実際に一人は逃げたのだが――離れていく二人の後姿を、物部は再び目を細めて見つめていた。

「ねえ、さっきの会話なんだけど、どういうこと」

　教室に入ると、何も説明もせずに席に向かおうとしていた愛莉を引き留めて晴香が尋ねる。

「あー、あれね。上手くやったと思ったけど、物部先輩にはバレてたみたい」

　そう言いながら愛莉はスカートのウエストを少し上にずらした。

「あんた、私の後ろに隠れてた時に……」

「先輩の姿が見えてすぐだったから見られてないと思ったんだけどなー」

　校則ではスカート丈の長さが膝上と定められている。

　それよりも短いスカート履いていた愛莉は、廊下の向こうに物部の姿を見た瞬間に晴香の背中に隠れ、ウエストの位置を下げることで誤魔化そうとしていたのだ。

　しかしそんな小細工も物部は見抜いていたようで、あの距離からそのことに気付いた物部の視力と洞察力に晴香は驚いた。

「ねえ、そのくらい我慢しなさいよ。別に少しくらい短くても変わらないでしょ」

「いやよ。そんなの可愛くないじゃん」

「あんた学校中の女子を敵に回したわよ。私も含めて……」

「だってー」

「だってじゃないわ。そんなつまらないことで鬼の風紀委員長に目を付けられるとか冗談じゃないわよ」

「まあ、ね。初めて近くで見たけど、あの人を射殺すような鋭い視線に、監禁されて強迫されてるかと思う程の威圧感……。あれは本当に鬼だわ……」

「いや、そこまでは言ってないけど……」

「まあ、出来れば今後もお世話になりたくないわー」

「そう思うなら服装を改めなよ」

「学年が違うから滅多に会わないと思うけど、登下校の時と休み時間とかに外出る時は気を付けないとだねー」

「あんたは一回捕まって痛い目見ないと駄目だと思う……」

　その時は私を巻き込まないようにして欲しいと願う晴香だった。