絡新婦(7)

「もしかして、晴香に何か仕掛けたのも先輩ですか?」

「貴様に先輩などと親し気に呼ばれたくはないな」

「あら?こんな可愛い後輩に向かって冷たいことを言いますね」

「可愛い?すまんが俺には蜘蛛をでる趣味はない。特にそんな醜い姿の蜘蛛はな」

「醜い?この私が?ふふ、ふふふふ……」


 愛莉は顔を伏せると、低い声で笑い出す。そして――


「私を醜い姿で産み出したのは貴様ら人間だろうガァァァ!!貴様ら人間の醜い感情が!おぞましい情念が!この私をこの姿にしたんダァァァ!!全部貴様らのせいだ!全部!全部!全部!!お前ら人間のなアァァァ!!」


 愛莉の叫びに室内の空気が震える。

 晴香は声も出せず、ただ壁に身を預けて怯える。


「そうだ。お前は人のごうが産み出した鬼だ。だからこそ、その後始末も人の手でやらねばならない」

「……鬼?」


 晴香が震える口調でそう呟く。


(蜘蛛になった愛莉が……鬼?)


「ああ。こいつは『絡新婦ジョロウグモ』という名のあやかし。罪深い人の想いが創り出した、人の心から産まれた、人ならざるモノ――鬼だ」


「人ならざるもの……。でも…愛莉は……ずっと私と……」


 晴香の頭に浮かぶ疑問。

 ずっと一緒だった。

 子供の頃から……いつも一緒だった……。

 晴香の記憶の中の愛莉は、何でも要領よく出来て、派手な見た目から社交的に見えるけど本当は人見知りで、自分の他には特別仲の良い友達はいないけど、意外と家庭的で、両親や弟のことが大好きな普通の女の子。

 こんな化物が愛莉だったはずがない。

 じゃあいつから?愛莉が鬼になったのはいつから?


「私を鬼と呼ぶなアァァァ!!」


 壁を蹴り、鋭い爪を振りかざして物部に飛び掛かる絡新婦。


六根清浄ろっこんせいじょう急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 物部が真言を唱えると、襲い掛かった絡新婦の前に五芒星の光の壁が現れる。


「ぎゃあぁぁぁ!!」


 その壁に触れた瞬間、絡新婦は光の炎に包まれたようになり、強い力で弾かれたように吹き飛ぶ。


「貴様!やはり陰陽師カァァァ!!」


 リビングの奥に落下した絡新婦は、憎々し気に物部を睨みつける。

 五芒星の光が消えると、宙に浮かんでいた一枚の呪符がぼろぼろと崩れ落ちて消えた。


「忌々しい!ああ!!忌々しい!!貴様ら陰陽師に封じられた千年もの永き時間とき!あの虚空の闇に中で受け続けた恨み!苦しみ!屈辱!その身を八つに裂き、喰らい尽くしたとて晴らせるものではないゾォォォ!!」


(陰陽師?あの映画とかに出てくる陰陽師のこと?……物部先輩が?)


「貴様ら鬼の恨みなど知らん。ただ、俺は俺の役目を果たさせてもらうだけだ」

「殺す!殺す!ゴロスゥゥゥ!!」


 絡新婦の髪が逆立ち、その醜く爛れた顔がはっきりと見える。

 燃えるような赤い瞳。

 耳まで裂けた口は大きく開かれ、鬼の様な鋭く大きな犬歯が露わになる。


 部屋の中に浮かぶように灯っていた炎は光を増し、人魂の様に絡新婦の周囲に漂う。強さを増した光に映し出されたそれは、漂い燃える火の玉ではなく、絡新婦から伸びた糸の先に繋がっていた小さな蜘蛛が、口から火を噴き出しているものだった。


「人の世に紛れ、人の姿を騙り、人として愛を知る。それでも人として生きられぬ哀れな鬼よ。決して晴らせぬ業ならば――」


 物部の前に一枚の呪符が浮かび上がる。


「せめてこの地で眠るがいい」



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