友達になる日

「鏑木、何か変わったことがあったり、気になることがあるなら、絶対に俺に報告してくれ。些細なことでもいい。絶対に一人でどうにかしようと思うな」

「はいはい。わーったって。何かあれば連絡するって。ほらスマホだせ。連絡先交換してやっから」


 慌てて俺はスマホを机まで取りに戻り、昨日ダウンロードしたメッセージアプリを即座に開く。


「……連絡先交換しようって言っただけなのに、すぐこのアプリを開いて出してくるの怖ぇーな。これ使ってるやつあんまいねーのに、なんで分かんだよ。……ほい、これ。俺のアカウント」


 0人だった友達リストに、〝ハル〟というアカウント名と、俺にとっては見慣れたかわいい犬のアイコンが追加された。


 思わずメッセージ画面をタップしてみる。当然のことながら、これまで鏑木とやりとりしたメッセージは残っていない。

 だがそんな空っぽの画面に、すぐにヒュポッという音とともに、『Hi』というセリフの入った変なポーズをとった犬のスタンプが表示された。


「じゃ、今度から何かあったらこれに連絡すっから。あんま変なメッセージいれてくんなよ。それじゃ、帰るわー」


 そう言って鏑木は去っていった。


 そして翌日。


「おい、木嶋! てめぇ、昨日夜からしつこくメッセージ送ってくんなよ!? 既読ついてんだから、俺が見たって分かんだろ!? 返信あるまで、何通も送ってくんなよ!!」


 朝イチ学校に着くなり、教室前で待ち構えていた鏑木に怒鳴られた。


「いや、何かあったらと思って……」

「何もねぇに決まってんだろ! 俺が死ぬとかいうのは来年の話だろーが! 昨日の今日でどうこうなるわけねーだろー!」

「いや、これまでとは違う行動を俺がとったせいで、未来が変わるかもしれない。だから心配なんだ」

「未来が変わる? そんなこともあんのか?」

「わからない。でも前回鏑木の死は想定より早かったし、挙句に俺まで死んだ。鏑木のことはともかく、元の時間軸では俺は死んでいない。なのに俺は死んだ。だからこれからは何が起こるかわからないから、今回はこれまで以上に慎重でいたい」


 俺が大真面目にそう言うと、鏑木は口をムスッと眉を寄せ、小さく「チッ」と舌打ちした。


「わーったよ。ちゃんと俺も返信するようにすっから。あんましつこくすんなよな」


 俺の肩を拳で軽く突くと、鏑木は教室へと入っていくと同時に予鈴が鳴り、俺も鏑木を追うようにして慌てて教室へと入った。


 その後も俺からのメッセージに、返事をくれると言っておきながらほとんどが既読スルーの鏑木だったが、俺の地道な努力が功を奏したのか、迷惑がりながらも次第に返事をくれるようになり、俺たちは少しずつ互いの距離を縮めていった。

 


 そうして半月が経ち、10月も終わりに近づいた。


 俺は前回同様に街の居酒屋に転職し、そろそろ鏑木が男たちに追われて、俺のバイト先の前を走り抜ける頃になっていた。


 それは俺と鏑木が友達になる日。

 でもすでに俺と鏑木は友達なのだから、不要なイベントではある。


 一応本人にはそういうイベントがあることを伝えていたが、いまだに半信半疑の鏑木のことだ。回避など考えずに、予定通りの行動をとるに違いない。

 追われてる最中に、居酒屋のゴミ置き場の前で俺とすれ違ったら、鏑木のやつどんな顔するだろうか。


(今日だったよな。鏑木が走ってくんの)


 俺は夜のバイトを終えると、ゴミ袋を持ち、にまにましながら店の裏口から出た。

 そう、ちょうどこれくらいの時間だ。少しばかりワクワクしながら、ゴミ置き場の前に向かった。


 いつも通りゴミ置き場にゴミを入れ、まだかなと鏑木が走ってくる方向に目をやった時、急に背後から名前を呼ばれた。


「……木嶋」


 振り向くと、なんとそこには、男たちに追われているはずの鏑木がなぜかいた。


「え? 鏑木?」


 愛用のやや色の褪せた黒いパーカー姿の鏑木は、顔を隠すようにフードを目深にかぶり、暗がりに立っていた。おかげで全く、いることすら気づかなかった。


「え? なんでそんなとこにいるんだ」

「—――待ってた」

「いやいや、来るならなんで連絡寄越さないんだよ? 俺があれだけ連絡したのに既読無視しやがって。それに今日は誰にも絡まれなかったのかよ」

「うっせーな。……なー今日、お前んち行っていい?」

「……いいけど。何かあったのか?」

「んー。まーな。あとで話す。メシは?」


 鏑木はフードを被ったまま、俺のほうに歩いてきた。一体、何があったのか。推し量ろうにも、その表情は影になっていてよく分からない。ただちょっと声に元気がないというか、モゴモゴと喋り声に抑揚がない。


「バイト前に賄い貰って食ったけど、帰ったら夜食作って食う予定だった」

「俺の分も作れる?」

「なんでもよければ」

「今日何作る予定だった?」

「んーうどん、とか」

「激安タナカマートで、うどん買うから、俺の分も作って」

「うどん玉、余分にあるからそれで作ってやるよ」

「マジ? やりー」


 この前安い茹でうどんをまとめ買いしたやつ、冷凍しといてよかった。


「具が天かすしかねー素うどんだけどいい?」

「食えるだけありがてー」


 そんな会話をしながら、俺は鏑木を連れて、アパートへと戻った。


「おじゃまー」


 アパートの部屋に着き、鍵を開けると、鏑木は遠慮なく部屋へと上がる。

 俺はパチンと電気をつけると、すぐに冷凍庫を開けて、うどんを2玉取り出し、電子レンジに入れた。


「すぐにできるから、あっちで座っててくれ」

「ん」


 振り向きざま、何気なく鏑木の顔を見て、思わず息を呑んだ。


「ど、どうした鏑木。それ」


 フードを目深に被った鏑木の頬は、台所のちょっと暗めの蛍光灯の下でもわかるほど、赤黒く腫れ上がっていた。


「え? すげー腫れてるけど!? 今日はやっぱり誰かに追いかけられて、殴られでもしたのか!?」

「……んー、ちょっとなー」

「ちょっとってなんなんだよ。あーもう、ちょっと待て。冷やすもの出してやる」


 本当なら俺が鏑木の家に行って湿布をもらうはずなのに、これじゃあべこべだ。

 慌てて冷凍庫から、何かを買ったときに付いていた保冷剤を取り出して、タオルで巻いた。


「うちには湿布とかねーから、これ」

「ん」


 鏑木は素直に保冷剤を受け取り、頬に当てた。


「他には怪我とかねーだろうな。とりあえずメシ作るから、あっちの部屋で座ってて」

「ん」


 鏑木を畳の部屋に追いやると、俺は鍋に水を入れて、火にかけた。

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