鎌鼬(7)
出棺の際にはあちこちからすすり泣く声が聞こえ、無遠慮なマスコミたちが生徒たちにインタビューを行う。
子供たちが連続して行方不明となり、そして二人の死者を出した通り魔事件が発生。
小さな町で起こった二つの大きな事件に、世間の注目は一気に集まっていた。
生徒会長であり、千尋のクラスメイトでもあった
それこそ自身の悲しみを感じる余裕もないほどに。
だからこそ気付かなかったのだろう。
葬儀が終わり学園へと戻る。
下校時間にはまだ少し時間があったが、教室の雰囲気を感じ取った担当教師の配慮により残りの時間は自習になった。
誰一人として声を発する者はおらず、全員が何となく教科書やノートに目を落としていたが、その内容が頭に入ってくる者はいなかった。
事件からまだ二日。
突然の事に実感を抱いていなかった者たちも、葬儀に出た事でようやく現実を認識したのか、教室内の空気は千尋の死を伝えられた時よりも重い哀しみの空気に包まれていた。
そして下校時間になる。
覚が担任に河上が葬儀から帰ってきていない事を伝えると、彼は葬儀に出る直前に体調不良を訴えて早退したとの事だった。
ここ二日、確かに河上は誰の目にも分かるほど憔悴していた。
あの状態で葬儀に出ていれば、彼の精神は限界を超えていたのではないだろうかと河上の心中をよく知る覚は彼を慮る。
正門を出る手前で覚はスマホを取り出して画面を確認するが、そこには誰からの着信履歴も残っていない。
それが分かると覚は大きな溜息を一つついた。
千尋の死が知らされた日の夜、覚は物部カタルに連絡をとったが繋がらず、翌日からも学園に姿を見せていない。
カタルの担任に聞いてみると、どうやら家庭の事情で三日ほど休むとの連絡が入っていたとの事。その初日が千尋が襲われた日の翌日なので、三日であるならば明日からは通学してくるはずである。
それならあと少しだけ待てば良いのだが、少しでも早く今の気持ちをカタルに話して彼の意見を聞きたいと思っていた。
カタルとは明日には会えるだろうと自分に言い聞かせながらも、どうにも落ち着かない気持ちのままに帰路についた。
自宅に到着し、玄関の鍵を開ける。
そして家の中に入ろうとした時――
「ちょっと良いかな?」
――ふいに男が覚の背後から声をかけてきた。
その声に振り向くと、そこに立っていたのは二十歳過ぎくらいに見える若い男。
全身を黒のスーツで固め、まるで先ほどの葬儀の帰りのような恰好をしているが、明るい茶髪を整髪料でツンツンに立てており、とても葬儀に参列した者とは思えない風貌の男だった。
「……なんでしょうか?」
覚は男に対して露骨に警戒の色を示す。
彼が玄関に向かった時、表の道路に人影はなかった。当然止まっている車の姿も見ていない。
しかし目の前の男は、覚が鍵を開けている僅かな時間で現れたのだ。
そして何より――
――この男からも心の声が全く聞こえてこなかった。
「ああ、そんなに警戒しないで。別に君に危害を加えるつもりは無いし、こう見えて怪しい者じゃない。神代覚君だよね?」
「……そうですが」
「僕は
ここで、というのはどこの事なのかと覚は思う。
どこに姿を隠して自分の帰りを待っていたのかと。
そしてこの男は自分の事を知っている。名前や自宅を知っているだけじゃなく、おそらくは――自分の持つサトリの力の事も。
賀茂玄道と男は名乗ったが、それを素直に受け取るわけにはいかない。
覚は玄道から視線を外す事なく、瞬時に走り出せるように腰を少し落とす。
「まあそうなりますよね。僕もそんな簡単に信用してもらえるとは思ってませんよ。君は物部カタル君と友人なのでしょう?」
不意にカタルの名が男の口から飛び出す。
「僕は彼と同じ――陰陽師です」
「――え!?」
玄道は覚の反応に満足したかのように柔らかな笑みを受かべる。
「これが証拠です」
そう言うと、玄道の目の前に数枚の呪符が突然姿を現し、身体の周囲をくるくると周り始めた。
「それは……物部と同じ……」
「そうです。これで少しは信じてもらえたでしょうか?僕は彼と同じ陰陽師で、だからこそ君の力の事もよく知っているのですよ」
「――!?」
一瞬緩みかけた気持ちがその言葉で再び張り詰める。
玄道は覚の力の事を知っていると言った。それは間違いなくサトリの力の事に違いない。同じ陰陽師であれば知っているという事になるのかどうかの判断が覚にはつかなかった。
「ああ。カタル君から聞いてないようですね。君が巻き込まれた事件のあらましについては全て報告が上がっているのですよ」
「……報告されている?……どこへですか?」
「それは私の口からは言えませんし、君も知らない方が良いでしょう。カタル君もそう考えたから詳細を教えていないのでしょうしね」
覚は玄道にそう言われて、自分がカタルの事を何も知らない事に気付いた。
よく考えれば分かる事だ。カタル一人が陰陽師の力を持って妖怪と戦っているはずがないではないか。少なくとも彼に教えた者がいる。それにあの時カタルは言っていた。「封じられた千年の間も消える事はなく」と。つまり千年以上前から陰陽師はいて、その力を持った一族ともいえる人たちが代々技法を継承しつつ戦い続けていたはずなのだ。
今目の前にいる賀茂と名乗った男もその一人である可能性は高いと思われた。
「……それで、僕に何の用でしょうか?」
「話を聞いてくれる気になったようで何よりです」
玄道はそう言って微笑むと、それまで自分の周囲を周回させていた呪符の一枚を軽く指先で触った。
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