2人の未来 - 完 -

「長話してっと、じーちゃんたち心配させちゃうからな」

「か、鏑木、俺……」


 とっさになにか言おうと口を開いたが、うまく言葉が出てこない。言いたいことは山程あるのに。なにか言おうとすると、涙が出そうで、そんな情けない姿を鏑木に見せたくなくて、余計に言葉が詰まった。


「……な、木嶋。俺のこと好きって、まだ本気で思ってる? あれって、ほんとに俺のことだった? それとも木嶋の知ってる前の俺?」

「え……?」

「俺さぁ、お前の話、ほとんど話半分で聞いてたのよ。嘘くせーって。でもお前が必死で俺のこと守ろうってしてくれてさ、なんかちょっと優越感かんじちゃってさ。でもお前が守ろうとしてんの、ホントに俺か? っても思っちゃって。こういうの嫉妬っての? はは。めちゃ笑うわ」


 鏑木がなにを言いたいのか、ちょっとすぐに理解ができず、困惑したまま話を聞いた。


「俺、あんま人に大事にされたことがねーからさ、ちょっと嬉しかったんだよな。お前の言ってること嘘かもしんねーし、騙されてんのかなーとも思ったけど。でもお前と過ごすのスゲー楽しかったし、それでもいっかなって」

「え、えっと……?」


 戸惑う俺を、鏑木が鈍いやつだなという顔で見た。


「だから俺もお前のこと好きだって言ってんの! そんでお前は? まだ俺のこと好きなのかよ」

「え? あ、え? 今なんて……」


 ちょっと待て、今俺のこと好きって言った?


「早く! 時間がねーんだよ!」


 苛ついたように俺の手を乱暴に握り返す。


「す、好きだ。今の鏑木が好……」


 もうほとんどヤケクソだった。

 急かされて勢いで好きだと言った瞬間、勢いよく胸元を引き寄せられた。


「!!」


 ――唇に柔らかい感触。

 え? 今、俺キスされたの? え?


「ハハッ!」


 戸惑う俺をよそに、鏑木はしてやったりと言わんばかりの、これまでにないくらい嬉しそうな笑顔を俺に見せた。


「な、なに……?」

「じゃーな木嶋! 俺、ぜってーここ戻ってくっからさ。それまでイイコで待ってろよー」

 

 はしゃぐような足取りで、鏑木はアパートの階段をカンカン音を立てて降りていった。


「え……?」


 俺はただ呆然としたまま、走っていく鏑木を外廊下の柵越しに見送った。




 ――それから1年と半年。俺は3年生を無事終え、高校を卒業した。そして卒業後は、結局東京には戻らず就職し、この地に留まっている。


 鏑木のいない高校生活はなんとも味気ないものだった。でも鏑木がこっちに戻ってきたとき、俺がいないんじゃ淋しいだろう。だから俺は東京に戻らず、あえて高校の斡旋で就職先を見つけた。


 母親には東京に戻って来いと散々言われたが、就職できちゃったもんは仕方がない。地元のいわゆる中小企業の営業職で、高卒の俺にみんな親切に仕事を教えてくれて、失敗も多いがなんとかやれている。


 そしてあの安アパートも、契約を更新して今も住み続けている。


 そういえば、もうほとんど忘れかけてた、あの松永だが、なんと俺が3年生になったばかりの頃、警察に捕まった。わかりやすく児童ポルノ所持で。

 新聞にも小さく載ったらしい。あとニュースサイトでも実名入りで載ったらしく、それを見たクラスメイトが大騒ぎしていた。


 どうりで学校でみねーなと思ってたんだよな。俺と鏑木が通報したことが捜査のきっかけになったのか分からないが、まあ、なんというか、言葉は悪いがざまぁとしか思えない。


 

 そして鏑木はというと――


「木嶋ぁ!」

「おー! 鏑木!」


 駅の新幹線改札口で、大きなリュックを背負った鏑木が嬉しそうに手を振る。

 髪もあの頃とは違い、さっぱりと短くなり、もう派手派手しい金髪ではない。とはいえ、服装は元の感じに戻りつつあるのか、今日は黒のTシャツに黒いジャージを履いている。


「久しぶり〜! やっと会えたな〜」


 鏑木は現在通信制高校で学び、卒業を目指している。今は夏休みで、おじいさんたちの許可をもらい、こっちに遊びに来たのだ。


 あの後も、遠距離の鏑木とは気持ちのすれ違いとかでいろいろあったが、今はなんとか良好な関係を築けている。


「新幹線、すげー早く着くな! 改札から出るのなんか新鮮。つか、そんな経ってないのに、ここもなんかすげー久々って感じ」


 久々に見る地元駅の様子に、感慨深げにキョロキョロしている。


「それにしてもお前すげー荷物だな。たった3日なのに、なに入ってんだよ」

「あーこれ? なんかじーちゃんとばーちゃんが、木嶋に渡してくれって土産? 食べ物とかいろいろ入ってる。今出すのめんどーだから、木嶋んち着いたら渡すわ」

「土産? えー悪いな」


 鏑木が帰るまでに、お礼の品を調達しないと。

 なにか良さげなものがないか、横目で駅の土産コーナーをチラ見しながら歩く。


「腹減ったー」

「もう昼だし、なんか食うか?」

「食う! どっか店に入ろーぜ! 俺じーちゃんから、木嶋となんか食えって小遣いもらってきたし」


 土産もあるのに、そんな気遣いまで。そんな良い親からなんであんな息子が生まれたんだか。


「いいって。今日は俺が出す。給料もらったばっかだし」

「マジで!? すげーじゃん。大人って感じ!」

「だろー」


 鏑木にちょっといいカッコできて、気分がいい。


「な、お好み焼き食いにいかねー?」

「行くいく!」


 駅の階段を降り始めると、ムワッとした夏の熱い風が下から吹き上げてくる。


「うわー。こっちすっげー暑いな」

「そっちはそうじゃねーの? こっちはここ最近、すげー暑いよ。夏生まれで暑いの割と平気だったけど、この異常な暑さは無理」

「木嶋、夏生まれ?」

「そ。ちょっと前が誕生日だった」

「うっそ! マジで!? なんで言わねーんだよ!」

「えー別に誕生日とか、そんな気にしねーだろ」

「知ってたら、なにか用意したのに〜」

「いいって。そういや鏑木は? 誕生日いつなんだよ」

「俺!? 俺は春! 俺が生まれたとき春一番が吹いたから、はるいちだってよ」

「へぇー。って、なんだよ、お前だって誕生日過ぎてんじゃん」


 俺のツッコミに鏑木がまあなーと楽しそうに笑う。


 意外だった。鏑木から名前の由来を聞くなんて。なんだか適当に産んで、適当に育てた印象があったから。最初は夫婦仲も良くて、幸せな家庭を築こうとしたのかもしれない。ただ単に名付けが面倒で、たまたまニュースで目についた〝春一番〟の文字をつけただけかもしれないが、それでも子供にちゃんと由来を話す機会があったってことだもんな。


 ……なんかすげー切なくなってきた。


「木嶋! 店どこ? 商店街のとこのでいいの?」

「あ、そういや前俺が入った店があってさ――」


 鏑木の誕生日も祝ってやんないとな。あとでケーキでも買って帰るか。


 ――こうして俺達は順調に年を重ねていく。


 焼けるような暑い日差しを避けつつ、俺たちは同級生だったあの頃と同じように、はしゃぎながら商店街へ向かった。



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【BL】バッドエンド・タイムリープ! Bee @BeeBeenBeeen

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