3回目のリープ
鏑木と3度目の再会
「――はい、今日の授業はここまで」
担任の授業終了を告げる声で、俺はハッと目を開けた。
そしておもむろに周囲を見回す。
黒板には『十月十二日』の日付け。
響き渡る授業終了のチャイムの音に、暑そうに腕まくりをしたクラスメイトたちの姿のはしゃぐ声。
俺はすぐに席を立ち、リュックを背負い教室を出た。
半ば走るようにして廊下を突っ切り、外へ出ると、走って旧校舎へ向かう。
遠くからかすかに聞こえる怒声。
俺はまっすぐにその声の方へ向かった。
(鏑木……!)
松永ともみ合う鏑木の後ろ姿。
それは何度も繰り返し観た動画のように、俺の目に焼き付いている光景で、生徒に手をあげないよう必死で自身を庇う松永を、暴言を吐きながら鏑木は容赦なく掴みかかり、殴りつける。
生徒が教師を殴っている場面など、他の生徒が見れば驚くべき光景だろう。だが俺には、この緊迫した空気が、ひどく懐かしく思えた。そう、涙で目の前がかすんでしまうくらいには。
松永が顔を庇い、それに激昂した鏑木がさらに拳を振り上げたところで、俺はたまらず走り寄って、背後から羽交い締めにするように抱きついた。
「――鏑木……!」
「は――……?」
驚いた声とともに、腕の中で鏑木が体を緊張させ、動きを止めた。
鏑木だ。生きている。俺の腕の中で、鏑木が生きて動いて喋っている。
(鏑木、お前どこ行ってたんだよ)
まずい。本気で泣きそうだ。
俺は涙がこれ以上溢れないよう、必死でこらえた。
――3月4日の朝。それは今日の朝であり、未来の朝でもある。だが、自分としてはついさっきのことなのだ。
鏑木は、やっぱり死んでいて、教室に入るなり目に飛び込んだ花瓶の花の衝撃は、消えることなく胸に刺さっている。
もちろんこの鏑木は、俺の知っている鏑木じゃない。それは理解している。すべてがリセットされた過去の鏑木だ。
それでも、俺は――ここでこうして生きた鏑木と再会できたことが、何より嬉しい。
「……んだよ、てめぇは……!」
俺の腕の中で、鏑木がなんとか抜けだそうと暴れるが、俺の力のほうが強くて、なかなか抜け出せることができない。離せと暴れる鏑木が、なんだか面白くて、泣きそうなのに笑ってしまいそうになる。
松永のほうに視線をやると、松永は俺が喧嘩を止めにきたと勘違いしたのか、この隙にと俺に軽く会釈し、走り去って行った。
「あー!! 逃げたじゃねーか! おい! 離せ!! いい加減にしろって、ゴラァ!!」
俺に威嚇する鏑木も久々だ。 前のときのことを思い出して、すごく懐かしい気分だ。
ああまたここから始まるのかと、ややうんざりしながらも、それでもやり直しができる喜びのほうが大きい。
今度こそ、鏑木を死なせない。
俺は、腕の中で暴れる鏑木の黒と金のツートンになった頭に額を乗せ、そう誓った。
――そしてこの日からまた、鏑木を追い回す生活が始まった。
鏑木と友達になるには、前回の行動をなぞることが一番早いと踏んだ俺は、まずリープ初日は前回の時間軸同様、俺の腕から逃れて逃げる鏑木を追いかけるところからスタート。
街中で撒かれて、そこでバーマスターたちに会い、情報を収集する。 そして鏑木が男たちに追われる場面に遭遇する日までの約半月、バイト先を今のところから前の時間軸と同じ居酒屋に転職した。
まるでゲームの攻略だ。前回と同じ行動をとれば、同じようなイベントが起こる。
どうせなら日記やメモでも残せてたら助かったんだけど、リープするときは、下着から持ち物から何からなにまですべてが過去の物に戻る。メモ一つでも過去にもちこむことはできないというのが情け容赦ない。
だからすべてにおいて、俺の記憶や勘だけが頼りだ。
今度こそ、鏑木を見失うなんて失態を犯さない。それだけを胸に、慎重にことを進めながら、俺は必死で鏑木を追いかけた。
――そうしてようやく俺は、鏑木と仲良くなるきっかけとなったあの日にまで、辿り着くことができた。
あの日。そうバイト先のごみ置き場で 追われる鏑木とすれ違った、あの日のことだ。
正直、バイトが終わったあと、ゴミ置き場の前で追われる鏑木を見たときは、ずっと見たかった長い動画のワンシーンが突如流れたような、そんな驚きと衝撃があった。
それでもあの鏑木が、スナックの二階の部屋で、前の時間軸と同じように俺にパンを差し出したときは、危うく涙が出そうになった。
一緒にパンを食べて、学校で一緒に昼飯も食うようになって、放課後一緒に遊ぶようになって――そんなふうに俺はまた、鏑木の友達の座に収まることができた。
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