【BL】バッドエンド・タイムリープ!

Bee

はじまりの三月四日

 素行不良でクラス――いや学校の厄介者だった鏑木春壱かぶらぎはるいちが自殺をしたと知ったのは、俺――木嶋玄きしまげんが三月四日の朝、教室へ入った時だった。 


 春が近いというのにまだ肌寒く、ムッとするほどエアコンがきいた教室の、一番後ろの窓際の席。――鏑木の席だった机の上には花瓶が置かれ、いつもは本人不在で存在感のないこの席が、今日はやけに目立っていた。 


普段殺風景なこの灰色の教室に、美しく活けられた花がひどくアンバランスで、俺は朝から妙に不快な気分で席に座った。 


「鏑木くん、自殺だって。通りがかった人が、血だらけで地面に倒れてるところ見たって噂」 

「マジ? 鏑木くんって、めっちゃヤンキーだったけど、顔はよかったよね。私結構タイプだったんだけど」 

「わかるぅ! 顔めっちゃ綺麗だったよね。化粧なんかしてもないのに、あの綺麗さ。K‐POPアイドルみたいでさ〜、めっちゃ目の保養だったのに。あんな綺麗な顔の子でも自殺するんだ」 

「飛び降りでしょ? 顔潰れちゃったのかな? やだ~!」 

「なんかさ、結構やばいとこと繋がりあったって噂じゃない? ほら鏑木くんとこ、怖い人よく来てたって噂」 

「え~やだやだ、殺されちゃったの? 国の宝でしょ、あの顔は。もったいな」 

「鏑木くん、春の修学旅行にも来なかったじゃん? そんなら最後に一緒に回りたかったよね〜」

「ね〜。だったら少しは仲良くなれてたかな〜。近くで顔拝みたかったぁ〜」


 女子グループが、妄想話でキャッキャと騒いでいると、横から男子が横槍ををいれる。


「おい、おまえらあんま変な噂してると、その怖い人に連れて行かれっぞ~」 

「え~やだやだ、やめてよ、マジでそういうこと言う?」 

「連れて行かれるのはあんたでしょ~」


 キャハハという甲高い声が教室に響く。 


(クラスメイトが死んだっていうのに、言うことは顔のことかよ)


  女子たちが無神経な話で騒ぐことはよくあることではあるが、さすがに死人相手にそりゃねえだろと、俺は少し苛ついた。


 ――鏑木は今どき珍しいくらいの不良だった。 


 ブリーチでもぶっ掛けたのかってくらいのド金髪に、この学校はブレザーだというのになぜか今どき珍しい短ランボンタン。靴はその辺のトイレにあるようなサンダルで、正直、他ではあまり見ることのできない漫画みたいなTHE田舎ヤンキーみたいなやつだった。


 この辺りは昔からヤクザが多いらしく、ちょっと治安が悪い。どれくらい悪いかといえば、俺がここに越してきてから、二回ほど立て続けに発砲事件が起きて、SNSでここの地名がトレンドに上がるくらいには治安が悪い。

 だから、こんな昭和か平成の生き残りのような古臭いヤンキーが生まれるのは、当然なのかもしれないが……。


(だからって、ヤクザに殺されたっていうのはさすがに幼稚すぎねえか) 


「お通夜はいつ? 昨日やったの?」

「まだだって。検死とかあるからじゃない? やるとしても家族だけでやるのかもね」

「え、私はもう内々でやって終わったって聞いた」 

「つーかさ、なんでこの時期に自殺って。俺ら来年受験だっていうのにさー、クラスにそんなのいたらなんか影響しそうじゃん」 

「えー、それは困るわー」 


 女子たちだけじゃなく、教室のあちこちからそんな声が聞こえる。死んだやつの席を目の前にして言いたい放題だ。  


 母親が男と出ていってグレた、他の学校のやつをカツアゲしてた、タバコを吸ってた、クスリをやってた、自殺した、ヤクザに殺された。 

 受験だのなんだの、そんなの今はどうだっていいじゃねえか。 


 クラスメイトの噂話が溢れる教室で、俺は横目で透明なガラス瓶に生けられたこの教室に不似合いな花を見ながら、あまりの胸糞悪さに舌打ちした。  


 不登校でほとんど学校に来なかった鏑木。 

 学校に来てもいつもどこかをブラブラしていて、滅多に教室に顔は出さなかった。 


 いつだったか久々に来たと思ったら教科書すら出さず、ぼんやりと窓の外を眺めていた鏑木の横顔を思い出す。 


(たしかに綺麗な顔してたな) 


 2年で同じクラスにはなったが、俺自身ほとんど鏑木とは面識はない。 

 だが前に一度だけ、互いに目を合わせたことならある。 


(旧校舎の裏で、鏑木が副担任の松永をボコってたんだよな。たまたま通りかかって、びっくりして足を止めた俺を、あいつ邪魔くさそうにめちゃくちゃ睨んでた) 


 なんで鏑木が先生にあんなことやったのか、俺は知らない。俺も他の奴に言わなかったし、松永もなぜか上に報告しなかったのか、その後まったく問題にはならなかった。 


 あの綺麗な顔をクソほどしかめて、俺を睨む鏑木。 


(なんで死んじまったんだろうな) 


 ちょっと湿っぽい気分になって、俺は黙祷でもするかのように目を瞑った。 

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