覚 ~神代覚~
いろいろとあった一学期が終わり、学園は夏休みに入った。
僕は正式に東京の帝東大ではなく、地元の国立大学への進学を決めた。
将来的にも地元の企業へ就職するつもりでいる。
「本当に良かったの?先生も残念そうだったわよ?勿体ないって……」
「良いんだよ。母さん」
「もしお金の事を心配しているんだったら気にしなくても良いのよ。私も知らないうちに結構蓄えがあったんだから」
「ううん。そういうのじゃないから。僕が行きたいって思ったからそうするんだ」
あの妖怪の敷いたレールから外れたいという考えもあったけど、一番は元に戻った母さんへ少しでも恩返しをしたいと思ったから。
本当の理解者で、一番僕の事を愛してくれていたのに、あいつのせいで――この力のせいで辛い時間を過ごさせてしまった母さんへの罪滅ぼしでもある。
「覚がそう決めたんだったら母さんは良いんだけど……」
「その分のお金は母さんが自分の為に使ってよ」
「何言ってんのよ。この年になって私は欲しいものなんてないわよ」
「母さんこそ何言ってるの。母さんは綺麗だし、まだまだ若いでしょ。たまにはオシャレしなって。父さんだって生きてたらそう言うと思うよ」
「綺麗って……この子は親をからかって……」
母さんは頬を少し赤らめて顔を背けた。
本当だったらこれまでもこんな思い出がいっぱいあったはず。
僕にとっても、母さんにとっても。
失われた時間は取り戻せないけど、これから新しく作っていけばいい。
いつか僕に新しい家族が出来ても、その中には絶対に母さんもいるんだから。
ずっと、ずっと僕たちの関係は続いていくんだから。
ああ、そうそう。
結局僕のサトリの力はどうなったかというと――
「何やら思いつめた顔をしているが、もしサトリの力の心配をしているなら安心しろ」
「……え?」
「さっき説明しただろう?サトリとはサトリワッパの事だ。その力は子供のうちしか発動することはない。近い将来、お前が人の心を読むことは出来なくなるはずだ」
「――あ。じゃ、じゃあ!もしあいつの仲間になっていたとしても大丈夫だったって事!?世界征服とする時間は無かったの!?」
「いや、それは違う。あいつは認識を改変させる。お前がいつまでも大人だと認識しないようにすることも可能なのだろう。だからこそ制限時間が短いはずのお前を取り込もうとした」
「僕がいつまでも子供だと思っている間はワッパだと?」
「実際にそうなるかどうかは知らん。だが、もしもそうなった時には大変な事になるからな」
「ああ……それはそうだね。……そうか、もう少ししたら心の声が聞こえなくなるのか……」
「力が無くなる事を残念に思っているのか?」
「……いや、残念じゃないよ。ずっとこの力が嫌だったからね。でもいざ無くなると思うと、これまで通りに人に接する事が出来るのかな?っていう不安はある。これまでの友達とかも僕の事を嫌いになるんじゃないかって……」
「相手の思う事が解らないのが普通の人間だ」
「それはそうだけど……」
「そんなに不安なら思い返してみるが良い。お前の周りにいた人たちは、お前の力を利用しようとして仲良くしていたわけではないだろう?たとえお前が相手の心を読むことで上手く対応していたのだとしても、それが上手くいったのはお前の対応力の問題であってサトリの力は関係ない。そうして努力して築いてきた関係が簡単に無くなるとは俺は思わないけどな」
その通りだ。
彼らが僕を嫌うかもしれないなんて考えは、彼らの気持ちを鑑みない僕の勝手な自己嫌悪でしかない。
それに嫌われたのなら、それはそれで僕にも責任がある。そうなってもいないのに今から悩むなんて馬鹿げている。
これまで出会った人たちの顔を思い浮かべながらそう思った。
「……そうだね。頑張ってみるよ。ありがとう物部」
急に呼び捨てにされて一瞬驚いたように少しだけ目が開いたけど、すぐに元の表情に戻って――
「ああ」
少しだけ微笑むようにそう言った。
そして物部の方の話というのは――
「えっと……秘密にしてほしい?」
「ああ。今回の事件の事。俺の事。全部誰にも言わずに黙っていて欲しい」
「……それだけ?」
「それだけって……結構大事な事だと思うんだが……」
「だって君なら無理やり口封じすることだって出来るでしょ?」
「……お前、俺を殺人鬼か何かだと思っているのか?」
「いや、だってこういうのって見られたからにはってパターンじゃないの?」
「馬鹿を言うな。それなら最初からお前を助けになんて来やしない」
「ああ、まあ、それはそうか……」
「何度も言っているが、俺には人間であるお前に干渉する力は無い。だからこれはお前の意思で黙っていてもらうしかないんだ。頼む!」
そう言うと物部は椅子に座ったまま深く頭を下げた。
「ああ!止めて止めて!何で助けてもらった僕が頭を下げられなきゃならないの!?まだ君にお礼も言ってないんだからさ!」
僕は慌てて彼の肩を掴んで身体を起こす。
その時、僕の目の前にあった彼の顔は真剣そのものだった。
「分かったよ。というか、それが君の願いなんだったら当然受け入れる。それだけじゃなくて、もし僕に何か力になれることがあるなら何だって手伝うから」
「そうか……黙っていてくれるなら助かる」
「そんなに感謝されると僕の方がすっきりしないんだけど……。まあ、君がそういう奴なんだって事にしておくよ」
「あ、ああ?そうか?」
安堵した顔から一転して不思議そうな顔になる物部。
こいつ意外と感情が豊かなのかもしれない。
これからは今まで以上に上手く付き合っていけそうな気がする。
たとえ心が読めない相手だったとしても、その気持ちを察する方法はいくらでもあると教えてもらった気がした。
そして僕はマガイモノじゃない――本当の人間として生きていく。
―― 其の参 『覚』 完 ――
次怪 ―― 『鎌鼬』 ――
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