覚(10)
そんな全てに怯えたままの状態では学生生活にも支障が出てくる。
五月末の各委員長が集まる定例報告会。
司会進行をしていた僕は、みんなからの視線に耐えきれなくなり途中退室することになった。
頭痛、眩暈、吐き気……。
みんなが僕の事をどんな風に思いながら見ているのだろうと考えると猛烈な体調不良に襲われたのだ。
みんなは僕の身体の事を心配して病院に行く事を勧めてくれるけど、自分ではこれが精神的なものが原因である事を知っている。
それなら行くのは精神科の病院になる。
でもそこに行ったとしても、僕はその理由を話すことが出来ない。もし言ったとしても信じてもらえないだろうし、最悪の場合は更に重症だと診断されて入院させられるかも知れないから。
そうなれば内申に響く恐れがある。
そんな事まで記入されるかどうかは知らないけど、先生の心が読めなくなった今は確認のしようもない。
僕は何としても父親の期待に応えなければいけない義務がある。
良い大学に進学して、一流の企業に就職する。
それが父の希望。
こんなマガイモノの僕を見棄てずに愛情を注ぎ続けてくれた父への恩返しなんだ。
だから目指す未来に弊害となりそうな要素は全て取り払わなければいけない。
僕はこれまで通り優秀な息子であり続けなければいけない。
たとえ自分がいる世界に絶望を感じていたとしても。
「会長。ちょっと良いか?」
会議室を出て保健室へ行こうとしていた僕に、同じように出てきた物部が声をかけてきた。
「……何?」
「いや、最近ずっと調子悪そうだからな。それでも病院には行っていないようだし、どうしたのかと思ってな」
「……病院に行くほどの事じゃないから」
「そうは見えないぞ」
「自分の身体の事は自分が一番分かってる……」
「それなら手遅れになる患者は一人もいなくなる」
「……本当に大丈夫だから。放っておいてよ」
「しかし――」
「良いから構わないでって言ってるの!!」
「――!?」
「僕にはやらなきゃいけないことがあるんだ……。父さんの期待に応えなきゃ……。休んでちゃ駄目なんだ……」
そうだ。誰の声も聞こえないなら誰も頼らなければ良い。
僕は僕一人の力で生きていける。
理解してくれる父がいればそれだけで良いんだ。
その日の夜。
僕が自分の部屋で明日の予習をしているところに父が入ってきた。
「覚。体調はどうだ?」
「うん。少しずつだけど良くなってきてるよ」
嘘だ。
むしろ日を追う毎に症状は悪化してきている。
でもそれを言ったら心配されるだろう。だから僕は出来る限り元気にそう返した。
「そうか……。それで例の力はどうなっている?まだ人の心を読むことは出来ないのか?」
「……うん。そっちはまだ全然駄目だね。あれから誰の声も聞こえなくなったままだよ」
「そうか……」
父はそう言うと何か考え込むように目を閉じた。
「でも、このまま力が無くなったら普通の人間と同じになるでしょ?それならその方が――」
「馬鹿な事を言うな!!」
カッと目を開いて怒鳴る父。
こんなに感情を表に出している姿を見た事がなかった僕は、恐怖というよりも驚きで全身が固まった。
「お前はあの力がどれだけ素晴らしい力なのかをまだ理解していないのか!あの力があれば大企業の社長なんてちっぽけなものじゃなく、この国すらも支配出来る程のとんでもない力なんだぞ!それが無くなっても良いだと?ふざけたことを言うな!!」
「父さん……何を言っているの?」
「何の為にこれまでお前の力が覚醒するのを私が待っていたと思っている!力を無くしたお前に何の価値があると言うのだ!!」
「僕の……価値は……」
「ようやく見つけたサトリの力!失ってなるものかあ!!」
父がそう言った瞬間――僕の全身は何も見えない暗黒に包まれた。
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