知ってること知らなかったこと

「すげーな木嶋! めっちゃ普通にチャーハンじゃん! うめー」


 今回の鏑木も、作りたてのチャーハンを大喜びで食べていた。火加減もうまくいき、メシが前に居酒屋の厨房スタッフに教えてもらった通りのパラパラ具合で、俺も満足の出来になった。


「まあな。何度もループしたし。そりゃチャーハンの腕前も上がるわってな」

「前の俺も食ったのか?」

「食った食った! 本人に言うのもなんだけど鏑木はチャーハンが好きでさ、特に前回はよく作らされた」

「……ふーん」

「餃子も好きだろ? チャーハンと餃子がセットのことが多かったな」

「あー……それ、あれかも。昔さ、親父がラーメン屋連れてってくれたときがあってさー。そこで食べたチャーハンと餃子のセットを食ったんだけど、それがめっちゃうまくて。いまだに、なんかチャーハンといったら餃子みたいなイメージ。うち金ねーから、それ俺ん中で贅沢セットみたいになってる」


 もぐもぐと咀嚼しながら、鏑木が何気なくそんな話をした。


 初めて聞いた話だ。ただ単にチャーハンと餃子が好きなだけだと思ってた。あんなに親しくしてたのに、まだ知らないことがあるんだな。


「――じゃあ次は餃子も用意しとくな。激安タナカマートの安いチルドのやつだけど」

「おー、やったー。つか木嶋もタナカマート派なんだ。あの店、安いけど小さい店だし、あんま知られてねーんだよなー。それにここなら近くにでけースーパーあるじゃん。そっちじゃねーんだ」


 そう、元々は俺もそっちに行ってた。近いし、大きなチェーン店で品揃えも豊富だ。でも鏑木にあの店を教えてもらってからは、いつもそこを利用していた。鏑木の家からも近くて、都合もよかったし。俺にとっては思い出深い店になってる。


「最初のリープで鏑木に教えてもらったんだ。めちゃ安い店があるって。品揃えはイマイチだけど、マジで安くてびっくりした。店名が激安っていうだけあるな」

「そこも俺なんだ」

「そうだな。俺はあっちのほう行くことがなかったし。繁華街にも滅多に行くことなんかないからな。鏑木に会うまでは、繁華街の奥にあんな飲み屋街があるなんてことすら知らなかった。そもそもスナックって言葉は知ってたけど、何かもよくわかってなかったし、二階に人が住めるってことも知らなかった」

「まあ、店の造りによって違うと思うけどなー。あそこは古い建物で、昔はオーナーが住んでたらしいけど、店もオーナーも変わって空き部屋になってたところを、借金で住むとこなくなった親父に条件付きで貸してくれてる」

「条件?」

「そ。スナックの店長として店の管理をすることと、俺にあそこでウリをさせることが条件」

「……そんな条件……!」


 これまでの鏑木や田崎さんから聞いた話を総合すると、そういうことなのだろうかとは思っていたが……。

 鏑木は、家のことやウリについての話は、俺から遠ざけようとしていたから、こんなにあっさり本人の口から聞けるとは。


「なんだよ。この辺の話、前の俺から聞いてないのか」

「鏑木は、俺には家の事情だとか、ウリだとか、そういうことを話すのを嫌がっていたから……」


 鏑木は俺の驚く様子を見ると眉をひそめ、食べかけのままスプーンを皿の上に置いた。


「……なー、本当に俺とお前、親友だったのかよ。やっぱ俺のこと、変な妄想話でからかってるとかじゃねーだろーな」

「なんでだよ」

「だってよー、変なことは知ってても、肝心なことは何も知らねーじゃん。なんで親友なのに、俺はお前にそういうこと言わなかったんだよ」

「俺が知るわけないだろ。俺だって聞きたかったけどさ、聞くと怒るんだよ、お前が! 前のときもさ、ウリやってるって話聞き出そうとしただけで、絶交するとかそう言う話にこじれちゃって、大変だったんだよ」

「絶交? なんでだ? お前、俺に失礼な言い方でもしたのかよ」


 確かに聞き方は悪かったかもしれない。でもあの時ははっきり聞いたとしても、鏑木を怒らせていたのは確かなんだよな。


「松永の写真と絵を見た日、ウリやってんのかってはっきり聞きづらくて、鏑木に〝何か松永に弱みでも握られてんのか〟とか〝脅されていないか〟とは聞いた。そしたら、もうお前とは話したくねーって言われて、絶交宣告された」

「は? そんだけで?」

「でも結局その日の夜にウチに訪ねてきて、鏑木からウリやってるって打ち明けて貰って、仲直りできたけどな」

「え? え? 何それ。俺、夜にお前んち訪ねていったの? 絶交したのに? 俺、一度無理ってなったら、何があってももう絶対無理なタイプなのに。なんで会いにいってんだよ」

「いや、ちょっと、俺だって分かんねーよ。つか、そいうとこ聞くんじゃねーよ。本人にこういう話する俺の身にもなれよ」

「なんだよそれー。全然わかんねー」


 ヒャッヒャと笑いながら、鏑木は止まっていた手を動かし、チャーハンを口に入れた。


「まあいいわ。前の俺とお前が仲良かったとか、正直今の俺は興味ないし、どーでもいーしな。それよりも、今後俺はどうすればいい? 3月4日まで、お前とずっと一緒にいなきゃいけねーのかよ」

