第34話

 イベント開始前。


「誰だサイゾウって?」

「超越者の最後の1人らしいぞ」

「にしてもあれはひどいんじゃないか?」

「なんか無茶苦茶強いって話だけど……」

「それにしてもおかしいって」

「運営と何かあったのか?」


 イベント開始後。


「なんだよあれ!?」

「ふざけんな!」

「無茶苦茶だあんなの!」

「頭おかしいんじゃないの!?」

「チートだチート!」


 イベント1日目、第1ラウンド終了後、運営に大量のクレームが送られてきた。そのほぼ全てがサイゾウに関するものだった。


 そのせいで運営はクレーム対応でてんやわんや。こうなることは運営側も予想済みだが、それでも大変なものは大変だ。


 一応、サイゾウが装備している物などついての説明はイベント開始前に告知し周知いていた。ただそれでも納得できないものはできないわけで、そんなプレイヤーたちからクレームが殺到しているのだ。


 まあ、自業自得ではある。そうなる原因を作ったのは運営側なので同情の余地はない。


 さて運営が大量のクレームの対応に四苦八苦しているその裏では別の問題が起こっていた。


「どう言うことかしら、ゼルダイン」

「一体なんの話だ?」


 人気の無い場所てサイゾウ以外の超越者4人が集り話し合いをしていた。その空気は非常に険悪だった。


「あくまでシラを切るつもり?」

「だからなにがだ?」

「この状況を見てもとぼけるのかしら?」


 シャルロッテがゼルダインにイベントのマップを見せながらゼルダインを追及する。


「現在の順位は赤チームが1位。つまりゼルダイン、あなたのチームがトップ。その次が紫チームで、私たちのところは大体横並び。この意味、わかるかしら?」

「わからん」

「紫チームはあなたの陣地は避けてるみたいだけど?」

「何が言いたい?」


 何が言いたいのか、そんなものはわかっている。


「俺がサイゾウと手を組んでいるとでも言いたいのか?」

「ええ。あなたたち親しいみたいじゃない」

「話によればお前の管理する魔樹の森に出入りしているようじゃないか」

「で、どうなんだ?」

「まったく、くだらん」


 ゼルダインは他の超越者たち三人に疑われていた。だが、そんな事実は全くない。確かにフレンド登録はしているがそれほど親しいわけではない。


「あくまでシラを切るつもりなのね」

「シラを切るも何も事実何もない」

「本当かしら」


 完全に疑われている。だが状況的に疑われても仕方がないと言えば仕方がない。


 サイゾウは単独で砦を制圧し陣地を広げている。ただしゼルダインが率いている赤チームの陣地には一切手を出していない。


 なぜ赤チームに手を出さないのか。そう考えた先に、二人が手を組んでいるのでは? と疑っても仕方がないだろう。だがそんな事実は全くない。


「あいつの対策を練らなければならん。帰らせてもらうぞ」

「待ちなさい。まだ話は終わってないわ」


 ゼルダインは三人を無視してその場から離れる。そして、三人が追いかけてこないことを確認すると、ゼルダインの背後にリックルフィンが現れた。


「何を話していたのですか?」

「俺とサイゾウが手を組んでいるとさ。まったく、阿呆にもほどがある」

「……それは。やられましたね」

 

 やられた。リックルフィンの言葉にゼルダインはため息をつく。


「こんな罠に引っかかりやがって」

「しかし、状況的に疑われても」

「わかってる。だから厄介なんだよ」


 ゼルダインは額に手を当てる。


 状況は本当に厄介だ。


 サイゾウの力はゼルダインの予想以上だった。単身で乗り込んで勝てる見込みがほぼゼロに等しいと思えるほどだ。


 まさに絶望的。だが、力を合わせればどうにかなるかもしれない。


 総力戦。たった一人のプレイヤーに対して全面戦争を仕掛ける。それ以外に勝つ方法が思いつかない。イベント開始前は一人でどうにかしてやると息巻いていたが、イベントが始まって現実を思い知った。


 あれはダメだ。一人ではどうしようもない。様々な情報を聞き、イベントの映像を確認したゼルダインはサイゾウのデタラメな強さを感じとった。


 だが、勝つ。何もせず負けを認めるなど御免こうむる。だが勝つためには協力しなければならない。少なくともゼルダインを含む四人の超越者だけでも力を合わせてサイゾウに挑まなければ勝てる見込みがない。


