絡新婦 ~古角晴香~
「晴香おっはよー」
教室に入ると、入り口近くの席にいた友達が明るく挨拶をしてきた。
「あ、おはよ……」
「ん?どした?元気ないじゃん」
「いや、元気無いっていうか、何だか身体が怠くってさ……」
「風邪?」
「どうかな?朝起きた時から調子悪いんだよね。何かさ、昨日は早くに寝たはずなのに、全然寝てないような怠さ?そんな感じ」
「逆に寝すぎじゃない?それか、あれじゃない?」
「あれ?」
「ほら、昨日の夜に晴香んちの方で火事があったらしいじゃん。私んちからでも消防車のサイレンが凄い聞こえてたから、晴香もその音でテンション上がっちゃって、夢の中で疲れたんじゃない?」
「どういうこと?夢の中で疲れたって……。それに何で私が消防車のサイレンに興奮しなきゃなんないのよ」
「え?パトカーとか消防車のサイレンの音って興奮しない?」
「不謹慎が過ぎるわ。私にそんな癖はございません」
「おかしいなあ……」
どっちがおかしいかみんなにアンケート取っても良いんだぞ?
昨日の夜うちの町内で火事があったらしい。
家からは少し離れたところだったのだけれど、結構大きな火事だったらしく、火元になった家は懸命な消火活動も間に合わず、完全に焼け落ちてしまっていたとのこと。
私はすでにその時間には寝ていたらしく、今朝母親から話を聞いて知ったのだ。
現場を早朝から見てきたと興奮気味に話す母に、火事の事は全く知らなかったと言うと、あれだけ騒がしかったのに目を覚まさないなんてと呆れられてしまった。
「まあ、でも燃えたのは空き家だったんでしょ?怪我人もいなかったってニュースで言ってたし」
「そう、ね。あそこは、ずっと、空き家だった……はずよ」
「私もあの辺は何度も通ったことあるはずなんだけど、全然どんな家があったか覚えてないんだよね」
母から聞いた場所に建っていた家はずっと前から誰も住んでいない空き家だった…はず。
じゃあ、それはいつから?どんな家だった?どうして私に何の関係もないその家が空き家だと知っているの?その家の事を考えると、記憶に霞がかかったように何も思い出せない。
私の体調が優れないのは、今朝から頭の中がこんな状態だからなんだと思う。
ホームルームの始まるチャイムが鳴り、私は自分の席に着く。
担任が入ってきて簡単な連絡事項を伝えていくが、当然その中に夕べの火事の話なんて無い。
それはそうだと思う。
別に学校には何の関係も無いし、怪我人も出てないんだからホームルームで話すはずがない。
気になっているのは私だけ。
何故そんなに気になっているのか。
どんな家だったか思い出せないから?
でも、普段から通っている道で、ある日急に空き地が出来ていたとしても、昨日までそこに何があったのかすぐに思い出せないなんてことはよくある事だと思う。
人は自分に関係の無いものには執着しない生き物なのだから。
じゃあ、こんなに気になっているということは、私はその家に執着する何かがあったんだろうか?
全く何も思い出せもしない、そんな程度の記憶の家に。
それから数日が経った後も、そのもやもやとした気持ちが消えることは無かった。
クラスの窓際の一番前の席。
不自然に空いたまま、誰も座る者のいない席。
その席を見る度、私は火事で燃えた家のことを考えてしまうのだ。
絶対に思い出さないといけない。
忘れている大切な何かを思い出さないといけない。
まるで巨大な蜘蛛の巣に捕らえられてしまったかのように、私の心はジタバタと、救いを求めてもがき叫んでいる。
―― 其の壱 『絡新婦』 完 ――
「
とあたりをかけるに、
「こゝにしも、夜をあかさん。」
と思ふに、
やゝ宵も
「かゝる人家も遠き所へ、
と、うしろめたく用心して侍りしに、女、うちゑみて、抱きたる子に、
「あれなるは、父にてましますぞ。
とて、突き出す。
この子、するすると
「大事ないぞ、行け。」
とて、突き出す。重ねて睨めば、また、歸る。かくする事、四、五度にして、退屈やしけん、
「いで、さらば、自ら參らん。」
とて、
「あ。」
といひて、壁をつたひ、天井へ、上がる。
明けゆく東雲、しらみ渡れば、壁にあらはな
あゝ、
凡そ思ふに、化物と思ひ、氣を
※参考資料※
荻田安静編纂 『
次怪 ―― 『河童』 ――
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