楽しいお正月

「木嶋ぁ〜〜〜! あけましておめでとー!」


 元日の朝、チャイムを鳴らす音で俺は目が覚めた。


 大晦日の夜は鏑木がスナックの年越しパーティでオールだというので、俺は一人珍しくスマホでテレビの配信動画を見て、夜更かししていた。


 途中鏑木からメッセージを返しつつ、寝たのは三時過ぎ。


 チャイムが鳴ったとき、部屋の中はまだ真っ暗で、夜なのか朝なのかよく分からないまま、「う〜寒っ」とボヤきながら俺はヨロヨロとしながらドアを開けた。


「……今何時?」

「何時だっていーじゃん! 俺なんか全然寝てねーし! 入っていい? めちゃ寒〜」

「ああ」 

「ほい、これ。おみやげー」


 鏑木に渡されたビニール袋には、お菓子やら封の開いた2Lボトルジュースやらが入っていて、一番底の容器にはオードブルらしき料理が入っていた。


「それパーティの残りものー! オードブルとかめっちゃ余ってたからもらってきた。今日はさー木嶋の部屋でのんびりしよーと思ってさー」 

「お前、まさか酒飲んでんのか」

「まっさかー」


 そう言いつつも、靴を脱ぎながら俺の肩にもたれかかった鏑木からは、しっかり酒の臭いがした。


「おま、酒くせぇぞ!」

「かたいこと言うなってー」


 徹夜明けのテンションなのか、酒のせいのか、妙にハイテンションで元気一杯の鏑木は、ヒャッヒャと笑いながら部屋に上がり込み、ジャンパーも脱がずに、勝手に俺の寝ていた布団に足を突っ込んで座った。


「あったけー」

「来るなら連絡いれてこいよな」

「入れたって。さっき」


 そう言いながらゴロンと俺の布団に寝転ぶ鏑木を横目に、俺はオードブルとジュースを冷蔵庫にしまうと、部屋に戻り枕元に置いていたスマホを確認した。確かに10分前くらいに『これから行くよ』というセリフの犬スタンプが届いていた。


「いや、俺寝てたし」

「でもちゃんと連絡いれたしー」


 ヒャハハと鏑木が寝転んだまま楽しそうに笑った。


「しょうがねーな。あー寒ぃ」


 部屋は夜の冷気ですっかり冷え切っていて、スウェットだけじゃ寒いからと、俺はエアコンを入れた。


 エアコンの吹き出し口からゴーという音とともに温風が出るのを確認し、振り返ると、鏑木はいつのまにかジャンパーを脱ぎ、俺の布団に潜り込んでいた。


「あー……布団きもちいー。めちゃ眠くなってきたー……」

「なんだよ、人を起こしといて寝るのかよ」

「……さっきまでは眠くなかったんだよ。布団が悪い、布団が」

「おい、本当に寝るのか」

「……木嶋も寝よーぜ。ほれ」


 目を瞑ったまま、鏑木は布団の端っこを少し持ち上げた。


 仕方なく布団に入り、鏑木の横に寝そべると、鏑木からは酒とタバコの臭いがし、体からは外の冷気が漂い、触れるとひんやりした。


「うわ、つめて」

「……きじま、あったけー……」


 鏑木が俺で暖を取ろうと、もぞもぞと体を寄せてくる。

 仕方なくされるがままになっていると、しばらくしてスースーという寝息が聞こえ始めた。


(のんきなもんだな)


 とうとう年を越してしまった。

 年末は鏑木が忙しかったから、マスターのことをまだ話せていない。


(マスターのこと、鏑木が聞いたらショックを受けるかも。でも言っとくべきだよなぁ)


