エピローグ
2人の未来1
「え、引っ越す?」
「んー……そうなるかも」
それは鏑木が目を覚ました2日後のことだった。
見舞いに行った俺に、鏑木は急にそんな話を打ち明けた。
「昨日さ、俺のじーちゃんとばーちゃんっていう人が来てさ。俺を引き取りたいって。学校も辞めて、こっちに来てほしいってさ」
「そんな、急に……?」
どうやら親父さんが捕まり、天涯孤独となった鏑木のために、後見人とかいろいろな手続きをしてくれていた役所の人が、親父さんとこの両親、鏑木にとって祖父母にあたる人を探し出してくれたらしい。県外にの人で、それでも何度か面会にも来てくれていたらしく、目が覚めたと聞き、すぐに迎えに来てくれたんだと。
「親父もさーなんかかんどーとかされてたらしくって、俺のことじーちゃんたちに言ってなかったみたいでさー。俺もじーちゃんばーちゃんがいるなんて知らなかったし、お互い初対面で話すことねーし、でもばーちゃん俺の顔見て泣いちゃうしで、昨日スゲー大変だった」
「……そうか……」
ベッドの上で、まるでなんともないようにケラケラ笑う鏑木に、俺はなんて言っていいか分からないでいた。
俺の前から鏑木がいなくなる。その現実が、俺にはすごくショックだった。
事件は解決したのだし、鏑木が退院したらこれまで通り、一緒に学校行って、自由に遊びに行って……そんな感じで楽観的に考えていた。
よくよく考えてみれば、未成年がひとりじゃ生活できないわけだし、施設にいくとか誰かに引き取られるとか、こうなることくらい予想ついたはずなのに。事件さえ終われば、自由になった鏑木とずっと楽しく一緒にいられるって思ってた。考えなさすぎだろ、俺。
「明日退院して、そのまま一旦じーちゃんたちが泊まってる駅前のホテルに泊まって、明後日車であっちに行く予定だったんだけど、俺家の片付けもしたいし、1日待ってもらうことにしたんだ」
「片付けか……」
「散らかったまんまだしなー。……あそこにはもう帰れねーからさ。いるもんだけでも持ってきたいし」
「……片付け、俺も手伝うよ。テスト終わったら、すぐそっち行くから」
「ばーか。いいよ。それにじーちゃんたちも一緒だしさー。どーせゴミばっかだし、いるもんもちょっとしかねーし」
「でも……」
「いいって。マジで。あと明日だけどな、おめーががっこ終わる頃には、俺もう退院してっと思うわ。だから明日はもう来なくていいぜ。つか、これでお別れかー」
「か、鏑木……、もうお別れなのかよ」
来なくてもいいって、そりゃねーよ。俺はもっとお前と会いたいんだよ。お別れって簡単に言うなよ。
「そんな顔すんなって! どうせスマホでメッセージやり取りすんだろ。また連絡すっからさ。おめーも元気でいろよなー」
ものすごくあっけらかんとした口調で、俺に別れを告げる鏑木。
もっと一緒にいたいって思っているのは俺だけなのかよ。もっと俺といたいって思わねーのかよ。
……そんな言葉を飲み込んで、俺は虚勢を張り、笑って「元気でな」と別れの言葉を返した。
翌日、テスト中にもかかわらず、鏑木の退院のことばかりが頭に浮かぶ。
ずっとクヨクヨしてて、おかげで今日のテストも散々だ。
どこのホテルに泊まるんだろう。カッコつけて、笑って送り出してやろうなんか思わず、しつこくいろいろ聞いておけばよかった。
せめて見送りだけでもしたいと、テストが終わってから鏑木にメッセージを送ったが、既読もつかず、夕方になってもそのままだった。
「……じいさんたちの目もあるだろうし、もうしばらくはスマホなんか見ないかもな」
そういじけて畳に寝転び、ため息をついたときだった。俺のスマホにいきなり鏑木からスタンプが送られてきたのは。
いつもの変な犬のスタンプで、「もうすぐつくよ」というメッセージがついたやつ。
「……え?」
ガバッと起き上がって、玄関を見る。遠くから小さくカンカン階段を登る靴音が聞こえた。
「か、鏑木……!?」
慌てて玄関まで走り出て扉を開けると、驚いて目を見開いた鏑木が、開け放ったドアの少し手前に立っていた。
「な、なんだよ……ビックリしたぁ」
そう言いながら、片手でドアを押さえたままの俺の前に立った。
「そりゃ俺のほうだ!」
「さっきメッセージに気づいてさ〜。ちょっと寄ってみた」
へへへと笑う鏑木。だがなんとなく、いつもの鏑木と雰囲気が違う。
「これ? 気付いた? いいっしょ。服買ってもらったんだー」
いつもの鏑木だったらヨレヨレの黒のパーカーとか、スウェットの上下とかそんなのばっかりだったのに、今の鏑木は、小綺麗な黒のコートにいかにも新品そうなピシッとノリのきいた細身のデニム。靴もサンダルじゃなく、新品のスニーカー。
いかにもなヤンキーファッションから、それなりに普通の高校生らしい格好になっていた。
これで髪型も違えば、すぐに鏑木だとは気づかないかもしれない。
「俺、服持ってないって言ったらさ、退院してすぐ服買いに連れてってくれてさー。久々にまともな服着たわ。似合う?」
「……なんか違和感ある」
「えー、そっか? まーそうかもな〜。俺も着慣れてねーし」
俺の失礼な言葉にも、上機嫌な鏑木は気にもせず笑い飛ばす。
「俺ももっとカッケーのがいいと思ったんだけどさー。ばーちゃんが、こっちのほうが似合うって、すげー褒めてくれっからさ。……なんか、スゲー普通の人になったみてー」
ヒャハハと照れたように鏑木が笑った。
「メシもさー、今日の昼はスシ食ったんだぜ。駅前の回るやつ! スゲー久々に、タナカマートのやっすいやつじゃないスシ食ったわ。今日の夜も、なんかいいご飯食べに連れてってくれるってさ」
これまで会えなかった分、苦労した孫のためになにかしてやろうと思ったのだろう。たしかに、あの住まいや鏑木のガリガリな体をみれば、誰だって不憫に思うだろう。それが身内ならなおさらだ。
「……いいおじいさんたちなんだな。安心した」
「ん。始めて会った俺なんかに、めっちゃ優しいよ。だからさ、木嶋。そんな心配しなくてもだいじょーぶだって」
そうちょっと困ったような顔で、片手を伸ばし、俺の頬をつねった。
「って!」
「ひひ」
つねる指を剥がそうと、その細い手を握る。いつもなら冷たい手が、今日はほんのりと温かかった。
「……そんな心配そうな顔してたか?」
「ん」
「な、ちょっと部屋に上がっていけよ。もうちょっと話したいし」
「あー……そうしてーけど、じーちゃんたちが、車で待ってんだ。向こうの小さい公園のとこで」
「そっか……。じゃ、もう行くのか」
もうこれで会えないのか。名残惜しく、俺はすがるように力をこめて、その手を握った。
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