のどかな時間

 この日から俺と鏑木は、それまで以上に一緒に過ごすようになった。それこそほんと親友かのように。


 放課後は、バイトのない日は俺の家でメシ食ってのんびりしたり、二人で街をブラブラしたりして過ごしたり、たまに鏑木の家に行って一緒にテレビを観たりもした。

 マスターがやってるバーに行って、マスターや常連のおっさんたちにメシを奢ってももらったし、十二月の期末テストの時は、二人で勉強もした


 俺も鏑木もバカだから、バカ同士が一緒に勉強してもって感じなのだが、それでもさすがにこんな俺でも、同じテストを3回目となると多少なりとも問題を覚えていたわけで。おかげでヤマがバッチリ当たって、二人ともギリギリ赤点なしで無事乗り切ることに成功。


 鏑木も喜ぶし、担任も喜ぶしで、まあ……未来の知識でカンニングしたようなものなんでズルっちゃズルなんだが、満点を取ったというわけでもないし、別に構わんだろ。そもそも俺は未来を変えにきてるんだし、これくらいのズルは大目に見てもらわねーとな。


 松永についてもあの騒動で懲りたのか、もう鏑木にちょっかいを出すようなことはなく、あれ以来トラブルもない。そのおかげか、鏑木もだいぶ落ち着いて、鏑木が街で衝動的に起こす暴力沙汰も目に見えて減っていった。


 鏑木はいつも元気で、何かに憂うようなこともなく、俺の作る下手くそなメシもうまいうまいと食ってたし、年明けの初詣では、近所の神社で『ちゃんと卒業できますように!』と、なけなしの百円を賽銭に、深々とお辞儀をしてお参りをしていた。


 ――本当に3月に死ぬとは思えないくらい、鏑木は元気で明るかった。


(やっぱりこのままいけば、鏑木は死なないんじゃねーかな)


 俺としては、この時間軸での変化に、結構な手応えを感じていた。

 今のところ精神的な不安定さもないし、鏑木個人に大きなトラブルになりそうな問題は見えてこない。


(何かあるとすれば、やっぱり親父さんか)


 たまーにコンビニ行ったり、牛丼とかハンバーガーとかを買ってもらうとは言ってたけど、それでも高校生の息子の主食が菓子パンって、ネグレクトみたいなもんだし、親子喧嘩で口論の果て衝動的に……ということもあり得なくない。


 とはいえ今現在、めちゃくちゃ仲が悪いわけではなさそうなんだが。


(あー……鏑木が死んだ後、もう少しリープまで時間の余裕があれば、新聞とかで情報得られるんだけどなぁ)


 毎回死んだと知った瞬間に飛ばされるから、鏑木の死についてのヒントが何もない。だから鏑木に最も影響を与える人物として当てはまるのが、今は親父さんしかいないのだ。


 鏑木の親父さんといえば、月に数回、鏑木のスマホに親父さんから連絡が入る。

 どうも一階のスナックが忙しい日は、鏑木に手伝いをさせているらしく、早いときは夕方、遅いときは夜一緒にメシを食って、そろそろ帰るかーという時間に連絡がくることもある。

 早めに予定がわかっていればいいのだろうが、突然くる親父さんからのメールに、鏑木はいつも渋々対応していた。


 そして今日もまた、鏑木のズボンのポケットから、軽快なリズムの通知音が流れた。


「なんだ、また親父さんか?」


 それは授業が終わり二人で裏門へ向かって歩いている途中のことで、スマホの画面を見る鏑木のあからさまな渋面で、メッセージの内容を見なくても誰からか見当付いた。


「……あたり。俺、今日は木嶋んち行くのダメになったわー」


 ちょうど今、今日は俺のバイトが休みだから、俺の家でメシを食べようという話をしていたところだった。鏑木はオムライスが食いてーとはしゃいでいたのに、アパートに辿り着く前に呼び出されてしまったのだった。

 鏑木は、木嶋んち行きてかったなーと口の中でボヤキながら、億劫そうにスマホをズボンのポケットにしまった。


「スナック忙しいって?」

「んー…………なんか、予約入ってんだって」


 狭い店だが、やはり団体客とか来たら手が回らないのだろう。親父さんが着てたあの蝶ネクタイに黒のベストというボーイの制服を着て、水割りを配って歩く鏑木を一度見てみたい。


(きれいな顔してっから、鏑木が店に立てば客も喜ぶんだろうな)


 いつもタメ口で、お世辞なんか言うタイプではない鏑木が、愛想よくウェイターをやってるとは思えない。

 だとすれば鏑木に求めらているのは、ウェイターとしての働きではなく、お飾りホステスのような役割なのかもしれない。

 愛想のないお飾りホステス。だとすれば、この嫌そうな鏑木の態度も理解できる。


「やっぱりバイト代はでねーの?」

「……稼いだ分は、ぜーんぶ親父の懐に入っちまう。でもたまーにチップくれる客がいっから、それは黙って俺の懐にしまうけどな」


 そうでもなきゃやってらんねーと、鏑木が自嘲気味に笑う。

 まあ、そりゃそうだ。


「……行きたくねーなぁー……」


 あれだけオムライスって騒いでたからな。少しの野菜と、弁当用に買っておいたウィンナーにケチャップ、そして肝心要の卵も、オムライスに使える材料は今日家に全部揃ってたのに。


「いつでも作れるから、また次俺の休みの日に来りゃいいよ」

「……今日食いたかった」

「引き止めてやりてーけど、行かねーとダメなんだろ」

「……まあな」

「客から酒出されても飲むなよ」

「……どーかなー」


 スナックを手伝だった翌日の鏑木は、よく学校を休んだり、来ても遅刻でずっと寝てたりする。

 明け方店が閉まるまで手伝っているのか、はたまた酔っぱらいの相手をさせられるせいなのか、その日は一日ぐったりとダルそうにしていることが多い。


(未成年を一晩中働かせるのって、どうなんだ)


 酒を飲ませることも夜の店で働かせることも全部青少年なんちゃら条例違反なんだろうけど、それを俺が言ったからといって、どうにかなるもんでもない。


「俺さー、チップ貰ったら、親父に隠れて貯めてんの。卒業したらそれで一人暮らししよーと思ってさー」

「へぇーいいじゃん」

「木嶋とさ、どっか遠くに遊びに行きてーし、車も買ってドライブしてーしな」


 買う車も決めてんだーと嬉しそうに、鏑木が俺の右肩にぶら下がるようにして肩を組む。


「おい、重いからぶら下がんなって!」

「へへ~」


 重い重いと俺が文句たれる中、鏑木が楽しそうに俺の肩にしがみつきながら歩き、俺の家の近くで別れた。

 派手にツートンになった金髪を揺らしながら、ボンタンのポケットに両手を突っ込んで街のほうに歩いて行く鏑木。


 きっと明日も鏑木は、ぐったりと疲れた感じで学校にくるんだろう。


 ――こんなふうに大きなトラブルもなく、のんびりと、そして確実に、俺と鏑木の時間は進んでいった。

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