鎌鼬(2)
ネットニュースに載ったことで、昨夜起きた通り魔事件による被害者が学園の生徒であるという事は昼過ぎには学園中に広まっていた。
現場近くの私立高校といえばこの八百万学園しかない。地元の人にとってみれば、それは実名で言われているのと同じ事であった。
クラスの彼女の机の上にはすでに花瓶に行けられた花が飾られており、クラスメイトたちは重苦しい空気の中で授業を受けていた。
その中でも一際苦しい思いをしていたのは同じクラスメイトであり、学園の生徒会長でもある
人の心の声が聞こえるというサトリの力を持つ彼は、相手の記憶すらも読み取れるほどの能力の覚醒を果たしたとはいえ、未だその力を自由に操るには至っておらず、どれほど懸命に遮断しようと試みてもクラスメイトたちの強い悲しみの声が彼の耳に届いていた。
そして彼自身は当初ショックが大きすぎて信じられないという思いを抱いていたのだが、途切れる事無く押し寄せてくる皆の悲しみの叫びに現実を突き付けられているかのように感じていた。
事件の被害者は
覚のクラスメイトである千尋とは毎朝挨拶を交わす程度の関係ではあったが、彼は朝のその短い時間を密かな楽しみにしていた。
千尋が通り魔によって殺害された事は担任から報告があったが、その事件の詳細については全く語られることは無く、スマホで見たネットニュースにも事件の内容については担任に聞かされた事以上の情報は載っていなかった。
帰りのホームルームでは当面の全部活動の休止が伝えられ、夜間の外出は控えるようにとの通達がされた。
それに伴って生徒会の活動も同時に休止となったが、そもそも今の精神状態で職務を果たすのは難しいと感じていた為、この事は覚にとっては幸いだったとも思えた。
担任が話を終えて教室を出てからもなかなか席を立つ者はおらず、まるで授業中かのような静寂の空気が流れる。
しばらくして、ようやく一人、二人と席を立つ者が現れ、それを契機に次々と生徒たちは帰宅の途についた。
覚もその流れに乗るように立ち上がり、鞄を片手に重い足取りで教室を出た。
「神代、一緒に帰ろうぜ」
後ろから追いかけてきた
「うん……」
サッカー部の部長でもあり、普段は明るく元気な河上も、さすがに今日ばかりは元気が無い。
二人は並んで学園を出る。
しかしその間、どちらも一言も口を開く事は無かった。
覚には河上の気持ちが伝わってくる。
それは深い哀しみ。
そして強い怒り。
それと――犠牲に遭った千尋への恋心。
おそらく学園で一番ショックを受けているのは河上なのだろうと覚は察する。
彼が千尋の事を好きだった事は知っていた。
そして千尋も少なからず河上の事に好意を抱いていた。
運動部の河上と、運動が苦手で文学部の幽霊部員だった千尋。
もし真逆の二人が付き合えば面白い組み合わせになるなと、覚はずっと考えていたのだ。
しかしその未来はもう絶対に来ない。
二人が笑い合う姿を見る事もない。
覚が朝、教室に入って挨拶をしても返してくれていた彼女は永遠に失われてしまったのだ。
主人を失くした机だけを遺して。
結局河上は覚と別れるまで何も喋る事はなかった。
別れ際に一言、じゃあな、とだけ言い残して、振り返る事もなく歩いていった。
覚は覚で河上に何と声をかけていいか分からなかった。
河上の千尋への想いを知ってはいるが、それはサトリの力で知り得てしまったというだけの事。彼から直接聞いたわけでは無い。
なら、自分が河上を慰めるのは間違っている。
今は互いに大事なクラスメイトを亡くした者同士の関係を装わなければならなかった。
それが足枷となったのか、覚もまた何も話すことが出来なかった。
家に着いたが母親はまだ仕事から帰ってきていない。
七月という事もあって日はまだ高いが、出来るなら明るい内に帰宅して欲しいと覚は願い、最近の帰宅後の日課となっている父親の仏前に祈った。
仏壇にはどこか覚の面影を映した若い男性の遺影が飾られており、その顔は覚が先日まで父と呼んでいたモノとは似ても似つかぬものだった。
(妖は人の欲望や畏れから生まれた)
友人の陰陽師の言葉を思い出す。
あの日、覚は妖怪とは何なのか?と友人に訪ねた。
そして返ってきた答えがそれだった。
それは覚にとって信じがたい話ではあったが、今となっては千尋を殺した通り魔と何ら変わりないように思える。
妖怪が人を喰らう。
人が人を殺す。
妖怪を生み出したのが人間なのであれば、その本質は人も妖怪も変わらないのだろうと。
部屋に戻った覚はスマホの通話履歴を開く。
物部カタル。
その名前をタップして今日何度目かの通話を試みた。
『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため――』
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