俺ってストーカー?
「あー、そーだ明日俺、がっこ行かねーから」
鏑木が急にそんなことを言ったのは、学校が終わったあと俺はバイトに行くため、鏑木と一緒に街へと続く道を歩いていたときだった。
「そー……なのか? なんでだ」
俺がそう言うと、鏑木が呆れたような目つきでチロッと俺のほうを見た。
「なんでって……別にいーだろ。木嶋のそういうとこ、なんかストーカーっぽいよな」
「そういうとこってなんだよ」
仲良くなれるまで、俺がしつこく追い回していたときのことを言っているんだろうが……、ストーカーはないだろ。ちょっと尋ねただけなのに、俺に失礼すぎやしねーか。
俺がムッとした声を出すと、鏑木が呆れたような目で俺を見る。
「『どこ行くんだ』『いつ帰ってくるんだ』『誰と行くんだ』って、いっつも聞くじゃん。なんつーかさ、束縛がひどい。彼女とかじゃねーんだからさー」
確かに前のときよりも俺は、鏑木の行動についてひどく干渉するようになっていた。
前はそこまでマメに連絡を取り合うようなことはしていなかった。だけど前回の終わりが終わりだったからか、不安でこうやって逐一なんでも聞く癖がついてしまったのだ。
しかし聞くだけで、束縛というほど行動を制限したことはない。だからストーカーでも束縛でもない。……と思う。
「それで、明日どこ行くんだよ」
「……どこも行かねーよ。ダルイから休むだけ」
「なんでまだ明日でもねーのに、休む気でいるんだよ」
「いーだろ。最近ちゃんと授業出てんだからさー」
「じゃあ明日は家にいるんだな」
「朝はずっと寝てる。午後は暇になったら外出るかもしんねーけどなー」
(もしかして今日の夜、鏑木はスナックの手伝いをするんじゃないのか?)
さっきちらっとスマホを見ていたから、親父さんから連絡があったに違いない。いや絶対そうに違いない。
仲良くなって日が浅いからか、まだ鏑木は俺にスナックを手伝っていることを言わない。だから俺も聞き たいのを我慢して、知らないふりをしている。
この知ってるのに知らないふりというのは、結構大変だ。
「ふーん。分かった。じゃあ明日、学校終わったら連絡すっから」
「明日もバイトじゃねーのかよ」
「バイト行く前に連絡する。バイト終わっても連絡する」
「何それ。恋人かっつーの」
鏑木がおかしそうにヒヒッと笑った。
翌日の夜、バイトを終えた俺は、鏑木に連絡しようと、スマホをいじりながら外に出た。
昼に連絡したら、今日の夜は暇になったから、ちょっと外で遊んでくるって言っていた。一体どこにいるんだか。
リュックを片肩にかけて「お疲れ様でーす」と声をかけて裏の扉から出ると、大通りのほうに足を向けた。夜遊びと言えばマスターのところだろう。俺はそう思って、メッセージを送信した。だがその後すぐ、近くで聞き慣れた軽快な通知音がした。
「え、……鏑木?」
音がしたほうへ振り向くと、そこにはやっぱり鏑木がいた。
その派手な金髪にネオンを映し、ジャージのファスナーを顎まであげ、ダルそうに歩道の車止めポールに浅く腰掛けスマホをいじる鏑木。
俺の声に、顔を照らすスマホから視線を上げ、なぜかブスッとした顔で俺を見た。
「おせー」
なんだよ、夜に外出するって、俺んとこかよ。口がニヤける。ごまかそうと下を向いた。
……ああ、前もこういうことあったよな。なんかすげーデジャヴ。
「いつからいたんだよ。待ってるなら連絡くれって。寒いだろ。風邪ひくし」
「バイト8時までだったろ。終わったら、いつか出てくんだろーと思って」
ピョンとポールから飛ぶようにして降りると、俺に寄りかかるようにして肩に腕を回してくる。
「今日はさー、バーのマスターのとこいってなんか食わしてもらおうぜー」
「俺、さっきまかない食ったし」
「えーずっりーなー。何食ったの」
「今日はからあげ」
「えーいーなー」
