ウリの仕事

「ねぇアンタ、ハルちゃんのお友達よねぇ?」


 12月に入り、もうすぐ終業式を迎えようかという頃。

 夜のバイト終わりに、ふらりとスナックるいの前に来ていた。鏑木には黙って来ていた俺は、思いがけず急に声をかけられ、ぎくりとして振り返った。

 そこには買い出しにでも行っていたのか、派手な色のワンピースの上へ無造作にコートを羽織ったホステスさんが、買い物袋を下げて立っていた。


「どぉしたの? そんな暗いとこで。寒いでしょ。ハルちゃん待ってんの? 呼んでこよっか?」

「あ、いや……」


 今日、鏑木のスマホには親父さんからのメールが届いてたのを俺は知っていた。知っていて、鏑木に黙ってここに来たのだ。鏑木が今日、本当にウリをやっているのか、俺は気になって気になって、どうしても自分を止められなかった。


「あー……でも今日あれかなー。ハルちゃんいないかも」

「……いない?」

「あれ? 聞いてないのー? ハルちゃん、今日は――あ、勝手に言っちゃ怒られちゃうかー」


 アハハと明るい声で笑って、小さなバッグからおもむろにタバコを取り出すと、その場でカチッと火をつけた。


「ハルちゃんに何も聞いてない? ハルちゃんがいっつもここで何やってるかって。……あー、アンタももしかしてハルちゃんにぞっこんな感じ? 本当にただの友達なのぉ?」


 タバコの煙をフーッと吹き出しながら、ケラケラと嘲笑う。


「ハルちゃんたぶん、もうお客さんとスナック出てホテル行ってんじゃない? ほら、そこの商店街出た先に、小さいホテルあんでしょ。知らない? ビルとビルの間にあって。古くて地味な外観だから、子供はあれがラブホだって気がつかないかー。ハルちゃんはスナックでお客引いて、あそこで客を取るのよぉ」

「…………」

「スナックで待ち合わせしてくれるから、店にもお金入るし助かるわー。ね、アンタもやっぱり男のほうがいいの? もったいないよ~女知らないの。アンタ背ェ高いしさ、高校生の割に顔も体もいけてるし、アタシが教えてあげよっか」


 そう冗談めかして、俺の顔にフーッと煙を吐き出した。


「……すんません。俺、もう行きます」

「えー、ごめんごめん冗談だってー。いつ終わるか分かんないけど、お店でハルちゃん待ってもいいのよぉ?」

「いえ、いいです」

「んーそっかー。またねぇ。冗談じゃなく、気が向いたら、アタシにも声かけてね~」


 バイバーイと、ホステスさんはスナックるいの真っ赤なドアを開けて入っていった。


 すぐ近くにあるホテル。旧繁華街の辺だろうか。

 教えられた場所に行ってみると、確かにホテルらしきものがあった。


 入口も狭くて、一見本当に営業しているのか分からないような、暗い印象の建物。見上げると結構階数があり、縦に長い建物だと分かる。


 スモークの貼られたガラス張りのドアをさらに隠すように建てられた壁には、大して明るくもない、取ってつけたような簡素な丸いLED電球がぶら下がり、それだけが唯一営業中であることを示していた。


 こうやって入り口に壁を作るのは、出入りする客が見えづらくなるようにしているのかと、別に知らなくてもいい知識を得た。


 ――この中で鏑木が客を取っている。


 とてもじゃないが信じられない。あんな写真を見た後でも、普段の鏑木を知っている俺にはまだ現実味がなかった。


 待ってみるか? ホテルから本当に鏑木が出てくるのかを。

 実際目の当たりにでもすれば、嫌でも信じるだろう。


「クソッ!」


 ウリをやめさせることもできず、目をそらし現実逃避をしていていいのか?

 やめさせることができれば、もしかすると鏑木は死ななくて済むのかもしれない。でも、俺にはどうしたらいいか分からない。


 正直、鏑木が俺の知らない男とどんな顔でここから出てくるのか、それを想像するだけでも怖かった。


 待つか帰るか踏ん切りがつかず、しばらくホテルのはす向かいにあるビルの階段に腰掛けて、寒い中ぼんやりとホテルを利用する客を眺めていた。


 こんな怪しげなホテルなのに、利用客は意外と多い。

 女性側は絶対といっていいほど若くて、男性側は若から老までさまざま。


 こういうのを見ていると、嫌でも鏑木の相手がどんなやつか考えてしまう。


 若いやつなのか、おっさんなのか、それとも……。

 相手を見ても、俺は冷静でいられるだろうか。


 暗がりで一人悶々と考えていると、いきなりパッと目が眩むほどに明るくなった。 懐中電灯で照らされたのか、驚いて反射的に顔を反らしギュッと目を閉じる。


「………!?」


 目の前の光を手で遮りながら目を凝らすと、そこにいたのはなんと二人の警官だった。


「えーと、君、ちょっといいかな」

「え! あ、はい」


(ヤバいな、補導か)


 不審者だと思われないよう、言われたとおり立ち上がると、警官は懐中電灯の明かりを地面に向け、俺を手招きした。


「そこは個人所有の建物だから、こっちにきてくれるかな」


 警官二人はそこから少し離れた、街灯のある明るい道まで俺を誘導した。


「君、どうしたのこんなとこで。高校生? 何かあったかな? ずっとここに若い男の人が座ってるって、ご近所の方から通報があってね」

「え、通報ですか……」

「そう。結構長い時間いたのかな? 一人? 具合悪いのかな? それとも誰か待ってる?」


 立て続けに質問され、俺は内心冷や汗をかいていた。

 まずい。補導されたら学校だけじゃなく、親にまで連絡がいってしまう。


「いや、えーとその、バイトが終わって、疲れたからちょっと休憩してただけで……」

「何歳かな? 高校生? バイト先はここから近いの? 体調不良とかじゃなく、ただの休憩?」

「この辺、未成年にはあまりよくない場所だって分かってる? バイトも変な店じゃないよね」


 なんとか誤魔化そうとする俺を、警官たちは訝しげに畳み掛けてくる。


「もしかして家出? 名前とお家の人の連絡先を教えてくれるかな」


 もうこれ以上は誤魔化せない。

 正直に答えるしかないのかと観念したとき、警官の背後から「木嶋?」という声が聞こえた。

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