鎌鼬(4)
「あ、お疲れ様です」
「おお、お前こそ当直お疲れ。というか、まだ帰ってなかったのか?」
伊関と和久井が捜査一課を出ようと立ち上がると、そこへ袴田が部屋に入ってきた。
時計を見るとすでに十時を回っており、昨晩当直だったはずの袴田は本来なら勤務終了の時間を一時間ほど過ぎていた。
伊関の顔には当直明けというだけではない疲れが色濃く浮かんでいる。
「ええ、ちょっと事件資料の整理で残っていたら課長に捕まって愚痴を聞かされてまして……」
「
「ちょうど終わったところだったんだと思います。さっきトイレに行った時にたまたま……」
「そのままトイレでか?」
「はい……」
「はあ、本庁からも人が来てる時期に、課長が部下に愚痴ってるなんてのを誰かに聞かれたらどうすんだよ」
「課長もかなり参ってるみたいでしたよ」
「それはそうだろうよ。合同捜査本部を立ち上げて一か月が過ぎたってのに何の成果も上げられていない。その上今度は通り魔事件の次の被害者が出ちまったんだからな。早速上から何か言われてたみたいで、会議中もずっと不機嫌だったわ。あんなんで冷静な判断が出来るもんかね?」
「そう言ってやんなよ。課長はまだ若いし、昔からキャリア組は大変なんだわ。いろいろとな……」
和久井は過去を思い出す様にそう言った。
「その割を食うのは現場の俺たちですからね。上にはしっかりしてもらわないと困りますよ」
「そりゃそうだ。でもまあ、あの人たちは何だかんだ優秀だからな。最後にはきちんと終いをつけてくれるさな」
「だと良いですけどね。――ああ、疲れてるのにすまんな。お前は早く帰って休め」
「ありがとうございます。でももう少しだけ、キリの良いところまでやってから帰ります」
「そうか、あまり無理するなよ」
袴田は二人に軽く会釈をして部屋へと入っていった。
「……袴田のやつ、だいぶキテますね」
「だろうな。ただでさえ本庁との合同って事でストレスを感じてるだろうに、そこにきて
袴田と共に児童連続誘拐事件に当たっていた
豊峰の妻からは捜索願が出されており、警察としても豊峰が異常なまでの執念で事件に執着していたのを知っており、その彼が事件を途中で放り出して姿を消すはずがないと考えていた。そして豊峰は誘拐犯を突き止めたのではないか?と推測する者もおり、その犯人によって豊峰は何らかの事件に巻き込まれたのではないか?との意見もあった。
しかしそれはすでに豊峰がこの世にはいないという事と同義であり、その全てがあくまでも推測である以上、警察としても現状では彼の捜索に力を入れる事は出来なかった。
「資料の整理って言っても、これまでに何十回も穴が開くほど読み返してるだろうに」
「これがあいつなりの使命感ってなら良いんだけどな。多分あいつは豊さんがいなくなっちまった事に責任を感じてるんだろうよ」
「袴田がそんな事を感じる必要は無いでしょう?」
「もちろんそんな必要はねえよ。でもあいつがここに来てから一番多く行動を共にしてたのが豊さんだ。一番懐いていたし、今回も一番身近にいたのがあいつだった。それなのにどうして豊さんがいなくなったのか分からないっていうんじゃ、あいつの気持ちが収まらねえんだろうさ。その資料の整理ってのも、どこかに豊さんがいなくなった事の手がかりがあるんじゃねえかって思ってるんだろうよ」
「和久井さんも豊さんが犯人の手がかりを見つけていたと考えてるんですか?」
「……どうだろうな。そう考えるのが一番すっきりするのは分かっちゃいるんだが、何か引っかかるんだよな。そうだとして、どうして豊さんは一人でホシを追ったのか?取り逃がす事を考えたら、あの人がそんな馬鹿な真似をするとは思えねえんだわ」
「偶発的に犯人と遭遇してしまったという可能性もあるんじゃないですか?」
「だとしたら犯人は次の獲物を探してうろうろしてたって事になる。だがあれ以降、子供が行方不明になったって報告は上がって来てねえからなあ。それに豊さんのガタイを考えたら、誰にも見つからずに連れていくなんて無理なんじゃねえかってな。あれが誘拐事件なんだとしたら、間違いなく単独犯の犯行だ。じゃねえと身代金を要求してこない事の理由がつかねえ」
「じゃあ、豊さんは自分から姿を消した……」
「俺的にはやっぱりその方がしっくりくるんだよなあ。結局その理由は分からねえけどよ。袴田もそのどっちなのか分からねえからいろいろと調べ直してるんじゃねえかな?」
どちらにせよ、二つの事件は繋がってんのは間違いねえよ。
和久井はそう言って目を細めた。
「まあ、俺たちも人の心配してる場合じゃねえけどな」
「……そうですね。こっちははっきりと死人が出てますし、ホシの手がかりは何にも上がってこない。これ以上犠牲者を出さない為にも俺らが何とかしないといけませんしね」
そうは言っても、今の伊関には足を使って聞き込みを続ける以外にやれることは思いつかなかった。
和久井も一度は伊関に対してハッパをかけたものの、どうしようもない手詰まり感を感じて思わずため息が漏れそうになる。
「……いくか」
「……はい」
二人は陰鬱とした気持ちを引きずるようにして署の入り口へと向かった。
(いっそ俺を襲ってくれたら……)
その場でとっ捕まえてやるのにと、伊関はポケットに入れていた拳を強く握りしめるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます