2回目のリープ
2度目の始まり
「――はい、今日の授業はここまで」
担任の授業終了を告げる声で、俺はハッと目を開けた。
すぐに顔を上げ、周囲を見回し、まさかと目を見張る。
黒板には『十月十二日』の日付。
響き渡る授業終了のチャイムの音に、暑そうに腕まくりをしたクラスメイトたちの姿のはしゃぐ声。
(――おいおいマジか……。また10月12日に戻ったってのかよ)
俺の中で今日になるはずだった3月4日の朝、教室に入るとまず、花が飾られた鏑木の机が目に飛び込んできた。愕然としていたらもうここにいた。
(クソッ! あの程度の些細な変化ではだめだということか)
とりあえず、時間が戻るきっかけは鏑木の死だということはわかった。
(もっと積極的に行動しろってか? あ~~もう! あの日、同情なんかするんじゃなかったぜ)
なんで俺なんだ。鏑木とは本当に何も接点がないのに。
クラスメイトが亡くなって、感傷的になるのは仕方がないだろーが。一体何の因果で、俺はこの五ヶ月間をループしてるんだ。
「木嶋~! 今日、俺らこれからお好み焼き食いに行くけどさー、お前も行かねー?」
この何気ないクラスメイトの言葉にゾッとした。
既視感どころか、まるで動画をリピート再生したみたいだった。
何気ない普段と同じ教室なのに、急にまるで自分だけが一人違うところにいるような感覚。
(……こんなことなら、前回もっとしっかり鏑木のことを調べて、行動にうつせばよかった)
――今更後悔しても仕方がない。
俺の人生にとって貴重なはずの五ヶ月を、無意味なものにしてしまったことになる。だがこれでやっと俺にも、鏑木の死に真剣に向き合う覚悟ができた。
「……わりぃ、俺、今日は予定あっから」
「そっかー。じゃ、しょうがねーな。また今度一緒に行こーぜ」
じゃあなと手を振り、わいわい言いながら教室を出ていくのを見届けると、俺も席を立った。
リュックを背負い、向かうのは松永と鏑木がいざこざを起こしているはずの、旧校舎だ。
〝最初の時間軸と違う選択肢〟ということならば、〝クラスメイトからの誘いに乗る〟という選択でもよかった。だが、俺が友達とお好み焼きを食べたからといって、問題解決の糸口になるとは思えない。前回の松永と同じく、せいぜいちょっとした変化が生まれる程度だ。
今回の時間軸でやるべきことは、些細な変化を起こすのではなく、鏑木と直に接触し、大きな変化を起こすことだ。――そう、鏑木の死を回避するくらいの大きな変化を。
そうでないと俺は永遠にこの時間に閉じ込められてしまう。
俺は脇目も振らず、一直線に裏門の方へ歩いた。 目的地はあの旧校舎の裏だ。 今回はこっちから喧嘩を止めてやる。
案の定彼らは旧校舎の裏にいた。俺は松永を殴る鏑木を見つけると、今度は立ち止まることなくずかずかと二人の前に行き、「いいかげんやめろ」と低い声を出した。
いきなり声をかけられて、二人とも一瞬ポカンとして俺を見た。だが鏑木はすぐに目を吊り上げ「ああ!? なんだてめぇ」と俺を下から睨みつけた。
しかしそんなことで臆する俺じゃなく、鏑木の視線を無視するように、松永の胸ぐらを掴む鏑木の手を取り上げた。
「先生はもう行ってください」
急に現れた俺に松永は驚いていたが、すぐにズレて斜めになっていたメガネをかけ直し、俺を気にするような素振りをしながら去って行った。
松永は少し口の端を怪我しているが、今日は前回より止めるのが早かったからか脳震盪も起こしていなさそうだし、俺がいなくても大丈夫だろう。それに今回俺がやるべきことは、松永と仲良くなることじゃない。
「おい! てめぇ! いい加減にしろ!」
掴んだ手を鏑木が払い除ける。
そして松永の背が遠くなったのを見て、俺に向かって「チッ」と舌打ちした。そして鬱陶しそうに俺に背を向けると、そのまま俺を無視して、鏑木は裏門のほうへ去っていった。
(もっと何か言われるかと思った)
怒鳴るか、喧嘩をふっかけてくるかしてくるかと思った。体格の違いに気後れでもしたのか、鏑木は何も言ってこなかった。
(鏑木のやつ、どこ行くんだろう)
もしかして、これはいいチャンスなのでは。後をつければ、何か情報を得られるかもしれない。運が良ければ、家の場所もわかるだろう。 俺は鏑木の秘密を探るために、尾行することにした。
付かず離れず、二mくらい距離をあけて、黙ってついて行く。
(まるでストーカーだな)
