覚(16)
心の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。
それは最後に残っていた僕の心の壁。
あの時、彼女の言葉を拒もうとした僕が普通である事を信じる最後の砦。
それが今、取り除かれていくのをはっきりと感じる。
「すぐにそいつを片付けてやる!そしてワシと共にこれからも生きるのじゃ!」
「嫌だよ」
「……何?」
「お前と一緒に生きるくらいなら死んだ方がマシだ」
「……覚……お前、まさか?」
「全部嘘だったんだ。お前が子供の頃から僕の味方だったのも、母さんが僕の力に怯え避けていたのも、全部――全部お前が刷り込んだ嘘の認識」
「ワシの心を――記憶を読んだのかー!!!」
「お前は父さんなんかじゃない!消えて無くなれー!!」
そう叫んだ瞬間、それまで僕と奴を隔てていた白と黒の境界の均衡が一気に崩れる。
世界全てを光で覆い尽くす様に広がっていく白い世界。
光に溢れる眩いばかりの世界。
「ぐっ……くそ……ここで覚醒するとは……」
苦しそうな表情でそう呟く妖。
この世界に残る黒は、僅かに奴の周囲を取り囲む一部だけになった。
「この場には貴様を入れて三人。その内の二人が貴様を妖として認識した。お前の力の源は自分を都合よく見てくれる人の数なんだろう?唯一の味方だった会長がいなくなった今、お前の能力は封じられたも同然。何せ騙す相手がいなくなったんだからな」
「貴様……ワシの力に気付いていたのか……」
「ハッ!お前も気付いていたじゃないか。俺がお前の正体を知っているって事を。それならお前の能力がどういうものかも当然知っていると考えるべきだったな」
「まさか……その為にわざと手を抜いてワシの攻撃を……」
「ああ、まずは会長の気持ちをお前から離さないといけなかったからな。万が一にも偽の情にほだされるような事になっても困る。そして調子に乗ったお前は会長に自分が妖であることも、偽の父親であることも告白してくれた。予想通りの行動をしてくれて助かった。あれで迷っていた会長の心は正しい認識を取り戻すことが出来たんだからな」
全ては最初からの計画通り。
劣勢に見せかけ、攻撃を受けて怪我を負ったのも全てわざと?
物部の言葉を信じるならそういう事なんだろう。
でもそうかもしれない。
最初から物部があいつを攻撃していたら、僕はこの身を呈してでも父さんの助けに入っただろう。
だって僕はすでにこの世界で生きる事に絶望していたから。
この命に価値なんて見出す事が出来なくなっていたから。
でも徐々にその気持ちは迷いに変わっていった。
助けないといけない、から、どうしたら良いだろうに。
その時から僕を縛り付けていた呪縛のようなものは解け始めていたんだろう。
「だがまだだ!まだ僅かだがワシの世界は残っておる!これがある限り、ワシが負ける事などないのだ!」
その言葉はすでに悪足掻ぎにしか聞こえない。
素人の僕でも分かる。すでにこの勝負は決しているのだと。
でも――
「そうだな。俺の力ではその中にいるお前を封じる事は出来ない」
物部は自ら打つ手が無い事を告白した。
「え……。じゃあどうするの?」
決着したと思った戦いはまだ続くというのか?
じゃあどうやってあいつを倒すんだ?
「貴様とてこの結界を張り続ける事は出来まい。いずれその力が尽きた時、ワシは自由にこの場から離れる事が出来る!そうなればワシを捕らえる事も出来なくなろう!」
「そうだな……そうなる前に貴様をそこから出さないといけない。どうだ、自分から素直に出てきてくれないか?」
「馬鹿か!!誰が出るものか!ここにいる限りワシは無敵だと言っただろう!絶対にこの世界から出る事など無いわ!!」
物部にあの黒の世界から追い出す手段が無いのだとしたら、あいつの言う結果が待っている。
でも、それを聞いた彼は、少し笑って――
「――言質は取ったぞ」
そう呟いた。
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