 それなのに、これだ。本当に厄介だ。


「サイゾウくんたちは明らかに仲間割れを狙って行動しています」

「サイゾウの策略か?」

「いえ。おそらくは彼の仲間のどちらか、もしくは両方かと」

「小賢しい」


 小賢しい。下らない。けれど効果を発揮している。


「仲間割れをしている暇なんざないってのに」


 イベント1日目の第1ラウンドが終了した。1時間のインターバルを挟み第2ラウンドが始まる。


 第2ラウンドは第1ラウンドの状況を引き継いで行われ、第3ラウンドが終了すると状況はリセットされる。


「どうにか疑いを晴らさなければな……」


 さて、どうする。とゼルダインは考える。


 そんな風にゼルダインが頭を悩ませていると同時刻、別の場所ではサイゾウはチェーンソーで木を彫っていた。


「はい、マナポーション。休んでるヒマは無いからね」

「現実だとお腹タプタプになりそうですね……」


 サイゾウはマナポーションを飲みMPを回復させ、チェーンソーで切り出した木彫りの像にMPを注入していく。


 今制作しているのは対人用木製ゴーレム『ティラノサウルス』。その名の通りダークトレントの木材で作られた巨大なティラノサウルスの木像である。


「データありがとうございます」

「いいよいいよ。他にも用意してるから作ってみて」

「ま、まあ、それは時間がある時で」


 リアルなティラノサウルスの彫像。それを制作する際にサイゾウはメフィストが用意してくれた3Dモデルを利用している。これはメフィストが画像から3Dに起こしてくれたものだ。この3Dモデルと運営が提供している公式ツールを使用することで木像や石像、家具などを3Dモデルを元に作成することができる。


 そのほかの3Dモデルもメフィストが作ってくれた。そのおかげで木製ゴーレム制作はかなり楽になり、ずいぶんと作業も捗った。


「よし、完成。メモリに登録して、っと」


 完成したティラノサウルスの彫像をメモリに登録しておく。こうすることで次に同じ物を作る際に時間を短縮することができる。


「他に必要なものはありますか?」

「そうだね。偵察監視用のヴェロキラプトル部隊をあと3つぐらい追加したいかな」

「わかりました」


 ヴェロキラプトル。小型の肉食恐竜である。サイゾウたちは木で作った五体のヴェロキラプトルを一部隊として集団で行動させ制圧した陣地の監視にあたらせている。


 ほかにもサイゾウが制作したゴーレムは拠点防衛用の『仁王』と『阿修羅』。急襲突撃用の『ケンタウロス』。移動用の『赤兎馬』などがある。他にも棍棒を持った『鬼』や『牛頭』『馬頭』などがある。20メートルや50メートル級の巨大ゴーレムも制作しているが、大きな物はパーツごとに分けて作らなくてはならないのでまだ完成していない。


 空からの偵察用に鳥型のゴーレムも造った。だが鳥の形をしているが飛ぶことができず、現在は起動させずに置物として飾っている。


「輸送用の大型陸上戦艦なんかも欲しいけど」

「それは、また今度にしましょう」

「そうだね。時間がないしね」

「ねえ、クッソ暇なんだけど」


 サイゾウとメフィストがゴーレムを制作している横でおっさん姿の剛三郎がだらだろと横になっている。


「なんか仲間外れの気分」

「仕方ないでしょ。やることがないんだから」

「だけどさぁ」


 そう剛三郎にはやることがない。ゴーレムの制作はサイゾウとメフィストで手は足りているし、それ以外のことはすでに終わっている。


「ああ、そうだ。これ作っておきましたよ」


 そう言うとサイゾウは一本の杖を取り出す。


 それはダークトレント材で作られた2メートルを超える大杖だった。

 

「そうそう。魔法使いにはやっぱり鈍器だよね」


 サイゾウから大杖を受け取った剛三郎はそれをぶんぶんと振り回す。


「ありがとう。これでMP切れても戦えるよ」


 ダークトレントの大杖。これにもサイゾウはMPを注げるだけ注いでいる。そのおかげで大杖を装備した剛三郎は魔法攻撃力だけでなく物理攻撃力もかなり上昇している。おそらく防御さえ整えれば普通に前衛で殴り合いができるだろう。


