覚(14)

「会長の父親なんかじゃないだろう?」


 明らかに怒気を含んだその言葉。

 何を言っているんだ?

 父さんが父親じゃないなんて……そんなことがあるはずが……。

 だって父さんは僕と同じ心を読む力が……。


「物部君……何を馬鹿な事を……」

「学園に確認した。会長、お前の父親は――すでに亡くなっている」


 ぐらりと足下が歪んだ気がした。


「何を言ってるの!?父さんはここにいるじゃないか!」

「ソレはお前の父親なんかじゃない。父親に擬態し、お前の力を狙っていた――鬼だ」

「騙されるな覚!!そいつらは私たちを殺すことしか頭にない輩なのだ!!」


 父さんは明らかに動揺した様子で叫んだ。

 もしかして……父さん?


「そいつはお前を騙して油断させようとしているのだ!いいから早くこちらへ来い!!」

「父さん……どうしてそんなに慌てているの?彼が言っている事は本当なの?父さんは僕の本当の父親じゃないの?」

「な、何を言っているんだ覚。私がお前の父親なのはお前がよく知っているだろう?子供の頃からずっと一緒に暮らしていたじゃないか?」


 そうだ。

 父さんは昔から僕の一番の理解者で、母さんが僕を避けるようになってからもずっと僕の事を……。


「では会長に聞こう。そいつはどこに務めているんだ?歳は?母親と結婚して何年になる?どれか一つでも答えることが出来るか?」

「え?そんな事――」


 答えられるはずがないじゃないか。

 だって僕の父さんとの記憶は、僕と接している時の事しかないんだから。


「…………」

「答えられないだろう?そいつがお前に刷り込んだのは、自分が父親だという――この家の主人だという認識だけなんだからな」

「貴様……ワシの事を最初から……」

「父さん……本当に……。で、でも!父さんは僕と同じ力を――」

「会長。お前の持つ力はサトリ。だが、そいつが使うのは認識の改変。お前は心を読まれたと思ったんだろうが、お前が認識できないようにして無意識に口に出させていたんだろう。そしてそれをさも心を読んだかのように話した。そんなところだ」

「そんなことが……」


 人の認識を変える事なんて出来るのか?

 もし出来るんだとしたら、これまで僕が父さんだと思っていたこの人は誰?

 これまでの思い出は全部作られたものだったの?

 僕は父さんに助けを求めるような視線を送る。

 嘘だと言って欲しい。

 物部が言っているのは全部嘘だと。


「ふん。騙すのはここまでか……。疑惑の楔を打ち込まれてしまってはワシの力も半減してしまうからのお」


 しかし僕の希望はその言葉に打ち砕かれた。


「口惜しいのお……あと少しじゃったのに……」


 絞り出す様なしゃがれた声。

 それは僕の知っている父さんの声ではなかった。


「本当に……父さんじゃないの?」


 それでも僕はまだすがる物を探すように父さんに声をかける。


「ふん。妖怪のワシに人間の子などおるはずがないじゃろう」

「父さんが妖怪……僕は……人間?僕は妖怪なんじゃ……」


 僕が人間なら、この力は一体……。


「サトリの力とは元々は人間に先天的に目覚めた能力だ」


 ふいに物部が語りだす。


「かつて人の心を読む能力――サトリに目覚めた子供の事をサトリワッパと呼んでいた。そしてそんな稀有な力を持つ者を村人たちが山神として崇めた事でサトリワッパは神格を得るに至る」

「サトリの力に目覚めた子供……サトリワッパ……」

「そしてその山神の地位から零落した存在をサトリと呼び、それが後に妖怪として伝えられるようになった。だがこの零落とは神の座を捨て、人に戻ったということでしかない。サトリワッパの持つ力とはその名の通り、ワッパ(童子)の間にしか発現しない能力だったからだ。力を失ったサトリワッパはただの人と成る。しかしその能力は血脈の中で受け継がれ、時を経た今、会長、お前の中で再び目覚めたという事だ」


 力を失い人に戻った……。

 その子孫の僕は……


 やはり人間なんだろう。



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