河童(13)
「なあ……君が陰陽師というやつなんだったら、あの河童を何とかすることが出来るのか?その為に来たんだよな?」
「何とかした方が良いのか?」
「……は?え?それはどういう――」
「別に河童は放っておいても何もしないぞ」
「そんなことはないだろう!?さっき君が警部がどこかへ連れていかれるようなことを言ったんじゃないか!」
「まあ、放っておけば警部さんの魂は常世へと連れていかれるだろうな」
「それは……死ぬということなんじゃないのか?」
「ああ。しかし、助けたとしても結果はそれほど変わらないんじゃないのか?子供二人の殺害に未遂が一件。どのみち寿命を全う出来るほど、この国の法は甘くない」
「……知っていたのか」
「あれだけ大声で話していれば聞こえるさ」
「……それでも、罪を犯した以上、きちんと法の裁きを受けて罪を償うべきだ」
「まあ、あんたはそちら側の人間だからそう思うだろうな」
「それに、あんな化物を放っておくことも出来ないだろう?」
「それはさっきも言ったが、河童は妖の中でも下級の鬼だからな。普通なら人の目に見えることはないし、何か悪さをするわけでもない。ただ、未練によってその地に縛り付けられているだけだ」
「じゃあ警部は……」
「あの人は自業自得だな。自分の子供の事を想う気持ちが強すぎて、それに引っ張られるように河童の存在感が強くなっているんだ。だからあんたにも見ることが出来る」
「警部の想う気持ちが……」
「一つ取引をしよう」
「――え?」
物部がそう言うと、彼を中心に光が広がっていき、それまで袴田の持っていたライトの光だけしかなかった暗闇の河原がまるで昼間のような明るさになった。
しかしそこには、それまであった川も、河原も、生い茂っていた草さえもなく、白く眩しい空間の中に、自分と物部、倒れて眠っている立花琴音、そして河童に抱きつく豊峰だけがいる。
「これは……」
「これから俺はあの河童をどうにかして警部さんを助ける。だからあんたは俺の指示に従ってくれないか?」
「……分かった。君を信用する」
「じゃあ、まずは、そこに倒れている子供を連れて下がっていてくれ。そして俺の邪魔にならないように大人しくしておいてくれ」
「それだけか?」
「邪魔されないのが一番助かるからな」
「……分かった。言うとおりにする」
神妙に頷いた袴田は倒れていた琴音を抱え上げ、特に外傷が無いことを確認してほっとすると、物部の指示通りに距離をとって見守ることにした。
これから起こることを何一つ見逃さないように。
「ただの学生じゃなかったんだな……お前は何者なんだ?」
豊峰はすでに自分の置かれている状況の異常に気付いていた。
河童の頭を護るように抱え込んだ体勢で物部を睨むように見ている。
「俺は八百万学園に通うただの風紀委員ですよ。警部さん」
「そうか……今はそんなおかしな恰好をした風紀委員がいるんだな」
「学校外はプライベートの時間なので、どんな格好をしても自由ですからね」
「……これもお前の仕業か?俺を――希をどうするつもりだ?返事次第では――」
「どうする?それはこちらの台詞ですよ警部さん。あなたは、希くんをどうしたいんですか?」
「何を……希は俺の息子だ!連れて帰るに決まっているだろう!たとえ!どんな姿になっていようとな!!」
「……成程。ちゃんと正気なのですね、あなたは。それが何なのか分かった上で、自分の息子だと認識している」
「当たり前だ!どんなに見た目が変わってしまっていても……子供を見間違う親なんていやしない……」
「親子愛ですか……。素晴らしいと思いますよ。でも、そのままだと、連れて帰るどころか、あんたが連れていかれるぞ?それならここで別れを告げてくれないか?この現世よりも辛く苦しい、地獄の様な世界へ行くくらいならな」
「それでも構わない!希と一緒なら地獄でもどこでも行ってやる!」
「言質は取ったぞ」
「……あ?何の言質を――」
「あんたは今、『別れを告げてくれないか?』という俺の問いかけに、『構わない』、『どこでも言ってやる』と俺に誓った。では、ここで言ってもらいましょう。希くんへの別れの言葉を」
「ふざけるな!誰がそんなこと――あ、ああ……」
豊峰の身体が河童から離れる。
それは自分の意思ではなく、何かに動かされるように。
「の……希……」
勝手に口が動き、言葉を発しだす。
それは豊峰が絶対に言いたくなかった言葉。
本心。
本音。
希への想いの全て。
別れの言葉。
必死で抗おうとするも、全身が痙攣するように震えるだけで言葉を止めることは出来ない。
そんな豊峰の様子を、河童は不思議そうな顔で、ただ、見つめていた。
「お、俺は……俺たち夫婦は……お前の……親になれたことが…本当に……幸せだった……。俺たちに…奇跡のような時間をくれて……俺たちのところに生まれてきてくれて……本当に…ありがとう……」
豊峰の目からは涙が流れ落ちる。
涙が親子二人の別れを告げる合図となったかのように、地面に落ちた瞬間に弾け、弾けた
そして膨張し、青黒く変色していた醜かった身体が元の希の姿へと変化していく。
「鬼を生み出すのは人の心。その子を河童としてこの世に縛り付けていたのは、子を想う親の強い想い。あんた自身の子供を失いたくないという想いが、息子をそんな姿にしてまでこの世に引き留めてしまっていたんだ」
そんな物部の言葉は、生前の姿となった希を見つめる豊峰の耳に届くことはなかった。
光に包まれた希の身体がゆっくりと宙へと浮き上がっていく。
優し気な微笑みを浮かべた少年は、泣きながら自分を見上げる豊峰を見ている。
「希……行かないでくれ……俺には……お前が……」
希の輪郭がぼやけだす。
まるで細かな光の粒子の集合体のように見えるその姿は、豊峰の目にはあまりに悲しいものに見えた。
物部は言った。
希をそんな姿にしてまでこの世に縛り付けていたのは豊峰だと。
『お父さん……』
しかし物部も知らなかった。
『お母さん……』
親が子を想う気持ちと同じように――
『……ありがとう』
子もまた親を想っているのだということを――
「希……希……」
希は豊峰の執着によってこの世に縛り付けられていたのではなく、自らの意思で豊峰たちにもう一度会う為に、その姿を変えてまで残り続けていたのだという事を――
幼い少年が微笑みながら
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