だが尾行など堂々とするものでもないので、仕方がない。
鏑木は裏門を出ると、そのまま住宅地の路地に入った。俺の住んでるアパートの前を過ぎ、広い公園の横を進むと、小さな神社の脇を抜けて、大通りに出た。
昼間はガラガラの車道も、この時間は帰宅途中の車で渋滞していて、かなり騒々しい。そんな車の脇を危なっかしい感じで、子供を乗せた自転車が走り抜けていく。
(あっぶねえな)
俺が自転車に気を取られている間に、鏑木はどんどん先へ歩いていく。
鏑木の目指す場所は、おそらく繁華街のほうだ。クラスメイトたちは繁華街を〝街〟と呼ぶ。
どうやら一番賑わってる市の中心部のことを街と呼んでいるらしい。
今歩いている大通りをまっすぐ進んでいくと、駅近くの商店街に出るのだが、その周辺が街だ。
街にはデパートやカフェとかの飲食店、服屋、パチンコ屋にカラオケ、映画館が立ち並んでいて、奥のほうにいくとバーや夜のお店なんかの通りに出る。その辺は風俗店も多いらしく、あまり治安がよくない。夜になると強面のスーツ姿のおっさんたちが店の前に立つようなところだ。
街に行くことがない俺にとって、鏑木の進む道は俺の通ったことのない道ばかりで、まるで見知らぬ場所に迷いこんだような気分になる。
鏑木は俺の少し先を、両手をポケットに突っ込んだまま、やや猫背ぎみで肩を揺らしながら歩いていた。てっぺんがちょっと黒くなった鏑木のケバケバしい金髪は、夕日に照らされキラキラと光っていて、俺はそれを見ながら、黙ってついて歩いた。
(どこまで行くんだ?)
最初は家の方角がこっちなのかと思った。 それか街で遊んでから、電車にでも乗って帰るのかと。
だが鏑木はどんどん奥に進んでいく。
賑やかな通りから、何を売っているかパッと見判断できないアングラな店が目立つようになり、バーや居酒屋も増えてきた。
通りを歩く人々も、学生や帰宅途中の会社員から、職業不詳の男性に変わっていく。
店の前でタバコをふかす男たちや、道路に座り込む学生らしき若い男たち。 この辺はライブハウスやクラブなんてものもあると聞いた。
だが鏑木はそんな男たちなど気にも留めず、慣れた様子で躊躇なく進むんでいく。
もう日が落ち薄暗い。ポツポツと店に明かりが灯りだした。
どこに向かっているのかわからないが、この辺で鏑木の知り合いっぽい奴らに声をかけて、鏑木のことを聞くのがてっとり早いかもしれない。
そんなことを考えていると、急に鏑木が立ち止まって振り向いた。
「……おい、いつまでついてくんだ」
鏑木のほうから声をかけてくるなんて思ってもみなかった。
尾行もバレてたってわけか。
まーそっか、そうだろうな。
「別に。俺もこっちのほうに用があっからさ」
バレバレの嘘。現に鏑木は明らかに疑いの目をしてる。
「嘘つけ。こっちに来ても風俗とかキャバしかねえぞ。それとも何か? 風俗にでもいくってのか? その格好で」
ハッと嘲ると、鏑木は威嚇するかのように眉間に皺を寄せて凄んだ。
「俺の後つけてどうすんだ? 松永に何か言われたのか? それとも何か? 俺に興味でもあるってか」
興味があるかないと言われればない。正直興味ないから干渉だってしたくないし、帰って飯食って寝たい。しかし俺には興味をもたないといけない理由があるわけで。だからといって素直に理由を言うわけにもいかないし。
『あなたは五ヶ月後自殺します』なんて言っても、絶対信じないだろ。
「いや、松永は関係ない。俺が勝手についてきただけだ」
「……キモ。ストーカーかよ」
きれいな顔をこれでもかと歪ませ嫌悪感たっぷりの顔で俺を見ると、鏑木は踵を返し急に走り出した。
「あっ! おい!」
「おっさん! あいつ俺のストーカーなんだ! 追っ払って!」
俺から逃げる途中、道端でタバコをふかしていた、いかにもな黒づくめパンクファッションのおっさんたちに鏑木がパスを投げる。俺がしまったと思った瞬間、おっさんたちが道を塞いだ。
「ちょっと、お前ええか」
「あー……えっとですね……」
俺はおっさんたちの肩越しに、鏑木が馬鹿にしたようにおどけて手を振るのが見えた。
(くっそ~!)
俺は一生懸命首を伸ばし、逃げていく鏑木を見失わないよう目で追いながら、この状況の後始末をするハメになった。
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