絡新婦(3)
「じゃあ19時でよっろしくー」
「りょーかい。涼くんに会うのも久しぶりだから楽しみね」
全ての授業が終わり、愛莉は陽気に晴香に声をかけて教室を出ていった。
今日は愛莉の弟である涼の10回目の誕生日。
毎年家族で誕生日会を行っていて、今年は晴香もそれに呼ばれていた。
連休中に渡す予定のプレゼントの準備も済ませており、自分にとっても弟のような存在である涼との久しぶりの再会を楽しみにしていた。
ただ、今日は日直が当たっていた晴香は、愛莉を見送った後、一日の日誌の記入をするべく一人教室に残っている。
出来れば早めに帰って、愛莉の家にはシャワーをしてから出向きたかったので、出来る限り簡潔に日誌をまとめて担任に渡すべく職員室へと向かった。
「おい。そこのお前」
階段を下りている途中、階上からふいに声をかけられる。
それは今朝聞いたばかりの威圧感のある声。
振り向くことなく声の主が誰であるか察した晴香は足を止めると、緊張した面持ちでゆっくりと振り返った。
「……私ですか?」
そこにいたのは晴香の想像した通りの人物――物部かたる。
下から見上げる形となった晴香には、彼のその冷たい視線で蔑まれているかのように感じた。
「お前は朝会ったな」
「……そう、ですね」
「どこへ行こうとしている」
そう問いかけながらゆっくりと階段を下りながら晴香へと近づいてくる。
晴香は物部の言う質問の意味が解らずに口ごもる。
校則違反を咎められるならまだしも、何故風紀委員に自分がどこへ行こうとしているのかを聞かれなくてはいけないのか理解出来なかった。
「……そうか。お前じゃないのか」
すぐ目の前まで来ていた物部は、戸惑う晴香の目をじいっと見つめた後――そう一言呟いた。
「えっと……日直の日誌を届けに職員室へ――」
「ああ、それはもういい。すまない。勘違いだったようだ。なら――もう一人の方か……」
「え?もう一人?」
「お前が朝一緒にいた奴の名前は?学年とクラスも教えろ」
「愛莉のこと、ですか?あれは……見逃してくれたんじゃ――」
「あれはもうどうでも良い。その愛莉とやらはお前と同じ2年か?クラスは?」
「あの……何でそんなことを?」
夕焼けに染まり出した校舎内。
窓から差し込む斜陽を背にした物部の表情は陰となって見えづらい。
そのことが余計に遥かに得も知れない恐怖を感じさせていた。
「あの、その、私……」
「苗字は?」
「あ……
「古角……B組だな。分かった」
物部はそう言うと、晴香の肩をぽんと一つ叩いて通り過ぎていった。
「何だったのよ……」
階下に物部の姿が消えると、晴香はようやく呼吸が解放されたかのように大きく息を吐いた。
そして自分が驚くほど全身に汗をかいていることに気付き、少しでも早く帰ってシャワーを浴びたいと思った。
帰宅した晴香は手早くシャワーを済ませると、母親に愛莉の家に行くことを伝えて家を出た。
晴香の家からだと歩いて10分ほどの距離に愛莉の家はあった。
途中で今向かっている旨をスマホから送り、プレゼントを入れた紙袋を手に、すっかり暗くなった道を歩いた。
閑静な住宅街にある二階建ての一軒家。
表札には「
(あれ?おかしいな?)
家の中からは真っ暗で、不思議に思った晴香は庭に回り込んで家の中の様子を伺ってみた。
すると、一階のリビングのカーテン越しに、蝋燭のような小さな灯りが見えた。
(ちょうどケーキの蝋燭を消すところなのね)
そう解釈した古角春香は、幼馴染である萩原愛莉の家の玄関の扉を静かに開いた。
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