第13話 顔が見たくなった、じゃダメかな?

 サイゾウは初めて草太朗として剛三郎と顔を合わせた。


「えっと、どちら様、ですか?」


 VR機器を外した草太朗はパソコンの画面に映し出されている人物の顔を見て大混乱していた。


「どちら様って、油谷剛三郎じゃない」

「え? ええ……?」


 草太朗は何度も目を瞬く。現実が信じられずに何度も何度も瞬きをする。


「どうもー、ちょっと遅れちゃった。ごめんね」

「会おうって言い出した本人が遅れてくるなんて常識ないんじゃない?」

「はは、返す言葉もないですよ」


 草太朗が困惑していると別の人物の顔が画面に映し出される。その顔を見て草太朗はさらに混乱してしまった。


「えっと、あの、その、あ、あ」

「どうしたのサイゾウさん、そんな顔して。メフィストだよ、メフィスト」


 何が何だかわからなかった。そんな混乱を鎮めるように草太朗は現在の状況を言葉にすることにした。


「えっと、その、あなたが剛三郎さん、ですよね?」

「そうだよ」

「女の人、だったんですね。あ、でも、声が女の人だったから、女の人なのか」


 油谷剛三郎。ネッチョリした小汚いおじさんを操作していた人物は女性だった。それもかなりの美人だ。メガネをかけた黒髪ロングの清楚系の女性だ。


「で、その、あの」

「メフィストだよ。大丈夫? やっぱり今日はやめとこうか?」

「い、いえ、大丈夫です。思ってた印象とだいぶ違ったので」


 メフィストの現実の姿もゲームの中と同じで美しい人だった。ただ、見た目だけでは男性なのか女性なのかわからない中性的な顔立ちで、その声もどちらともとれる声をしていた。


 というかメフィストはゲーム内よりも現実のほうがキャラが立っていた。髪は金髪でインナーカラーは紫、左の耳にはいくつものトゲトゲしたピアスがバチバチにはまっていて、黒いスウェットの襟からのぞく左の首筋には骸骨の腕が首を絞めるようなタトゥーが彫られている。やっほー、と言って振っている右腕にもびっしりとタトゥーが彫られており、パンクロックバンドのボーカルと言われても納得できるほど派手だ。


「現実では初めましてだし、自己紹介する? あ、本名嫌ならいいけど」

「別にいいよ。サイゾウ殿は?」

「え、あの、えっと」

「やめとく?」

「だ、大丈夫です。はい……」


 流れ的に本名を名乗らなくてはいけないような流れになってしまった。なので仕方なく草太朗は二人に自分の名を名乗った。


「雑賀草太朗、です。あの、クラスでは雑草って、言われてます」

「あー、やっぱり。ごめんね、イヤな名前つけちゃって」

「いいえ。ボクが断らなかったのが悪いんです。その、剛三郎さんが悪いわけじゃ」

「撫子」

「え?」

鏑木撫子かぶらぎなでしこ。名前。覚えた?」

「は、はい。えっと、鏑木、さん」

「撫子」

「撫子、さん」


 撫子は満足そうにうなずいている。


「じゃあ、次だね。葵奏あおいかなで。葵でも奏ででも好きなほうをどうぞ」

「じゃあ、葵さんで」


 メフィストの現実の名前も中性的だった。名前を聞いても葵の性別がどちらなのか草太朗には判断できない。


「草太朗くんはゲームとそんなに変わらないね。いつも自分に似せてキャラメイクするの?」

「いえ、あの……。カッコよくすると、その、からかわれるから」

「あー、なるほど」


 奏はいろいろと察したようで、それ以上追及することはなかった。


「あの、その、ごめんなさい。さっきは、ボクの知り合いが、ご迷惑を」

「謝る必要ないって。あれはあれが悪い」

「そうだね。あれはあれが悪いね」


 あれ、とはあれである。プレイヤー名レイヴンを名乗る草太朗のクラスメイトだ。


「ま、あんなのは忘れましょう」

「はい。それで、どうしてビデオチャットなんて」

「顔が見たくなった、じゃダメかな?」

「それは、どういう意味で」


 何か気に障るようなことでもしたか、と草太朗は不安になる。しかし、奏の様子は草太朗を責めるような態度ではなかった。


「やっぱりゲームの中じゃわからないからさ。大丈夫かなって」

「もしかして、心配してくれたんですか?」

「そうだよ。ダメかい?」

「いえ、そんな。ボクのことなんて」


 つい最近知り合ったばかりの奏が心配してくれている。どうして自分のことを心配してくれているんだろう、と草太朗は嬉しいながらも何か裏でもあるのではと少し不安になる。


「ゲーム内でずっと草むしりをしてたなんて聞いたら、大丈夫かなって心配になるって。メンタルとか」

「まあ、確かに……」


 納得するしかない。納得しかできない。ゲーム内で草むしりや空き家の掃除ばかりしている人間がいたら、その人の精神状態が気になって当然ともいえる。


「あの、ありがとうございます。知り合ったばかりなのに」

「いいさ。で、気分は?」

「美人なお姉さんに心配されてるんだから気分いいでしょ?」


 自分で言うか、と草太朗は感心してしまった。撫子は相当自分の容姿に自信があるようだ。


「ま、悩みがあるならなんでも言ってよ。言わなくてもいいけど」

「そうそう。ただ話をするだけでもいいから。しなくてもいいけどね」

「ありがとう、ございます……?」


 気遣ってくれているのだろうか。いや、おそらく気遣ってくれているのだろうと草太朗は肯定的に受け取ることにする。


「そう言えば草太朗は高校生だっけ。大丈夫? ゲームばっかりやってて」

「いや、それは……」

「撫子は大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫。留年してるけど」

「あの、それって、全然大丈夫じゃない、ですよね?」

「大丈夫。いざとなったらニートになるし」

「全然大丈夫じゃないね。まあ、私も似たようなもんだけど」


 先ほどまでの暗い雰囲気がだんだんと消え去り、三人の会話の中に笑い声が混じってくる。


 時間が溶けるように流れていく。


「私ね、気の強そうな女騎士がオークとかゴブリンとかにやられる漫画とか好きなのよ」

「え、あ、あ、その、えっと」

「でもさ、このゲームだとオークやゴブリンて選べないじゃない。だからオジサンにしてみたの」

「撫子、草太朗くんが困ってるよ」

「別にいいでしょ。ねえ、草太朗」

「あ、あははは……」


 三人の会話ははずみ、夜が更けていく。


「そうだ。オフで会わない? もうすぐ夏休みでしょ」

「別にいいけど。撫子はどこに住んでるのさ? 草太朗くんは学生だし遠出は難しいだろうから3人で集まれる場所を探さないと」

「えー、住所? 個人情報だから言いたくないなぁ」

「キミが言い出したことだよね?」

「あの、オフで会うのは、ちょっと」

「で、どこに集まる?」

「あの、話聞いてました?」


 夜が更けていく。三人は時間を忘れて会話を楽しんだのだった。

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