絡新婦(4)

 玄関先から家の奥まで、全ての照明が落とされている。

 スマホのライトを点けて、足下を照らしながら靴を脱ぐ。

 廊下を少し進んで左手の部屋からぼんやりとした明かりが漏れ出ていた。


 そこは目的地であるリビング。

 今まさに誕生日会というビッグイベントが行われている場所である。

 子供の頃から何度となく遊びに来ている家であり、愛莉の両親とも家族ぐるみの付き合いでもあった晴香は、こっそりと入っていって驚かせてやろうと考えていた。


 足音を立てないように慎重し進む。

 持ってきた紙袋の音さえも立てないようにゆっくりと。


 そしてリビングの入り口まで辿り着いた時、晴香は大きな違和感を感じた。


(あれ?静かすぎる……)


 晴香がそこまで慎重に近づかなければならないと感じたのは、家の中から人の声が全く聞こえてこなかったから。

 普通なら、バースデーソングの一つも歌ってから蝋燭を吹き消すものなのではないだろうか?


 サプライズに気を取られていた晴香は、その違和感に気付くことなくすぐ近くまで来てしまっていた。


――ばき


(――!?)


 何か硬い枝を踏み折ったような乾いた音が聞こえ、晴香は持っていた紙袋を落としそうなくらい身体がビクッと反応した。


(……何の音?)


 音はリビングの中から聞こえてきたように思えた。

 晴香はそおっと入り口から顔を覗かせて中を見る。


(あれは……涼くん?)


 蝋燭の灯りに照らされてテーブルの奥に座っている少年の顔が見えた。

 その顔を見た瞬間、晴香の緊張していた気持ちが和らいでいく。


(まだ気づいてないわね……)


 涼は目の前の蝋燭をじっと見つめているようで、こちらから覗いている晴香には気づいていないように見えた。


「ハッピバースデー!涼くーん!」


 それならば気付かれる前にと、出来る限りの元気な声を上げながら室内へと飛び込んでいった。


「…………」

「あれ?涼くん?」


 驚くだろうと思っていた晴香の思惑は外れ、涼は首を傾げて、無言で晴香を見ているようだった。


「あれー?驚かなかった?もしかして私が来てたの気付いてた?」

「…………」

「ねえ、愛莉。あんたも気付いてたの?」


 涼の周辺以外は暗闇に包まれていた為、いるはずの愛莉や、その両親の姿すら見えない。

 そして晴香は暗闇に向かって呼びかけるが、誰からの反応も返っては来なかった。


「涼くん?みんなは?ねえ……何で何も言ってくれないの?」


 虚ろな瞳で晴香を見つめる少年。

 よく見ると、その首は傾げるというよりも、ほぼ直角に曲がっているように見える。


「……涼、くん?」


 涼の前にあった灯りが揺らぎ、少しだけその光が強くなる。


「あい…り……?」


 暗闇に浮かび上がってきた愛莉の顔。

 涼のすぐ後ろ、肩口の辺りにその顔はあった。


「何…してるの?」


 よく見知った愛莉の顔だったが、その口が大きく耳の辺りまでニヤリと笑ったかのように裂けると――



――ぐしゅ ばき ばき 



 涼の首元へと嚙みついた



――ぐじゅ ぐちゃ ぐちゃ



 肉を裂き、咬みちぎり、咀嚼する



――ばき ばき ばき



 肉を喰らうのに邪魔になった鎖骨が噛み砕かれる



――じゅる じゅるるる 



 一滴も無駄にすることなく啜られていく体液



「愛莉……何やってるの?」



――ぐちゃ ぐちゃ ぐちゃ



「それ……涼くんだよ?」



――ぐちゃ ぐちゃ ぐちゃ



「食べちゃ駄目……だよ……」



――ばきばきばきばき



――ごとん



 暗闇へと落ちて消える涼の頭部



 血に染まった口元をいびつゆがめ、愛莉――だったモノは、晴香に微笑みを向けた。



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