覚(15)

「じゃあ――僕は本当に人間なの!?」


 妖怪じゃなくて普通の人間……。


「ああ。生物学上は間違いなく人間だ。ただ、かつて山神であった事が影響している。人の想いによって神となったサトリワッパとは、同じく人の欲望や畏れから生まれた妖と一度は同じ存在となった。それが同じ妖であるそいつには感じ取れたんだろう」

「妖と同じ存在……だから同じ妖の父さんに――じゃあ、萩原さんも……」

「――!?お前……あの女の事を……」

「え?物部君は萩原さんの事を覚えているの!やっぱり彼女はいたんだよね!?それなのに誰も彼女の事を覚えていないんだ!ねえ!君はその理由を知ってるの?」

「……それはまた後で説明してやる。そうか……あの女が絡んでたのか……」


 そう呟いた物部の表情はそれまで以上に険しいものになっていた。

 物部は萩原さんの事を知っている。しかも彼女がみんなから忘れられた理由も知って……もしかして……。


「……君が彼女を殺したの?彼女が妖怪だったから?」

「……あの女の事は後だと言っただろう」

「でも――」

「――くっ!六根清浄ろっこんせいじょう急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 物部がそう叫ぶと、再び彼の前に光の五芒星が出現した。

 しかし、それはほんの僅か間に合わず、僕の背後から猛スピードで伸びてきた一本の闇の触手が彼の左肩を掠めていった。

 触手はその後すぐに五芒星に触れて掻き消されるように消滅したが、物部の身体はその衝撃で大きくバランスを崩した。


「驕ったな陰陽師!!ワシを前に呑気に世間話とはなあ!!」

「物部君!!」


 少し掠っただけに見えた。

 でも物部の黒装束の左肩の部分は大きく裂け、その下から流血しているのが見える。


「……ふん。それもお前の認識を変える力か」

「ああ!ワシはこの世界にいる限り無敵!闇はワシの剣となり盾となる!全ての闇はワシが自由に操れるのじゃあ!!」

「……その割には随分と焦っていたじゃないか?お前一人で俺と戦えるなら、何故会長をあれ程味方につけようとした?俺を倒してからでも良かったんじゃないのか?」

「黙れ!屁理屈を囀るなよ小僧!」

「悪いが屁理屈で理屈を捻じ曲げるのが俺の主義なんでな」


 そう言って物部は僅かに口角を上げて笑ったように見えた。


「それにもしも本当に無敵なのなら、どうして千年前に戦いに敗れ封じられた?それほどに都合の良い力、制限があるんじゃないのか?」

「黙れ!黙れ!黙れぇぇぇ!!」


 無数の闇の触手が連続して物部に向かっていく。

 物部は今度は五芒星で防ごうとはせずに素早く動いて回避を続ける。

 怪我の影響で術が使えなくなったのか?


「どうしたどうしたー!!その程度の怪我でもう戦えなくなったか!!」

「…………」


 触手は攻撃を続けるにつれて徐々に物部に迫っているように見える。

 僕はどうしたらいい?

 アレは父さんじゃなかった……僕を利用しようとしていた妖怪だった。

 それでもあの人とのこれまでの思い出が僕の決断を鈍らせる。


「弱い!弱いな貴様!この世界に割り込んできた時は焦りもしたが、所詮は幼き陰陽師か。まるで相手にならんではないかー!!」

「――ちっ!」


 それまでギリギリで躱していた触手が法衣を掠める。

 鋭い刃物で斬られたように、その部分が裂け、その一部が皮膚にまで達していたのか、血で赤く染まった肌が見えた。

 その表情には余裕は全く感じられず、痛みに耐えながら懸命に逃げているようにしか見えない。

 本当に攻撃する事が出来ないのか?

 でも、父さんだったモノを彼が殺そうとした時、僕はそれを黙って見ていられるのか?

 もしかしたら利用されていたとしても、あの人と一緒にいる方が僕にとっては幸せなんじゃないだろうか……だって、この世界でこの力を必要としてくれている唯一の人なんだから。


 触手の攻撃が止まる。

 父さんだったモノはその顔にニタニタとした嫌らしい笑みを浮かべ、物部を見下す様に視線を送っている。


「覚。お前を助けにきた陰陽師もこの程度。お前を守ってやれるのはワシしかおらんのだ。ワシと共に来い!共にこの世界を手中に治め、これまでお前やワシらを蔑んできた人間どもに復讐を遂げるのだ!!」


 ――!?


 物部が僕を助けに……きた?殺しにじゃなく、助けに……。

 ああ、そうだ。

 彼は最初から僕をアレから助ける為に来ていたんじゃないか。

 僕は妖怪なんじゃないか?

 僕を殺しに来たんじゃないか?

 父さんが父さんじゃなくて、僕を利用しようとしていた妖怪だった。

 そんな不安や混乱が僕に正常な認識を――


(そいつが使うのは認識の改変)


 ……そういうことか。


 僕はずっと囚われていたんだ。

 親子という認識の「檻」の中に。



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