絡新婦(12)
「ハルガァァァ!!ソイヅを殺しデェェェ!!ネエェェェ!!」
「愛莉……」
「おい――」
晴香は物部の横を通り抜けて一歩前に出る。
物部の目に映る晴香の身体の震えはすでに止まっており、その眼に何か強い意思を宿した彼女の行動を止める事は
「ねえ愛莉……」
「ソイヅヲォォォ!!殺せエェェェ!!」
「私ね……あなたがそんな姿になったのを見て……涼くんたちが死んじゃったのを見て……本当に怖かった」
「ハルガァァァ!!タヅケデエェェェ!!」
「先輩が助けに来てくれた時は嬉しかったし、その先輩が陰陽師だって聞いた時には、もしかしたらあなたも助けられるんじゃないかって思ったの。妖怪になってしまったあなたを元に戻せるんじゃないかって……」
「ハルガァァァ!!ハルガァァァ――」
「でも、それは無理なんだって解った…。あなたは元々そうなんだって……。でもね、こんな怖い目に遭ったのに、そんな姿になった愛莉を見ているのに、あなたが私の知っている愛莉なんだって思うと……何だか怖くないって思うの。得体の知れない妖怪になってしまった愛莉なんじゃなくて、その妖怪が愛莉本人だったんだって思うとね……何だかおかしいね」
「はる……か……?」
「あなたと出会って十年ちょっと……私の中には愛莉との楽しかった思い出がいっぱいあるよ。きっとこれからもっともっと増えていくはずだった思い出――。ねえ、愛莉。教えて……あなたは私のことを本当はどう思っていたの?これまで友達だと思っていたのは私だけだったの?お父さんやお母さん、涼くんのことも何とも思ってなかったの?――ねえ!教えてよ!!」
晴香の心からの叫びに正気を取り戻したかのように大人しくなる絡新婦。
醜く歪んでいた顔に再び愛莉の面影が戻ってくる。
「晴香……私だって同じだよ。永い間暗い世界に閉じ込められて、やっと出てこれた光のある世界。温かい家族に囲まれて幸せな時間を過ごすことが出来たわ。そして幼かったある時あなたに出会った。それからのあなたとの思い出は私の生活に更に大きな光を与えてくれた。あなたと過ごした日々はそれこそ眩しいくらいに輝いていた大切な思い出。失いたくないって思った大事な時間」
「愛莉……だったら何で――」
「愛してしまったから。あなたも、私の家族も愛してしまったから。いつか無くしてしまうかもしれない大切なものなら、そうなる前に自分のものにしなきゃって思うの。おかしいかな?でもそれって、元々は人間が持っている感情なんだよね?だから私という存在が産まれた。愛する人への執着、独占欲。それを実行出来ない苦しみが私を生み出した。だから私は止まれない。この本能を止めることは出来ないの。あなたが理解出来ないと思っている私の気持ちは、気付いてないだけできっと晴香の中にもあるんだよ。あなたが人間である以上、私の存在を否定することは出来ない。だから覚えていて晴香――あなたもいつか私の事を理解出来る時がくる」
「そう…なのかも知れないね。いつか私も大切な何かを失うかもしれないと感じた時、今の愛莉と同じことを思うかもしれない」
「でも私は晴香にそんな苦しい想いをさせたくないの!こんな醜い感情に染まって欲しくないの!だから今!ここで私と一つになりましょう!!私たちでそこの男を殺そう!それからあなたを食べて、これからは私の血肉となって永遠に一緒にいましょう!!大好きだよ――ハルガァァァ!!」
ソファの陰に潜んでいた子蜘蛛が二人の会話を見守っていた物部に向かって跳びかかる。
「私も大好き――だったよ、愛莉」
晴香は身を翻すと、飛び掛かってきた子蜘蛛の前に両手を広げて立ちふさがる。
炎を吐き出そうとしていた子蜘蛛は晴香を見て逡巡する。
そして無防備に飛んでくる子蜘蛛を、晴香は優しく両手でくるむように捕まえた。
「ハルガァァァ!!」
「物部先輩、ありがとうございました」
「……別に感謝されるようなことはしていない」
「愛莉を止めてください」
「言われるまでもない。俺は俺の役目を果たすだけだ」
地面に落ちていた呪符が再び物部の前に浮かび上がり、それまで以上の強い光を放ち出した。
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