覚(3)

 僕がこの力に気付いたのは小学校に上がる前だった。

 徐々にいろいろな言葉も覚えだした頃で、とにかく喋ることが大好きだった。でも幼稚園に通っていなかった僕には友達がいなくて、両親が仕事でいない日中は一人で家に残っていた。幼い子供を独りで家に残すのは虐待なのではと思われそうだけど、僕は辛いと思ったことはなかったし、誰もその事を問題にもしなかったんだと思う。そして夜に仕事が終わって帰ってきた両親にその日に観たテレビの事や、読んだ本の話をするのが楽しみだった。

 そんなある日、母親が僕との会話の途中で急に顔色を変えて、「気味が悪い……」と何か悍ましいものを見る目で僕を見た。

 その時は母親の言っている意味も、その表情が何に対してなのか解らなかったが、その後すぐに僕が母親が喋っていない心の声にも反応していたのだと気付いた。


 おそらくその前兆はあったんだろう。

 だからこれは「やっぱりか」という確信をもった瞬間だったんだと思う。

 僕を外に出さなかったのは、この事を誰かに知られたくなかったんだろう。

 そうじゃなきゃ、幼い子供を独りで家に残して仕事に行くとは考えられない。少なくとも僕の家はそれくらいの経済的な余裕はあったはずだから。


 父は厳格とまではいかないが、口数が少なく成績については割とうるさい方だと思う。でも別に僕の事を嫌っているということはないようで、母があの一件以来僕と距離を取るようになったのとは反対に、その母の分も厳しいながらも愛情を注いでくれるようになったように感じる。

 僕はそんな父親の事を好きだし、尊敬もしている。

 そして何より、父からは心の声が一切聞こえてこないのだ。

 だから唯一父とだけは、普通の親子として接する事が出来ていた。


さとる。今日は学園の部活紹介の日だったな。どうだ?上手く進行出来たか?」


 夕食の席でテーブルを挟んだ向かい側に座っていた父がそう聞いてきた。

 テーブルには僕と父だけ。

 母はあの日以来同席することが無くなったが、そのことについて父は特に何も言う事はなかったし、僕もその事を聞くことはなかった。


「うん。いろいろトラブルは起こったけど、結果的に大盛り上がりで終わったよ」

「……そうか。まあ、お前が司会進行をしているんだから、多少のトラブルが起きても乗り切れるだろう」


 それは僕への過大評価なのか、それとも期待の表れなのか、心の声が聞こえないので真意は分からないけど、それは父さんに信頼されているように感じて嬉しい。

 そう、人の本心なんて知らない方が幸せなんだ。


「今の内に大勢の前で話すことに慣れておきなさい。それがお前の将来に必ず役に立つはずだ。今年は受験も控えている。今のお前の成績なら帝東大学も安全圏だろうが、生徒会に関わり過ぎず学業の方もしっかりとやるんだぞ」

「大丈夫。他の役員も優秀だから僕の負担はそんなにないよ」

「それなら良い。だが、くれぐれもお前の力が人に知られるようなことは無いようにな。人は自分に理解出来ない存在を拒絶し、執拗に迫害する性質があるからな」

「……それは気を付けるよ。絶対にバレないようにする」

「ああ。十分に気を付けてくれ。これ以上母さんみたいな人を増やしたくはないからな」

「……そうだね」


 父の言葉に悪意は無いんだろう。

 でも、最後のその言葉は僕の心に刺さり続けている棘を強く刺激した。



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