第16話 なので私たちはこのスキに他のプレイヤーの狩場を荒そうと思います
もうすぐ夏イベ。それより前にエデンズフォールサービス開始半年記念のハーフアニバーサリーキャンペーンも始まり、新機能も追加された。
「じゃじゃーん、見て見て。私、キレイになったでしょ?」
いつもの地下庭園にやってきたサイゾウの目の前に知らないお姉さんがいた。青磁のように艶のある長い髪に黄金の瞳、背が高くスタイルの良い、露出度の高い魔女のような恰好をした知らない女性だ。
だが、その女性の頭上にはよく知っている名前が表示されていた。
「ご、剛三郎さん?」
知らない女性。それは油谷剛三郎だった。
「ああ、課金だよ課金。ほら、新機能に『容姿変更』が追加されたでしょ。課金するとキャラクターの見た目を切り替えることができるのさ」
そう言うと剛三郎はセクシーなポーズをとって見せる。
「どう、襲いたくなった?」
「……ごめんなさい」
「なんで謝るのさ!?」
確かに魅力的ではある。しかし、その後ろに今までの小汚いおじさんの姿がちらついてしまい、なんだかサイゾウは複雑な気分だった。普通だったら顔を真っ赤にして目をそらしたくなるほど魅力的なのかもしれないが、これが油谷剛三郎だと思うと全く欲情する気になれない。
「もしかして、おじさんのほうがいいとか?」
「あ、いや、別に見た目がどうという話じゃないんですけど」
「ふーん。ま、いいわ。今日はこれでいくからよろしく」
「はあ、よろしく、お願いします」
反応に困る。というかなぜ今更容姿の変更をしたのか理由がわからない。何か心境の変化でもあったのだろうか。
「……こっちがいいなら、ずっとこのままでもいいけど?」
「? ボクはどちらでもいいですけど?」
「そう。気にしてないなら、いいよ」
サイゾウは剛三郎が何を言いたいのかわからなかった。
そんなサイゾウと剛三郎のやり取りを見てメフィストは苦笑いを浮かべている。
「サイゾウくん、剛三郎さんはこの前のことを気にしてるんだよ」
「この前?」
「おじさんがお似合いだってキミの知り合いが言ってたこと」
「……あ」
あれか、とサイゾウは思い出す。レイヴンと再会した時に言われたあの言葉だ。
「別に、ボクは何も気にしてないですよ。剛三郎さんが気にすることでもありません」
そう、気にしていない。確かに不快な気分にはなったが、聞き流してしまえばいいだけだ。
「ごめんなさい、ボクのせいで」
「別に、気分転換よ、気分転換。サイゾウのせいじゃないから」
「またまたぁ、こっそり私に相談してたくせに」
「それ以上言ったら燃やす」
「はは、怖い怖い」
剛三郎はメフィストをキッと睨みつける。しかしメフィストはそんな視線など意に介さずニヤニヤしていた。
「さて、それはさておき夏イベです。ちなみに我々は参加しません」
少し前、夏イベの話になった時、メフィストはイベントについてある提案をした。それが不参加の提案だ。
今回のイベントは『生き残れ! サメサメパニック!』という名の夏限定イベント。内容は迫りくるサメ型巨大ボスを倒して貢献度を稼ぎ、貢献度に応じた報酬を得るというイベントである。
「正直、我々は戦力が足りてません。そもそも三人とも戦闘向きではないので」
「私が燃やしちゃえばいいと思うんだけど」
「あなたの能力は無差別過ぎてダメです。あとで他のプレイヤーから苦情が来るのは必至ですからね」
一応、剛三郎には範囲攻撃魔法『ガソリンレイン』を持ってはいるが、あれは敵味方関係なくすべてをガソリンで燃やす無差別攻撃魔法だ。そんな魔法を使えばボスに群がっているプレイヤーも巻き込んでしまい、プレイヤーたちからヘイトを向けられるのは必至だろう。
「なので私たちはこのスキに他のプレイヤーの狩場を荒そうと思います」
狩場。つまりは経験値稼ぎや素材集めの場所のことだ。一応、フィールドには所有権も占有権もないのだが、特定のプレイヤーが独占しているフィールドが存在している。そんな場所に勝手に入ると嫌がらせをされたりPKの対象になったりと面倒なことになる。
だがプレイヤーたちがイベントに参加している間は無防備になる。そこに侵入して珍しいものを探そうという計画だ。
「……不法侵入、ですよね?」
「何を言ってるんだい。そもそもフィールドは誰の物でもない。本来なら自由に狩りができるのに勝手に占拠しているのは彼らのほうだ。私たちは全く悪くない。違うかいサイゾウくん」
「はあ、まあ、そうなんで、しょうか……」
なんとも言えない。なんとも言えないが、バレたら絶対に問題になる。
「ま、そういうことでイベントが始まる前に目的地を決めておきましょう」
いろいろと言いたいことはあるし乗り気ではないサイゾウだったが、何を言ってもメフィストは聞かないだろう。ならば同行してメフィストが何かおかしなことをしないか監視し、やり過ぎたときは止めるようにした方が建設的である。
「候補はこの二か所『魔樹の森』と『怪蟲の密林』ですね。イベントの間にここで珍しいものを探すという計画です。異論は?」
「特になーし」
「ないわけじゃないですけど、聞いてくれます?」
「内容によっては聞きますよ」
「じゃあ、この計画、止めた方が」
「それはナシで」
「……」
メフィストは最初からサイゾウの意見など聞く気はなかったようだ。
「でもどうしてこの二か所なの? 怪蟲の密林はわかるけど、魔樹の森は?」
「ちょっと調べたいことがありまして」
怪蟲の密森。ここは虫系モンスターの巣窟だ。森の奥へ行けば行くほどレベルの高い強力なモンスターが出現するが、倒すとここでしか獲れない虫の素材などが手に入る。
「サイゾウくんが持っているスキルを試してみたいんです。『殺虫』のスキルはどこまで通用するのかと、『伐採』のスキルが樹木系モンスターに通用するのかを」
スキル『殺虫』。このスキルは庭に現れた虫を殺すためのスキルだ。スキルの説明文にも『虫を殺します』としか記載されていないレベル無し弱スキルのはずである。
しかし、実際は虫系モンスターに対しての特攻スキルだった。その能力がどこまで通じるのかをメフィストは知りたいのだろう。
そしてスキル『伐採』だ。これはサイゾウが庭師のジョブを手に入れた際に習得したスキルで、木を一撃で切り倒すというスキルである。どうやらメフィストはこのスキルも戦闘で使えるのではないかと考えたようだ。
「私は魔樹の森にと考えています。ここには植物系のモンスターもいますし、虫系のモンスターもいる。ただ、ボスクラスの虫モンスターはいないので、そちらが目当てなら怪蟲の密林ですね」
「いいんじゃない? どっちも火には弱いから油で燃やせるし」
「できればそれはナシで。森を焼き払うとしばらくそこにモンスターが出なくなりますし、なるべく証拠は残したくないので」
「完全に泥棒の思考ですね」
探求心があるのは良いことだがメフィストは好奇心が強すぎる。警戒心があるからまだよいけれど、それがなくなったら何をしでかすかわかったものではない。
「では、イベント開始までまだ時間があります。それまで各自準備に取り掛かってください」
メフィストの指示に従い、それぞれ必要な物を揃えるため解散する。
「……団長、ボクだよね」
なんとなく納得できないサイゾウだったが、仕方なくメフィストの指示に従い、サイゾウは町へと向かった。
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