「……でも、これでいいんでしょうか。このままで」


 サイゾウは作業をしながらメフィストに自分の不安を語る。


「いいんじゃない? というかどうでもいいよ。ヤバくなったら運営が止めるでしょ」

「でも、ゼルダインさんを騙すみたいで」

「こういう心理戦もゲームの醍醐味だよ。それに、これぐらい何とも思わないさ」

「そうでしょうか……」 


 ゼルダインの赤チーム以外の陣地を奪い他のチームにゼルダインとサイゾウの共闘を疑わせる、という作戦はメフィストと剛三郎が立てたものだ。


「一番ヤバいのは私たち以外の全員が協力することだからねぇ。ま、上手くいけばいいし、いかなくてもそれはそれ」


 今日の剛三郎は小太りなおじさんの姿だ。だが、いつものようにキャラを作っておらずボイスチェンジャーも使用していないので、おじさんからきれいな女性の声が聞こえてくるので違和感がすごい。


「仲間割れをしてくれたら大成功。できなくてもこのままならこっちの勝ち。かなり暴れたから今頃は運営もクレーム対応で大変だろうからこっちのことは後回しだろうしね。ま、こういう状況を望んだのは運営側だ。せいぜい苦しむといいよ」

「き、厳しいですね、メフィストさん」

「そう? 個人を晒し上げるような真似をする運営なんだ。ボロボロになればいい」

「……ははは」


 怒っている。メフィストは声は穏やかだがかなり怒っているようだった。


「へ、平和にいきましょう」

「平和? ケンカを吹っかけて来たのは運営だ。それを買って何が悪い」

「そ、そんなに怒らなくても。運営さんもなにか理由があると」

「キミは優しいね。そういうところ好きだけど、今は嫌いだな」


 メフィストは完全にブチキレている。その怒りが自分に向けられてはいないとわかっていてもサイゾウは恐ろしくてたまらなかった。


「でもさ、なんでこんな炎上するのがわかり切ってることしたんだろうね」

「さあ? そんなの知らないよ」

「あのさぁ。怒るのもわかるけどそこは考えたほうがいいんじゃない? たぶんそれが運営の弱みだろうし」

「……まあ、確かに」


 剛三郎の言葉に少しだけ頭が冷えたのか、メフィストの怒りが少しだけ治まっていく。本当に少しだけだが。


「このイベントにサイゾウくんが参加しなくちゃならない理由があった」

「たぶんね。装備が変更できないのもなんか理由があると思う」


 二人は考えこむ。その間もサイゾウは木像の作成を続けていく。


「今の状態のサイゾウがイベントに参加しないといけない理由がある」

「明らかに他のプレイヤーからクレームがくるとわかっていても」


 メフィストと剛三郎はニヤリと笑う。


「つまり何をしても追い出されない」


 なんだか大変なことになって来たなぁ、と木像を作りながらぼんやりと考える。晒上げられている本人のはずなのだが、サイゾウはまるで他人事のようだった。というかメフィストと剛三郎が怒っているので、サイゾウは逆に冷静になっていた。


 その冷静な頭で考える。運営の狙いは一体何なのだろう。


 今後実装される悪魔を倒した際の特典のお披露目。こんなにいい装備が手に入るという宣伝。本当にそれが目的なのだろうか。

 

 現状を見ると明らかにデメリットの方が大きそうだ。それでも強行したということは何か理由があるはず。


 などと考えたところで運営の意図がわかるはずもない。本当に嫌がらせでこんなことをしているのかもしれない。


 と、木製ゴーレムを作りながらサイゾウは考えを巡らしていると一通のメッセージが彼のところに届いた。


「……ゼルダインさん」


 一通のメッセージ。それはゼルダインからのものだった。


 内容はいわゆる『果たし状』。つまりは一騎打ちの申し出である。


 サイゾウはそのメッセージのことをすぐにメフィストと剛三郎に話した。だが、メフィストも剛三郎も特に驚いている様子はなかった。


「こうなることも予想済みだよ」

「疑いを晴らすならこうするのが手っ取り早いからね」


 仲間でないことを示すための決闘。どうやら二人はこうなることをある程度予想していたようだ。


「しかし、かなりのリスクがある。覚悟の上だとは思うけど」


 覚悟。そうゼルダインは覚悟の上だ。


 なぜならチームのリーダー、総大将が倒された場合、獲得した陣地をすべて失うことになるからだ。


 つまりは全ロス。ゼルダインが負けた場合、赤チームの陣地はすべて失われ、どのチームの物でもない灰色状態となる。


「メフィストさん、剛三郎さん」

「行ってきなよ」

「気楽に気楽に。楽しんできなさい」


 サイゾウは二人に促され、ためらいながらもゼルダインの挑戦を受けることにした。


 

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