田崎の話
(駅前の喫煙所といえば、あれか)
駅の改札を出たところに大きな広場があるのだが、そこには衝立で囲まれた大きな喫煙スペースが端にある。俺はタバコなんか吸わないし興味もないから近寄ることはなかったが、いつもそこにはたくさんの人が出たり入ったりしているのは、遠目から見て知っていた。
だから今回初めて衝立の中を覗いたのだが、中央に腰までくらいの灰皿が3つ立っていて、その周りにタバコを持った大人たちが群がっていた。寒いのに、外でタバコを吸っている人が多いことに驚いた。
(田崎さんはいないな)
中にはいないようだ。外で待っていようと振り返ったら、ちょうど田崎らしき人物が、こちらに歩いてくるのが見えた。
「えーっと、君だよね? 待ったかな?」
「いえ、俺も今来たところです」
「そうか。いや、なんだかこうして、ほぼ初対面の若い子と待ち合わせって、背徳的でいいなぁ」
愉快そうにくっくと笑う田崎に、鏑木とそれ以上のことをやっている癖にと、少しイラだったが、顔には出さなかった。
「じゃあ行こうか。焼肉、好き? 若い子といえば肉しか思いつかなかったからさ、肉にしちゃったけどいいかな」
「あ、はい。肉好きです」
「よかった。じゃあこっちね」
「はい」
そして田崎に連れて来られた先は、焼肉と聞いて俺が想像していた店とは遥かに格の違う、飲食店ビルの中に鎮座するおしゃれな超高級焼肉店だった。
「ここ、ですか?」
「そ」
エレベーターから降りて、店の前に着くと、俺は唖然とした。
高級料亭のような店構えに、重厚な扉。 ビルの中なのに。なんだかすごい。高そうだ。
「すみません、俺、こんな高そうな店、払えません……」
「ははっ、いいねえ、そういうの。お金の心配はしなくて大丈夫だよ。それにここおじさんの店だから」
「え」
田崎はさっさと店のドアをくぐると、店員には手で軽く挨拶するだけで済まし、そのまま奥の個室へと勝手に進んでいく。その無遠慮な振る舞いを見る限りでは、田崎の店だというのは本当らしかった。
薄暗い店内。個室の前には廊下があり、フロアからちょっと隔離されている。音楽も流れているから、外に話が漏れることはなさそうだ。
「さ、そこ座って。うちはいろいろなブランド牛を揃えていてね。どういうのが好きかな? ……って言われても、高校生には部位なんか分かんないか。じゃあ、適当に頼むからそれを食べようか。飲み物はコーラでいいかな。食べたいのがあれば言ってね」
お店のスタッフが注文を取りに来て、田崎がいろいろ注文を終えるとすぐに、飲み物が運ばれてきた。
「さ、乾杯でもしようか」
田崎は酒の入ったグラスを、俺の持ったコーラのグラスにカチンと当てる。
「まあ、そう固くならずに。すぐ肉がくるから、話は肉を食ってからにしようか」
それからすぐに、おしゃれな皿にきれいに盛られた肉が次から次に届き、それを田崎自ら焼いては、俺に差し出し、それを俺は無言で食べた。
「うまいでしょ」
「はい。柔らかくてすげーうまいです」
「高級肉だからね。これなんて一皿いくらすると思う? この量で三千円だよ。いや~我ながらぼってるよねぇ」
そんなことを言っているが、本当に高い肉ならそれくらいするのだろう。正直俺には肉の良し悪しなんか分からないから、出されるものを黙って食べ尽くしていく。
それにしてもうまい。ずっと貧乏暮らしで節約してたから、こんなに肉を食べたのは久々だった。
「いい食べっぷりだね。若いっていいねー」
田崎は、酒ばかりで自分はほとんど食べずに、俺にばかり肉を差し出してくる。
おじさんになるといい肉は食べられなくなるんだって笑ってて、じゃあなんでこの店にしたんだろう、バカ高い肉を食わせて大人ってスゲーって俺に思わせたいのかなとか、そんなひねくれたことを考えながら肉を食っていた。
「じゃあそろそろ本題に入ろうか。で、聞きたいことって何かな」
俺が肉を食い終えて、コーラのおかわりを貰ったとき、そう田崎がタバコをくゆらせながら言った。とうとうきたと、緊張が走る。
「……その、鏑木とはいつから」
「お、直球だね。そうだなー俺は今年に入ってからかな。彼を指名するのは月に一回程度。彼高いからね」
「高い……」
鏑木自身も言っていた。俺は高いからって。
「……なんで鏑木なんですか。他にもいるんじゃないですか、その、そういう仕事の人が……」
「んーなんでって。他にもいるよそりゃ。でもまあ、彼かわいいしね。最初会った時は、高い金払ってヤンキーが来たってびっくりしたけどねー。でもよく見ると美形でしょ? それにあのツンケンした態度もいいよ。人を寄せ付けない感じで。そういう子が奉仕してくれるって、すごくクルんだよね。ま、こういうの君にはまだ早いか」
くくくと田崎は俺を見ながら嫌な笑いをした。
「だからさ、昨日あの子が君を見て動揺してたのがすごく新鮮でね。おやーっと思ってさ。こうやって君の話を聞いてやろうって気になったってワケ。で、君は結局のところ、本当は俺に何を聞きたいんだい? 俺の性癖なんか興味ないでしょ?」
