そして運命の日 3
繁華街を抜け、バーの常連のおっさんたちがたむろする道を通り、夜の街を走り抜ける。 走ってきたせいでゼーゼーと喉が鳴り、心臓が破裂しそうなほど鼓動が早い。
今回の時間軸で、俺は初めてスナックるいの前に立つ。いつの時間軸でも変わらない、色の剥げた赤いドア。正直今では悪夢でしか見ることのなかったドアだ。まるで今もその悪夢の中にいるようだ。
だが俺は息を整える暇もなく、走ってきた勢いのままドアノブに手をかけた。
前回同様、ドアには鍵はかかっていなかった。すんなり開いたドアの中は真っ暗で、奥の階段の明かりに吸い寄せられるようにして、小走りで店内を進む。通り過ぎる一瞬、カウンターを横目で見るが、やはり親父さんはどこか呆けたような顔で、俺のことなど見向きもしなかった。
階段の上から怒鳴り声と鏑木の叫び声が聞こえ、その瞬間、俺の全身が総毛立った。
「鏑木!!」
這うようにして急角度の階段を駆け上がり、ドアを開け、足元のゴミを踏みつけて、少しだけ開いたふすまを思い切り引き開けた。
「鏑木!!」
中にいた男たちが一斉に俺を見上げる。三人が寄り集まり、その中央には裸で頭を押さえつけられた鏑木の姿が見えた。
「鏑木!! 鏑木を離せ!!」
「……なんだ、さっきのガキかよ」
鏑木から引き離そうと手前にいた男に飛びかかる。だが、さっき俺をのした男が立ち上がり、俺を引き剥がし隣の部屋に投げ飛ばした。
「うっ……!」
「木嶋……! 木嶋ぁ!!」
「あー……コラ、ガキ、うるせーぞ」
男たちの下で暴れる鏑木を、一人の男が殴りつけ、黙らせるためかさらに頭を布団に押し付ける。
「か、鏑木――!」
止めようと起き上がると殴られ、鏑木の元へ行くことができない。
「おいおい、オヤジは下で何やってんだよ。誰も入れるなっつってんのに」
「ったく、これだからヤク中はよ。一人でキメてんじゃねーのか」
クズオヤジだなと笑いながら、俺を殴った男が俺の髪を、思いっきり掴み上げた。
「いっ――!」
「おい、こいつどうする?」
「……こいつもヤッちまうか」
「あーそれもいいな。それか薬漬けにしちまって、売り飛ばすか」
「おめーマジで鬼畜だな」
何がおかしいのか、ギャハハと男たちが笑う。
まずい。このままじゃ前回の二の舞いだ。 どうにかしなければ、また二人とも殺されてしまう。
「お、なんだ。こいつ泣いてるぜ。やっぱガキはガキだなー。威勢よく助けに来たはいいが、返り討ちにあってりゃ世話ねーな」
あーくそ。こいつら嗤いやがって。てめーが掴んだ髪が痛いんだっての。俺は諦めてねーぞ。涙ぐんだ目で男を睨むが、逆効果だったようで、さらに笑いが起こる。
そして抵抗できないまま、俺も布団の上に投げつけられて羽交い締めにされ、横に同じく押さえつけられている鏑木と目があった。
――その時。
「……ん? なんだ? 店に客が来たのか」
男たちの動きがピタリと止まる。外から大勢の男の声が聞こえ、店のドアが開き店内に入る気配がした。
「ったく、客かよ。だから店閉めとけって言ったのによ」
男の一人が立ち上がり、階下を覗きに行った。他の男たちの視線が階段のほうへ向かう。一瞬だけ俺たちから気がそれた。
(チャンスだ!)
俺は、体を押さえつけている奴の股間を、思い切り蹴り上げた。「ぐ」という声とともに蹲る男を蹴り倒し、鏑木の上にのしかかっていた男を突き飛ばす。
まさか俺にそんな力があるとは思わなかったのだろう。思ったよりもあっけなく男は床に倒れた。
「鏑木! 大丈夫か!?」
「木嶋!!」
「立てるか」
頷く鏑木を引っ張り起こす。
「……こ、このクソガキ!!」
掴みかかってくる男を振り払って、俺は鏑木の手を引いて階段へと走る。階下から騒ぐ声が聞こえ、下でも何かが起こっている気配がし、俺は心の中でガッツポーズをした。
おそらく下にはいるのは、前回死体処理にきた奴ら、すなわちバーのマスターとその仲間たちだ。
実はここに来る途中で、道でたむろしていた常連のおっさんたちに、マスターへ伝言を頼んでいたのだ。
だがこれは一か八かの賭けだったのだが、本当に来てくれるとは思わなかった。
「鏑木! 下に……!」
助けが来たと言おうと振り向いた瞬間、鏑木の体が目の前に飛んできた。何が起こったか理解する間もなく、鏑木の体を受け止めきれず、そのまま一緒に狭く急な階段を転がり落ちた。
「――っつ――――」
何が起こったのか。体中を打ち付けて、痛みに唸りながら目を開けると、階段の上で笑う男と目があった。
「クソガキが。大人をなめんじゃねーぞ」
背後から鏑木ごと俺たちを蹴り落としたのか。そう気が付き、慌てて俺の横で倒れている鏑木を抱き起こした。
「か、鏑木! 大丈夫か!? 鏑木!」
鏑木はぐったりと倒れたまま、目を開けない。
「――おい、スゲー音したが何があった?」
「マスター!!」
「――階段から落ちたのか。おい、頭打ってるかもしれねーから揺するな」
後からきた男たちが、俺たちの脇をすり抜けて、土足のままどかどかと階段を上がっていく。マスターはポケットからスマホを取りだしながら「おい子供が死にかけてる! 救急呼ぶから、さっさとケリつけっぞ!」と大声で叫ぶと、スマホを耳に当てた 。
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