第17話 それじゃあ。もう二度と会わないことを祈るよ
イベント開始前に狩場荒らしの準備を整えるためサイゾウは町を歩いて店を回っていた。
「回復薬に解毒薬、麻痺治しに、えっと、それと――」
基本的なアイテムを一通りそろえる。それなりの出費だが、以前メフィストから貰った100,000ギルダンがあるので今回はなんとかなる。一応、草むしりなどのクエストで稼いだお金もあるが、それは微々たるものだ。
ただ、お金があると言っても無駄遣いはできない。持っているアイテムで調薬でもすればいいのだが、生憎とサイゾウは薬師ではないし調薬のスキルも持ってはいない。なのでアイテムは買うしかないのだが、そのお金を稼ぐ手段をあまり持っていないので無駄遣いはご法度だ。
「こんなことなら序盤から普通にプレイしてればよかったなぁ……」
モンスターを倒し、レベルを上げ、戦闘に有用なスキルを獲得し、武器を買い、またモンスターに挑みレベルを上げていく。そうすれば今頃はそれなりに戦えていたかもしれない。
だがサイゾウの弓兵のレベルは1、種族のレベルも1、弓スキルも短剣スキルも1。マスターしているジョブは庭師だけで、庭師は戦闘向きのジョブではない。
ジョブ掃除屋は一応戦闘向きではあるようだが、前衛を張れる能力値ではない。どちらかというと暗殺者の系統でモンスターを殺すより死体処理のほうに適性があるジョブだ。
「それにしてもこの『機械武器LV1』ってなんだろう?」
ジョブ庭師と掃除屋を取得した時に習得したスキル『機械武器LV1』。名前からすると機械なのだとは思うが、このゲームの中で機械らしき物をサイゾウはまだお目にかかっていない。
だが、ガソリンは存在している。ということはガソリンで動く何かがあると言うことだろう。一応、ガソリンは今でも使い道はある。空瓶と布と合成することで『火炎瓶』を作ることが可能だ。これは魔法などを使えないジョブでも手軽に火属性ダメージを与えられる攻撃用の消費アイテムで、合成のスキルがなくても作ることができる。
しかし、今はそれぐらいしか用途がない。剛三郎はガソリン以外にも石油系の油をスキルで生成しているが、それらは現在使い道がない。
おそらく何かに使えるのだろう。けれどこのゲームの運営は『草むしりLV100』なんて訳の分からないスキルを実装するような運営だ。もしかしたら使い道のないアイテムを実装している可能性だってある。
まあ、深く考えても仕方ない。こちらは楽しくゲームをプレイするだけだ。
「キミが普通にプレイしてくれたらこんなことしなくてもいいんだけどね」
何の前触れもなく突然体が動かなくなる。サイゾウの動きが停止する。
「聞こえるかい、サイゾウ。私はこのゲームの運営管理者の『ベータ』だ。初めまして」
体が動かない。音声も認識していないようで声も発せなし、視界も動かすことができない。
「ま、ここではなんだ。場所を移動しようか」
視界が一瞬で切り替わり、体が動くようになる。
「あ、あの、ここは。運営管理者ってことは、あなたはガンマさんの」
見たことのないフィールドに転送された。そこはまるで宇宙のような場所で、頭上には惑星のような物がいくつか浮かんでおり、空間の中心にそびえたつ白い塔の周りをその惑星が公転している。その空間に重力と言うものはないようで、サイゾウはふわふわ浮きながら周囲を確認していた。
ベータと名乗った運営管理者の姿はどこにも見えない。だが、声ははっきりと聞こえる。その声には敵意や不快感は見当たらず、とりあえずサイゾウは少しだけ安心する。
「本当はあまり接触しちゃいけないんだけど、バグが出る前にね」
ベータがそう言うとサイゾウの体の中からアイテムが飛び出す。それはついさっき手に入れた『錆びた短剣』だ。
「まったくデルタのいたずらも困ったものだ。ちゃんと仕事をしているから大目に見てたけど」
「え、えっと。もしかして、ボク、なにか悪いことでも……?」
「ん? ああ、キミは気にすることじゃないよ。実装したこっちが悪いからね。ただ」