 鏑木が目を覚ましたら、ちゃんとその話をしよう。

 俺はそう考えながら、鏑木とぴったりくっつくようにして目を瞑った。






「え? マスターがヤクザって? 俺知ってるけど」

「は?」


昼前に起きた俺は、鏑木が目を覚ますのを待って、昼飯代わりに鏑木の持ってきたオードブルを食べながら、マスターの話を切り出した。


「マスター年中長袖だし、なのにたまに袖口からイレズミ見えてるしー」

「マジか。俺、どう言おうかスゲー悩んだのに」

「マジ。本人に確かめた訳じゃないから確信はなかったけど。でもそっかー、やっぱそうなのかー。んで、木嶋は前のときにマスターに会ってたんだなー」

「ああ。そんときマスターたちは、俺を鏑木のストーカーだと思ってた」

「ぶはっ! マジか〜〜〜!」


 ヒャッヒャと後ろにひっくり返るほど爆笑した。


「お前、どんだけ俺に執着してたんだよー」

「仕方ねーだろ。そうでもしないと、お前と仲良くなれなかったんだからさ」

「それで俺のこと好きになってりゃ世話ねーわ。……で、マスターは俺のこと何か言ってた?」

「いや、特に何も。鏑木んちのことは知っているみたいだったけど」

「そっかー。マスター俺のこと知ってたかー」


 マスターがヤクザであることに関しては別にといった感じだったが、やっぱり自分のことを知ってるのに知らないフリをされていたことは、少なからずショックだったようだ。


「親父さんは、マスターのこと知らないんだよな」

「んー、多分。会ってるところ見たことねーしなー。俺の知らないところで連絡とってたら分かんねーけど」

「じゃあ鏑木が死んだあの日、店に来たのは……」

「話の流れからすると、俺の死体の処理に来たってことなのかなー、やっぱ。ヤクザの下っ端ってそういうことやりそーじゃん」

「親父さんが連絡したのがウリの斡旋元だとすれば、マスターはそことつながりがあるってことだよな。鏑木はその斡旋元がどこか知らないんだよな」

「知らね。むこーから一方的だったし、自己紹介だとかそんなのなかったし」

「じゃあやっぱり、親父さんに聞くしかないのか……」


 鏑木に一度家の中を捜索してもらい、借金について何か手がかりがあるか調べてもらったことがあったが、おかしいことにあの散らかった部屋の中からは、それらしきものが一つも出てこなかった。


 おそらく息子に見られたくないものは、すべてどこかに隠しているのだろう。


「親父さんはそこ以外に、他で金借りたりはしてないよな」

「……分かんねー。親父、俺にはそういうこと喋んねーし。聞くと怒るしさ。でも今のとこ、他に借金取りは来てねーかな」


 マスターからの忠告、そして前回の最期のときの親父さんの言葉。

 親父さんは鏑木に他に借金があることを隠している。それが鏑木の死へと繋がるかどうかは、俺たちの出方次第。


「鏑木、お願いがある」

「んー何ー?」


 鏑木は、勝手に開けたスナック菓子の袋に手をつっこみながら、俺を見た。


「前の時は、鏑木の隔離計画を1週間前に予定して失敗した。だから今回はもっと早くにしたい」

「んー。いつくらい? 2週間前とか?」

「できればすぐ。余裕をもって1月中には家を出て、うちに来て欲しい」


 鏑木のお菓子を食べる手が止まった。


「え……、うーん……まあ、親父は俺がいようがいまいが気にしねーし、何とかなるか……? スナックの手伝いとか、ウリもしないほうがいい?」

「スナックの手伝いや、斡旋先から入るウリの仕事はやめなくていい。そこは従順にしておかないと、また同じ目に遭う」

「……俺が反抗すると、親父は俺を殺す?」

「たぶん」

「でもスナックの手伝いとかウリ続けたりとかするんじゃ、家出てもあんま意味なくね?」

「ずっとあの家にいるよりはリスクは減らせる。だから、3月4日が過ぎるまでは、怪しまれない程度に距離を取って、絶対にスナックの2階に近づかないでくれ。連れ込まれたりとか、そういうことにも用心してほしい」


 俺はスナックの2階が完全にトラウマになってしまって、今回の時間軸では2階どころか、スナックにさえ近づいていない。 あの日が来るまではきっと大丈夫なんだろうけど、それでもやっぱりこれまでのこともあるし、あの部屋に鏑木をおいておくのが、俺は怖い。


「……んー分かった。何とかする」


 そう言って鏑木は、ちょっと考えるような表情で、スナック菓子を口に運んだ。

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