覚(4)

 父以外に僕が心を読めない人間が学園に一人いる。

 それが目の前の教室から出てきた生徒だ。


「おはよう。物部君」

「ん?ああ、おはよう神代会長」


 風紀委員長の物部カタル。

 去年生徒会長になったのと時期を同じくして風紀委員長に就任した彼だったけど、その初対面の挨拶の時から一度も彼の心の声は聞こえてこない。

 それが何故なのかは今だに不明のままだけれど、それを彼に直接聞く事なんて出来ない。


「昨日はお疲れだったようだな。いろいろと噂で聞いたぞ」


 目つきも鋭く、イケメンなのに強面な見た目の彼は、低音で少し威圧的に感じる話し方の印象も伴って恐怖の風紀委員長として他の生徒たちに恐れられている。


「そうでもないよ。二年前と似たような感じだったから」

「そうなのか。俺は一年の終わりに転校してきたから知らないんだ」

「ああ、そうだったね。みんな緊張しまくりでバタバタした紹介で面白かったよ」

「それを進行していたのがお前だろう?」

「そうだけど?」

「ああ……そうだな。お前はそういうのを苦にしない奴だった」


 分かり辛い。

 めちゃくちゃ分かり辛いけど、物部は少しだけ微笑んだ……ように見えた。


「僕も聞いてるよ。新入生がすでに君の事を怖がってるって話。周囲を威嚇しまくってるんだって?」

「はあ?俺はそんなことはしていない。もし俺に怯える奴がいるんだとしたら、そいつの心に何かやましいことがあるからだろう?」


 そうではない。

 単純に君の雰囲気を怖がっているんだ……とは口が裂けても言えない。

 僕は他の生徒たちが君の事を恐ろしい鬼でも見るような目で見ているのを心の声を聞いて知っているけど。


「そうかもしれないね。新入生はまだ学園に慣れてないから、校則違反で怒られるのに怯えているのかもしれない」

「ふん。きちんとした恰好をしてくれば別に俺は何も言わない。たとえば……あいつみたいじゃなければな」


 物部がそう言って僕の背後に視線を送る。

 そして振り返ってその目的の人物を見て僕は溜息をついた。


「彼女か……」


 僕たちに気付いた彼女はあからさまにヤバいという顔をして立ち止まる。


 二年生の萩原はぎわら愛莉あいり

 入学した頃から派手な恰好で度々風紀委員に注意を受けている問題児。

 注意されると一旦は大人しい恰好になるんだけど、すぐにまた髪を染めたり制服のスカートを短くしたり、過剰なギャルメイクをしたりしてくる。

 彼女と直接話をしたことはないけど、生徒会にもたまに名前の上がってくる生徒だ。


「待て!逃げるな!!」


 突然僕の背後から物部の大声が聞こえて心臓が止まりそうなくらい驚いた。

 そしてそれと同時に走り出す物部。

 風紀委員長がそんな速度で廊下を走っても良いのかと言いたいくらいのスピードであっという間に萩原を捕まえた。


「ちょっ!痛いですって!離してくださいよ!」


 物部は萩原の右手首を掴んで逃げ出さないようにしているが、傍目にはDV彼氏に捕まったギャルのようにしか見えない。


「お前は何回言ったら解るんだ?この髪の色は何だ?校則で認められている範囲を遥かに超えているだろう?あとスカート丈も短すぎる。そんなに太ももを露出して、お前は痴女か何かなのか?」

「ち、痴女!?先輩は一々例えが古臭いんですよ!これがオシャレなんです!今時のJKはみんなこれが普通なんですよ!」

「世間の普通がどうかは関係ない。この学園に通う以上は学園の校則に従ってもらう」

「分かりました!分かりましから離してくださいって!明日はちゃんと直してきますから、力を抜いてくださいよ!――あ!神代会長!見てないで助けてください!か弱い女生徒が襲われてますよ!」


 いや、これは一方的に君に問題があるでしょ?

 生徒会長がそれを助けるとでも思うのかな?


 でも物部の印象がこれ以上悪くなる前に止めないとだよね……。



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