「店の料理食うのも仕事うちだって。今度持ち帰りしてやっからさ。で、今日マスターのとこ店開いてんの?」
「さっき道でおっさんたちに会って、これからマスターんとこ行くって言ってたし」
「じゃあ行くか」
「お前、まだ食えんの? 俺アイス食いてー。今日マスター、アイスもくれっかなー」
「残ってんならくれんじゃね? 俺はコーラ」
「行ってねだろうぜ~」
イエーイと鏑木が上機嫌で片手を上げる。
「で、鏑木は今日何やってたんだ」
「でたー木嶋のストーカー」
「うっせ」
「今日はさっきまで寝てたって」
「寝すぎだろ」
「まだ寝たりねーし」
鏑木がわざとらしくあくびをして見せた。
「寝すぎだっての」
二人してどーでもいいことを言いながらバーに行くと、マスターに「高校生がこんな時間に来んな」と文句を言われたが、「これ食って早く帰れ」とオムライスが二人分出てきた。さらにデザートをねだった鏑木には、アイスじゃなくプリンだったが、それを嬉しそうに食べていた。
飯を食ってしばらく街をうろついた後、まだ遊びてーと駄々をこねる鏑木をスナックまで送ると、2階に電気がつくのを見届けてから俺は一人アパートに帰った。
畳の上にゴロリと寝転ぶと、ふーっと大きく息を吐く。 まかない食ったのにオムライスまで食べたから、久々に腹がいっぱいだ。
目を瞑ると、静かな部屋に、お隣さんから壁越しに漏れる騒がしいテレビの音が聞こえる。
(今日、鏑木よく食べてたな)
朝から本当にずっと寝ていて何も食べてなかったのか、鏑木はマスターのオムライスをがっつくように食べていた。そしてさらにプリンまで。
(鏑木、今日はアイスがないって聞いてブスくれてたのに、プリンが出たときすげーはしゃいでて笑ったな)
前回の時間軸同様、いや、今回は前回よりさらに積極的に動いたおかげか、前のときよりも鏑木との親密度は高くなっている気がする。
(バイトの後、俺のほうから鏑木の家に行くつもりだったけど、鏑木のほうから会いにきてくれたし。一緒にマスターのところに行く回数も増えたしな)
こうやって鏑木が気を許してくれていることが嬉しいし、今回こそという希望にもつながる。
(今のところ順調だな。……そういえば、そろそろ鏑木が松永の絵をぶっ壊す頃か)
鏑木が怒りにまかせて破壊した松永の絵。
もうリープ3回目の世界というのに、まだ一度も松永の絵を見ていない。
(松永の絵、1回くらいは見ときたいよな。……言ったら見せてくれんのかな)
最初のリープで親しくなってしまったからか、なんとなく松永のことはいまだに親しみを感じているというか、好印象のままというか。
だが今回も副担任・美術教師としての松永としか接していないし、急に馴れ馴れしく話しかけるのはどうかと悩むところだ。しかも絵の存在を、俺は知らないはずなわけだし。
(松永には申し訳ないけど、鏑木が絵を壊すイベントは、止めるべきじゃないよな)
止めようと思ったら止められる。
だがあのイベントは、鏑木と〝親友〟になるために必要なイベントだ。
(すでに親友っぽいから、なくても問題ないイベントな気もするけど、でもな――)
大きなイベントを改変した後、未来が変わってしまうことが怖い。
(できれば前回と同じように進めて、行方不明になる前に鏑木を救出したい。予測不可能な出来事が増えたら対処できず、また同じことの繰り返しだ)
大きな改変にならないよう、なるべく前回の流れを辿るほうが無難であることは確かだ。
(無理そうなら松永の絵を見るのは諦めるか)
今は鏑木を助けることだけを考えよう。
そう納得し、俺は「よし」と声を出し、起き上がった。
「そろそろ風呂に入るか」
日付が変わる前に風呂に入らねば。
眠くて怠い体を持ち上げ、俺は風呂掃除をするためタオルを持って風呂場に向かった。
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