ただ、何だろうとサイゾウはごくりと息をのむ。
「草むしりLV100を獲得するプレイヤーがいるとは思ってもみなかった。普通にプレイしていたらあんなものに行きつくわけがからね」
ごもっともである。返す言葉もない。
「☆10の最上位称号のひとつ『草むしりマスター』。まったく本当にこんなどうしようもない称号を手に入れるプレイヤーが現れるとは想像できなかった。けれど、キミはやってのけた」
「あはは、どうも……」
褒められているのか馬鹿にされているのか呆れているのかはわからない。ただ、ベータの声は少しだけ楽しそうではなる。
「キミは今、このゲームで唯一の最上位称号所持者だ」
「え? でも他の超越者たちは」
「ああ、あれは全部☆9だ。☆10はキミだけ」
なんというかとんでもないことだ。まったく実感はないし、ただ草むしりをしていただけなのだが、どうやらサイゾウは現在ゲーム内で唯一無二の存在らしい。
「しかも錆びた短剣を引き当てた。デルタはかなり低確率に設定したと報告してはずなんだけど」
どうやら錆びた短剣も何か重要なアイテムだったようだ。
「これは次回の大型アップデートで正式に実装されるアイテムでね。本来は今の時点で手に入れていい物じゃないんだ」
「なら、なんでガチャの景品に」
「リサイクルガチャに行きつくとは思わなかったからね。掃除のスキルをレベルマックスにするのにはいろいろ……。と、しゃべり過ぎたね。いけないいけない」
ベータは口を閉ざす。おそらくプレイヤーには教えてはいけないゲームの仕様についてのことをしゃべりそうになったのだろう。
「今後しばらくリサイクルから『錆びた短剣』は出なくなる。了承してくれるかい?」
「はい。特に問題ないので、大丈夫です」
「そうかい。それ以外にも出るはずだったが、それも外すけど」
「あ、大丈夫です」
「助かるよ。ありがとう」
問題は起こしたくない。運営に対しては特にだ。ここは素直に言うことを聞いて、大人しくしておいた方がいいだろう。
「申し訳なかったね。こちらのせいで時間を取らせてしまった」
「あ、いえ。特に急いていたわけではないので」
「そうかい。でも、補填はしないとね。アイテムを取り上げたんだから」
補填。ベータはそう言うとサイゾウの目の前にメニュー画面を映し出す。
「何か欲しいものがあればこの中から一つ選ぶといい」
「欲しい物、ですか」
サイゾウは画面に映し出されたリストを眺める。武器や防具、アイテムやスキルなどが一覧で表示されているが、特に欲しいものが見当たらない。
と思っていたが、サイゾウは見つけてしまった。
「チェーンソーだ……」
サイゾウはリストの中にチェーンソーを見つけてしまった。
「あー、チェーンソーね。一応、『機械技師』のジョブを取得すると作れるようにはなるんだけど、未だに誰もいないんだよ。欲しい?」
「はい、これがいいです」
まさか本当にチェーンソーが存在しているとはとサイゾウは少し驚いていた。一体、このゲームはどういう世界観なのだろう。
「ちゃんと燃料を入れないと使えないから気を付けるように」
「はい。その点は問題ないので」
「ああ、お仲間の。キミと同じようによくわからないプレイスタイルの」
反論できない。剛三郎のプレイスタイルがよくわからないというのはサイゾウも同じだ。
「ま、がんばって。これ以上バグを生み出しそうな行動は控えてね。最悪、BAN対象になるからさ」
「き、気をつけます」
気を付ける、と言ってもサイゾウはサイゾウなりに考えてプレイしているだけだ。意図的にバグらせようとしているわけではない。ただの偶然だ。
「それじゃあ。もう二度と会わないことを祈るよ」
世界が一瞬暗転する。そして一瞬で元居た場所に戻る。
「……本当、二度と会いたくないですね」
そう呟くとサイゾウは大きなため息をついて再び買い出しのために歩き出した。
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