4回目のリープ

鏑木との再会

「――はい、では今日の授業はここまで」


 担任の授業終了を告げる声で、俺はハッと目を開けた。


 天井隅のスピーカーから、授業時間終了を知らせるチャイムが鳴り響き、担任が「遅くまで残ってないで、さっさと帰れよー」と言いながら、教室のドアを抜けていく。


(……まさか、俺は戻ってきたのか?)


 俺が鏑木の死体を見て、親父さんを殴り殺したのは、ついさっきのことのはずだった。


 血の一滴もついていない白くきれいな制服。そしてガヤガヤと騒がしく、やや蒸し暑い教室。この何度も体験した、もはや見慣れたと言っても過言でないこの光景に、戻ったことを確信する。


 心臓はまだバクバクと激しく脈打ち、手がまだわずかに震えている。親父さんを殴り続けた手が、まだ麻痺しているかのようだ。

 俺は痛覚を確かめるように、手のひらに爪を立てるようにして手を握り込んだ。


(なぜだ? なぜ今回は3月4日を待たずにタイムリープしたんだ)


 早すぎる鏑木の死。


 やはり俺自身が鏑木の死を認識することが、タイムリープの鍵なのか。それならば、なぜあのタイミングだったのだろうか。


(鏑木の死体を見た瞬間、もしくは親父さんを殴り殺すところで、もう次のリープになってもおかしくないのに)


 誰かの死が引き金であれば、そのどちらかでよかったはず。


(――もしかして、俺、あの時死んだのか?)


 本来の基準点である3月4日に到達できず俺が死んでしまったから、だからあの時リープが発動したのだとしたら。


 その可能性は大いに考えられる。


 あの時、多分背後から殴られて気を失い、そのまま失血死か、意識が戻ることなく殺されたか。

 彼らはいかにもな感じで場慣れしているように感じた。

 鏑木の親父さんに、呼ばれて来たように見えた。債権者なのかヤクザなのかは知らないが、あの現場にいた俺は、よほど厄介者だったに違いない。


 そしてまさか、バーのマスターまで。


 まさかマスターまで、あっち側の人間だったとは。

 この世界に頼れる大人など、いなかったことを俺は知った。


(つか、なんであの日なんだよ。あんなに早く死んじゃったのは、やっぱり俺のせいなのかよ?)


 俺がウリのことを知ってしまったから。俺が鏑木のことを好きだと言ってしまったから。だから鏑木の死を早めたのか。


「どうしたんだよ木嶋ー。体調悪いのか? 顔色悪いぞ」

「あ、いや、大丈夫……」


 近くでワイワイ話していたクラスメイトたちが、話しかけてくる。


 さっきまでの死と暴力という異様な世界から、急に和やかな世界に投げ込まれた俺は、まだこの雰囲気に馴染めておらず、いきなり声をかけられてドギマギした。


「今日、俺らこれからお好み焼き食いに行くんだけどさー。木嶋も来ねー?」

「悪い。俺、ちょっと今日は都合悪いから」

「んーそっか、残念! また今度行こうぜ」


 彼らにまたなと手を振ると、俺はおもむろにリュックを持って立ち上がり、そしていつものように、あの旧校舎の方へ向かう。



 急がなくてもいい。


 あそこに行けば鏑木がいる。


 またいつものように、俺のことを知らない鏑木が。



 遠くから鏑木の怒声らしき声が聞こえる。

 脳裏に、スナックの二階で見た光景が蘇る。

 素っ裸でぐちゃぐちゃの布団に転がされていた鏑木。

 薄目を開けて、口から泡を吹き、金髪を布団に散らばせたまま動かない鏑木。


 嫌な汗が流れ、背筋が冷たくなる。


 俺との合宿を楽しみにしていた鏑木。

 初日の晩メシは絶対チャーハンなって、嬉しそうにしていた。


 鏑木のことを思い出せば出すほど、ゆっくりだった俺の足が早くなる。

 鏑木の怒声と、謝る松永の声。


「鏑木!!」


 松永を殴ろうと振りかざした手を掴まれ、ギョッとして振り返った鏑木を、俺は力一杯抱きしめた。


(鏑木! 俺、帰って来たぞ!)


 腕の中で暴れる鏑木のことを、自分の心が落ち着きを取り戻すまで、抱きしめ続けた。






「な、話があるんだ、鏑木! 待ってくれって」

「…………」


 さんざん抱きしめた後、俺の腕から逃れた鏑木は、俺の顎を一発殴ると、走って俺から逃げ出した。


 前回までなら、ここからいつものパターンで、追いかけっこをしてバーのマスターやおっさん連中と知り合い、しばらく後に鏑木と仲良くなるという流れになるのだが、マスターが奴らの仲間と知った以上、そのルートは辿りたくなかった。


 正直、今の俺は素直に彼らと話ができる状態ではない。情報を得るためマスターと話をするにしても、少し時間を置き、冷静なときにするべきだ。


 だから今回俺は、真っ向勝負で鏑木と話をすることにした。


 もう最初から話をする。全部話す。最初は、信じてもらえなくてもいい。友達になれなくてもいい。鏑木が生きてくれるなら、俺はそれでいい。


 そういうわけで、俺は今、走って街中を逃げる鏑木を追いかけながら、必死で声をかけ続けている。

 鏑木は鏑木で、かなり頑張って俺から逃げ回っているが、それももうそろそろ限界に近いはず。


 こう言っちゃなんだが、なんせ俺のほうが持久力もあるし、足も長い。


 追い詰めるようにして鏑木が最後に逃げ込んだのは、駅前の裏路地にある小さな公園で、俺は滑り台に倒れ込んだ鏑木の腕を、逃すまいとしっかりと掴んだ。

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