鏑木に話す覚悟
「ほら、コーラ」
「……ん」
礼なんか言わねーからなという無言の睨みをきかせつつ、鏑木は俺の手からペットボトルのコーラを受け取った。
高いから普段めったに自販機のコーラなんか買わないが、こんなもので懐柔できるんなら安いもんだ。
「ちょ、おい、キモいから近寄んなって」
公園の花壇ブロックの上に腰掛けた鏑木の横に座ろうとしたら、露骨に嫌な顔をされた。前の時間軸の鏑木だったら、逆にそっから寄ってきて凭れかかってきていたのに。
まあ、今はまだ初対面みたいなものだから、こんなもんか。
「んで? なんだよ」
「ちょっと話があってな」
「俺に気があるとか、そんな話なら、先に断っとく」
ブスくれた顔でコーラを飲む鏑木。
「…………」
「なんだよジッと見て……」
「いや、生きてるなって思って」
その瞬間、鏑木は俺の隣から勢いよく飛び退いた。
「え、何? なんだよ、キモいんだけど!」
その姿があんまりにもおかしくて、俺は声をあげて笑った。
笑って、笑って、涙が出るくらい笑って、最後俺は本当に泣いてしまった。
「な、なんだよ……もう」
泣きながら笑う俺を、鏑木は気味悪そうにしながらも、居心地悪そうに、俺の隣に座り直した。
「んで? なんだって?」
不機嫌な顔のままでコーラを飲みながら、俺が泣き止むのを待って、鏑木が聞いてきた。
だから俺は素直に、そのままを告げた。
「俺、実は未来から来たんだ」
「ブッ」
鏑木が口に含んでいたコーラを吹き出した。
「漫画みたいに吹き出したな」
「て、てめーが妙なことを言うからだろ!? つか、何それ? そんな冗談言うために、俺を呼び止めたとか!?」
「まあ落ち着け。俺だって、いきなりこんな話信用してもらえないって分かってっから」
「なんだよマジで」
ものすごい訝しげな表情で俺を見る鏑木に、俺はまた笑いそうになったが、なんとかこらえた。また涙が出ても困るしな。
「俺はちょっと今、大変な事態に陥っている。未来から来たというと、ちょっと語弊があるかもしれない。俺はこの10月12日、つまり今日この日から、来年の3月までの5カ月間を、ずっとタイムループしている。タイムループわかるか? 鏑木。タイムループというのはだな……」
ちょっとおバカな鏑木のために説明しようとすると、鏑木が「それぐれー知ってるって!」と遮った。
「木嶋の時間が、この10月から来年の3月までを繰り返してるってことだろ!? なんかの漫画の読み過ぎか? それとも何か、そういうのネットとかで流行ってんの??」
「いや、ほんとに、マジなんだって。俺はもう今回で4回ループしている。3月4日になると、俺は強制的に10月12日に戻される。そして今日もついさっき、授業が終わった時間に戻ってきた」
「はぁ」
鏑木は真剣な顔で変な話をする俺を、ポカンとした顔で見ていた。
「……とりあえず、木嶋がそう言い張るなら、それはそれで、まあイイわ。うん。じゃあ、なんで俺に声をかけたんだよ。俺と木嶋、接点ねーじゃん」
「タイムリープの鍵が、鏑木。お前なんだよ」
「ふーん。って、……はぁ!?」
「鏑木、3月4日にお前は死ぬ」
その話を聞いて鏑木は、呆気にとられてさらにポカンとした。
だがすぐにプッと吹き出し、腹を抱えて大笑いを始めた。
「な、なんだよそれ〜〜! 俺が死ぬって!? ヒャハハ」
「いや、本当にマジな話なんだ。お前は3月、いや2月26日から3月4日の間に死ぬ」
「いやいやいや、ないわ〜。木嶋、なにその冗談〜! ウケるわー」
ヒャッヒャッと笑いながら鏑木は、立ち上がった。
「いや、もう変なこと言うんじゃねーよ、木嶋ぁ。まさかの厨二病かよ。お前もっとクールなヤツだと思ってたわー。変な妄想に俺を巻き込んでんじゃねーっての。めっちゃ笑ったし、俺帰るわー。話聞いてやったしもういいだろ。じゃな。もう声かけてくんなよ」
「あ、ちょ、待てって、鏑木!」
後ろ手でバイバイと手を降りながら、鏑木はさっさと公園をあとにする。
何か、何かで引き止めないと。
俺は鏑木を引き止める方法を、必死で探った。何かないか、何かないか……!
