河童(4)
連日多くの捜査員を投入して亀水川の捜索が行われた。
捜索二日目。
行方を絶ったと思われる場所より2キロほど川下の河原から希のものと思われるランドセルが発見された。
これにより希が何らかの事故によって川に流されたものであるとの推測が確定事項の様に捜査関係者の間に流れる。
あとは希本人が発見された後の調査ではっきりするだろう、と。行方不明となってから3日。この時点で捜査員の誰一人として希が生存しているとは考えていなかった。
それは父親である豊峰も同様で、何とか息子の遺体だけでも早く自分たちの下へ戻って来てくれることを祈る日々だった。
母親は希を思う心労から体調を崩して倒れて入院。
彼女だけは現実を受け入れられないまま、奇跡を信じて病室のベッドの上で祈り続けていた。
そして捜索から一週間が過ぎた。
捜索の範囲は河口付近にまで広げられたが、未だ希の発見には至らない。
捜査員の人員は徐々に減らされていく。
更に数日が過ぎ、当時の亀水川の状況から考えて、すでに希の遺体は海へと流れてしまっているとの判断が下されたことにより、亀水川周辺の捜索活動は終わりを迎えた。
事故から半年。
未だ希は発見されていない。
豊峰の妻は体調を回復し、すでに退院している。それは彼女の中で希がいなくなったことに整理がついたからではなく、希が無事に帰ってきた時に自分が倒れているわけにはいかないとの強い想いからであった。
豊峰は毎日の食卓に並ぶ希の分の食事を見る度に心臓を握りつぶされるような苦しみに襲われていた。
希が発見されるという事は、妻の心を救い、自分の心をも救う事でもあった。
そして豊峰は仕事が終わると、ほぼ毎日、無意識に希のいなくなった亀水川の河原を一人彷徨うようになった。
すでに多くの人の手によって捜索は尽くされていた。
しかし、それでも、この川のどこかで、今も希が見つけてくれるのを待っているのではないか?自分が来ることを待っているのではないか?そんな想いが彼をこの場所に誘っていた。
堤防にある街灯の光も遠く、懐中電灯すら持たずに暗闇の河原を歩く。
万が一、もしそこに希がいたとしても見つけることなど出来ないだろう。
それでも豊峰は歩いた。
まるで希が声をかけてくれることを願うかのように。
「――!?誰だ!!」
無意識に歩いていた豊峰を強い光が正面から照らす。
反射的に意識を取り戻し、光の主へと警戒を強める。
「あの?何かお困りですか?」
逆光になって声の主の顔は豊峰からは見えない。
聞こえてきたのは低い男の声。
しかしその言葉に、灯りも持たずにこんなところにいる自分の方がよっぽど不審者だということに思い至る。
「あ、ああ、すいません。大丈夫です。何でもありませんから」
自分で言っておいて、これほど怪しい返事は無いなと苦笑する。
もしも逆の立場であったのなら、徹底的に事情を追求するところだろう。
「そうですか。上から人が歩いているのが見えたので何か探しものかと思いまして」
そう言うと豊峰を照らしていた光が消え、その先に声の人物の姿が見えた。
そこに立っていたのはやや大人びた顔つきをしてはいるが、その恰好からして高校生くらいの少年。
白の半そでのカッターシャツに黒のズボン。
手には学生カバンと大きな紙袋を提げていた。
彼は真っすぐに豊峰の顔を見つめながら近づいてくる。
「ええと、君は……学生さんかな?」
「はい。
市内にある私立第二八百万学園。
東京都内にある八百万学園の姉妹校であり、県内一のマンモス校である。
「ええと、私は……一応警察官でね」
豊峰は背広の内ポケットから警察手帳を出して見せる。
しかし、この暗い中で相手にそれが見えているかということには、慌てて身の潔白を証明しようとしていた豊峰では考えが及ばなかった。
「あ、警察の方でしたか。ではもしかしたら捜査の邪魔をしてしまったかもしれませんね。すいません」
「いやいや、これは公務とかじゃなくてだね……。私個人的に調べたいことがあったからだから。善意で声をかけてくれた君が謝ることじゃないよ」
「それでしたら良いんですけど」
「でも、君のその誰かを助けようという気持ちは素晴らしいとは思うけど、こういう場合に不審な者には迂闊に声をかけない方が良い。どんな相手なのか分からないからね。まあ、この場合の私が言う事でもないんだけど」
「……そうですね。今後は気を付けます。じゃあ、僕はこれで」
「ああ、ありがとう。気を付けて帰るんだよ」
少年は豊峰に背を向けると、深い草をかき分けるようにして土手の方へと歩いていった。
離れていく少年の背中を見送りながら豊峰は気付いたことがあった。
彼の右手には学生カバンが握られていた。
彼の左手には大きな紙袋が提げられていた。
では――
彼はどうやって豊峰に光を照らしていたのだろう?
どこに懐中電灯の様なものを持っていたのだろう?と。
そして、果たして、あの堤防の上から、暗闇の中を歩く自分の姿を見つけられるものなのだろうか?と。
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