「ずっと一緒にいてもらえたら俺も安心だけど……、その、ウリをやめるって話は無理なんだろ?」


 鏑木は最後に残ったチャーハンをスプーンできれいに掬い取り、全部を口に頬張ると、もごもごしながら「無理だな」と答えた。


 前のときこんなこと言ったら、不機嫌になった鏑木と喧嘩に発展するところだが、今回はやりやすい。


「さっきも言ったけど、あの家に住むには俺がウリをするってのが条件なんだよ。俺がやめたら家どころか、借金のほうもどうなるかわかんねーし。もっとやべー仕事させられる可能性だってある」

「……やっぱり、その……金借りてるとこって、ヤクザとか暴力団とかそっち系なのか?」

「まあ、そーだろうな。俺もはっきりとは知らねーけど。みんな俺に名刺持ってきて挨拶してくれるわけじゃねーし。でもあんなこと斡旋するなんか、カタギじゃねーだろー。親父を問いただしたら分かるかもしんねーけど」


 鏑木は麦茶を飲み干すと、「ごちそうさん」とコップを置いた。


「……ちなみに、借金の額ってどれくらいあるんだ」

「俺、そーいうの知らねーんだよな。親父がいくら借金してるのか。聞けば殴られるし、俺ももう面倒だから聞かねーし」


 あのクソ親父、やっぱり鏑木を殴ってんのか。


 昨日の俺を罵ったときの言葉は、息子を亡くした親の、怒りにまかせた妄言だったのかもとも思ったが……。言っていたことが本当なら、やっぱり鏑木をそのままにはできない。


「でも、ずっとそのままでいるわけにもいかねーだろ」

「まあなー。未成年としての俺の価値も高校卒業でなくなるっぽいし、このままウリやって生きてくのも無理があるしなー。高校卒業したら、家を出よーかなって考えてる」

「車関係の仕事に就きたいんだろ」

「あ、そこは俺から聞いてんだ」


 揶揄うように鏑木が笑う。


「じゃあさ、期末は頑張んねーとな。テスト落としたら留年なんだろ? 留年したら高校生活が続くぜ」

「留年しそうだって、なんで知ってんだよ! ……って、これも前の俺に聞いたのか」

「まあな。ちなみに前回の鏑木は、俺とテスト勉強して順位上げたぞ」

「マジか! お前勉強得意だったっけ?」

「いや、いつも下のほうだが、何回ループしたと思ってんだ? もう期末テストの内容はしっかり頭に入ってる」

「マジかー!! カンニングしたようなもんじゃん!!」

「もしこれでヤマがばっちり当たったら、俺の話を信じるだろ」

「そりゃー信じるな」

「期末は任せとけ」

「期末だけか?」

「学年末は一度も受けることができていないからな」

「あーなるほど。ってタイムリープギャグかよ」


 こっちは大真面目だが、鏑木はまたひとりでヒャッヒャと爆笑していた。


「んじゃ、しばらくはとくに気をつけることはないってことか?」

「あるとしたら、松永の絵を壊すことくらいか。前回は俺が壊したけど、通常なら11月24日あたりに、鏑木が絵を壊すイベントが発生する」

「イベントってゲームみてーだな。んで、松永の絵はどうだった? うまいのか」

「そうだな。あれが鏑木だって分かるくらいには上手い」

「そっかー……。やっぱあいつの絵、壊しておくべきか。写真も取り上げてーな」

「写真は破いても、別でデータを持ってる可能性が高い」

「写真現物だけでも破っとくか。つか、持ち歩くんじゃねーっての。木嶋に見せるとか、やっぱあいつキモいわ」

「何もしなくても、その日になったら向こうから声をかけてくる。その日は、俺も同行する」

「りょーかい。派手に壊してやろーぜ」


 そう言いながら鏑木が、ズボンのポケットからスマホを取り出し、時間を確認すると、「そろそろ帰ろーかな」と立ち上がった。


 俺も時計を確認しようとスマホを見ると、もう時間は21時を回っていた。


「もう帰るのか」

「ああ。おじゃまさまー」

「いきなりすまなかったな。途中まで送る」

「……彼女とかじゃねーから。そーいうキモいのやめろ」


 俺の言動に嫌な顔をしながら、鏑木は玄関のほうへ歩きだしたところで、ふと立ち止まった。


「……そういや、俺の最期ってどうだったんだ」

「前回のってことか」

「ああ。そこ聞くの忘れた。どんなふうに死ぬんだよ。殺されるって刺されたりすんの?」

「いや――」


 俺は鏑木がどんな死に方をするのか、言うのに躊躇った。

 あの最期はさすがにショックだろうと思う。俺だってもう思い出したくない。


 —――だが、鏑木が知ることで、死を回避することになるのなら、俺は言わなくてはならない。


「……俺は死体を見ただけで、死因はわからない。俺が知っているのは、男たちに、その……」

「なんだよ」


 俺は覚悟を決めた。


「――お前はレイプされ、さらに薬を飲まされていた。それも親父さんが言っていただけで、実際どうなのかは不明だ」

「――レイプ……」

「ああ。二階の布団の部屋で、お前は裸で転がされていた。布団はぐしゃぐしゃで、俺はパニックになっていたから、正直しっかり覚えているかと言われたら、そうじゃない。ごめん」

「……いや、いい。そっか、俺の死に方、碌でもねえな。んで、それに親父が関わってると」

「……ああ」

「そっか、親父が……」


 鏑木はそこで一度言葉を詰まらせたが、


「なら、親父に俺を殺させねーようにしねーとな」


 と笑った。

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