「そうだ、鏑木! スナックだ! お前んちの一階はスナックるい! 真っ赤なドアで、店の中はレーザービームみたいな照明がついていて、店の奥に行くと、二階にいく階段がある!」
焦った俺は、ループで知り得た情報をぶつけてみた。
「二階は生活スペースで、鏑木が親父さんと二人で住んでる。床は散らかっててすげー汚くて、隣の部屋には布団が敷きっぱなしになってる!」
そこまで言うと、案の定、鏑木の足がピタッと止まった。
鏑木は俺を振り返り、鋭く睨みつけた。
「……てめぇ、なんで俺んち知ってんだよ。まさか俺をストーカーしてんじゃねーだろーな」
「ストーカーなんかしてない。前の時間軸で、お前に連れていってもらった。他にもまだ知っていることがある」
「…………」
鏑木は、なら言ってみろとばかりに、その場で俺を睨みつけながら顎でしゃくった。
「……母親は親父さんの金を持って、男と逃げた。お前は借金だらけになった親父さんのために、……男相手に体を売っている」
「木嶋ぁ!! なんでてめぇが知ってんだよ!!」
鏑木が勢いよく俺に突っ込んで来て、胸元を掴んだ。
「だから、それも全部これまでタイムリープして知ったことだ」
「だからって、なんでてめぇが、俺のこと……」
誰も知らないはずの秘密を知る俺に、怒りに満ちた目を向け、胸ぐらを掴みあげる鏑木を、俺は真剣な眼差しで見つめ返す。
「俺は、……鏑木と親友だった。前のときも、その前のときも。俺はお前を何度も死なせてしまった。だから、今回こそは、俺はお前を死なせたくないんだ。俺を信じてくれ、鏑木。とりあえず、話を聞くだけ聞いてほしい。俺を助けてくれ」
鏑木は無言で、俺をにらみ続ける。
俺は折れる気はない。今回は意地でも鏑木を助ける。それには本人の協力が必要なんだ。だからこそ、ここで根負けする気はない。
しばらく睨み合いが続き、諦めたのか鏑木の目からふと力が抜けた。
そして大きなため息と共に、俺から手を離した。
「……わーったよ。俺のことどこから知ったとか、ちゃんとはっきりさせてーし、話聞いてやんよ」
「鏑木!」
俺が嬉しくて思わず抱きつくと、「だから、そういうのはやめろって!」とボカッと頭を叩かれた。
とりあえずこの日はもう時間も遅いということで、一旦帰ることにした。
俺は鏑木を、あの忌まわしいスナックの二階に帰したくなかったが、今日はまだ10月12日であり、俺にとって今日だったはずの2月26日ではないのだ。
あの悪魔の巣のような場所に、鏑木を帰したくなかった。……でも仕方がない。
明日、放課後俺の家で話をすることを約束させて、鏑木と別れた。
アパートに帰り、部屋の中を見回すと、昨日あれだけ用意した食材や、鏑木に使ってもらおうと用意したタオルや着替えが、すべて跡形もなく消えてなくなっていた。
スマホを見ても、リープ後いつもそうであるように、鏑木の連絡先が全部消えている。
鏑木との連絡用に使っていたメッセージアプリも全部。
(……リープしたんだから、そりゃそうだよな。今日、連絡先聞いとけばよかったな)
無駄だとわかっているのに、メッセージアプリをダウンロードしてみるが、やはり履歴どころか俺のアカウントすら登録されていない、新規の状態に戻っていた。
(あー……こういうの、毎度ながらちょっとキッツいな)
――目をつむるとあの光景が蘇る。
鏑木の死体のあの生々しさ。
血みどろになるまで親父さんを殴り続けた俺の拳。
(本当なら俺は、人殺しになっていたのか)
もうあんな思いは懲り懲りだった。
悪夢を見ていたとしか思えない。
(俺はもしかして、ずっと長い悪夢を見続けているだけなのかもしれない)
そうだったら本当によかったのに。
俺はひどい疲労感に体をよろけさせながら、風呂の掃除をするため、風呂場へ向かった。
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