「俺は――」
俺は鏑木を救いたい。でも田崎にどう言えばいいか。
「君たちは付き合ってるの?」
「え、あ、……その、いえ……」
「あれ、そうなんだ。ハルイチがあんな表情するから、てっきり付き合ってるんだと」
……実は俺の告白の後、鏑木からはなんのアクションもない。
友達以上ではある(と思ってる)けど、恋人ではない。付き合っているという実感は、今のところ全くない。
「でも君は、ハルイチのことが好きだよね? そしてウリをやめさせたい。だからこうして、わざわざこんな怪しいおじさんと高い飯を食べてる。そうでしょ?」
「……はい」
「でもまあ、よく未成年を買うおじさんにのこのこ付いてきたよね。君も俺に何かされるって思わなかった? もしかすると、こんな焼肉屋じゃなく、ホテルややばそうなビルの一室に連れ込まれる可能性だってあったよね。君が俺についていったと知ると、ハルイチが怒るんじゃないのかな」
「……鏑木を買うのやめてくれと言ったら、やめてくれますか」
田崎は椅子の背にふんぞり返るようにして凭れながら、おかしそうに声をあげて笑った。
「一つ言っておく。俺がもし彼を買うのをやめても、それは顧客を一人失うだけで、なんの解決にもならない」
「でも俺は、鏑木にウリをやめさせたいんです」
「彼が今、いくら稼いでいるか知ってる? あの金額を他でまかなえるようなバイトは、ウリよりもヤバい仕事しかない。逆に言えば、ウリで許してもらえてよかったよねってことだ。まあ、あの子の家の借金が総額いくらあるのか俺は知らないけど、これだけ強気な金額でもまだ返せないってことは、相当な額だろうね」
「返せないほどの金額……そんなに」
田崎は金額をボカして言わないが、鏑木を買うにはかなりな金を出す必要があるみたいだ。それでも払いきれない借金とは。
「まあ闇金みたいなところから借りたら、利息だけですごいことになるからね。ということは、あの子を斡旋してるところは、堅気じゃないってことは分かるよね。だから俺がどうこうできる問題でもなく、彼を助けたくてもどうしようもできない。彼を解放したいなら、まずはその借金をどうにかしなければいけない」
闇金って、ドラマで見たことがある。
十日に一割とか利息がすごすぎて、返済しても元本が減らないってやつだろ。
本当にそんなところから金を借りるようなヤツがいるのか。漫画の中の世界だとばかり思ってた。
「では、もし君が俺に金を借りて代わりに返済する、という方法をとったとしよう。俺もそれなりに金を持っているからね。出せないわけじゃない。じゃあ君はどうやって俺に金を返す? 君に金を貸して、俺はなんの得がある?」
得……。
得と言われても何もない。だけど――。
「……俺はあんたが未成年に淫行を働いていることを知ってる。それを警察に言わないでおくことができる」
「ははっなるほど。俺を脅すのか。脅して彼を買うことをやめさせて、さらに俺から金をむしり取ろうって算段ね。ははは! 面白いね、君。でも残念ながら、俺が彼を買っている証拠はどこにもない」
「……! でもホテルや街に防犯カメラが……」
ホテルだけじゃない。今は町中に防犯カメラがある。ホテルに入っていく二人の姿くらいは映っているはずだ。
「本当に君は若いねー。あのホテルは、暴力団の持ち物だよ。だからハルイチを指名するときは、いつもあそこを利用するよう指示される。それにあの辺一帯、ほとんどが暴力団関連の持ち物で、いろんなところに奴らは絡んでいて、証拠など出やしない。それにもし仮に俺が捕まったとしても、俺はハルイチと真剣な付き合いをしていると言い張ることもできる。あと本当の年齢を知らなかったとかね、そんな言い訳もできる」
「……そんな!」
「金もハルイチに直接支払っている訳じゃない。俺が直接出しているのはスナックの支払いだけで、それ以外は斡旋している業者にだ。そしてスナックで接客をするハルイチは、家業を手伝っているだけ。どこにも俺がハルイチを買っている証拠がない」
田崎はスナックでの飲み食いに金を払っているだけで、鏑木に直接金を渡していないから、売春の証拠が残らないということか。
ではその斡旋業者が摘発されしまえば……!
「ウリを斡旋している業者っていうのは……」
「それについて俺は言えない。というか、まあ、さっきも言ったように堅気ではない奴ら、すなわち暴力団が絡んでる。もし知ったとしても君がどうこうできる話じゃない。このことを警察に密告するとか、そんな物騒な考えは捨てろ。あとが怖い。それにハルイチまで巻き込む。君はハルイチが警察に連行される姿を見たいか?」
「……いえ」
「まあそうだろうな。他に方法があるとすれば、そうだな、君もそこで売る側で働いて、一緒に借金を返す。という手もある」
「売る? 俺が……?」
田崎はなんともいえない嫌な感じの笑いを浮かべた。
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