第39話
サイゾウとラジエルは町の中で暴れるサリエルが見える位置まで近づく。まだサリエルはこちらには気が付いておらず、町にまだ残っているプレイヤーや建物などを破壊し続けている。
「今ならまだ間に合うわ。あなたのお仲間みたいに逃げ出すなら」
「行きます」
今ならまだログアウト可能だ。それでもログアウトしないのはサイゾウの意思だ。強制されたわけではない。彼の意思である。
「そう。ならクエスト開始ね」
クエスト。ラジエルの言葉通りクエストが開始された。
「特殊クエスト『救済』が開始されました」
いつものアナウンスが聞こえてくる。サイゾウの目の前にも文字でクエスト開始が告げられる。
「これでクエストが終わるまでログアウト不可。もちろんクリア報酬はちゃんとあるわ」
「……そう、ですか」
改めてそう言われるとなんだか物凄く緊張してくる。喉が渇いて呼吸が荒くなり、瞬きも増えているような気がしてくる。
「とりあえず隠れてサリエルの状態を確認しましょう」
「は、はい」
サイゾウとラジエルはそれぞれスキルを使用して姿を隠し、離れた場所からサリエルの状態を観察する。
「だいぶ進行してるわね。このままだともうすぐかしら」
ラジエルは何を見て何が進行しているのかサイゾウにはわからなかった。だが、よくよく見るとラジエルの言っていることが理解できた。
「翼が、黒くなってる?」
サイゾウは気が付いた。サリエルの四枚の翼のうち三枚が真っ黒になっている。そして残りの一枚も根元のあたりから徐々に黒くなりはじめ、それが徐々に広がっていた。
「確か、白と黒が二枚づつだったはず」
「そうよ。サリエルは今、堕天使になろうとしているの」
「堕天使?」
堕天使。正直、それが何なのかサイゾウにはよくわからない。堕天使という単語は知っているが、具体的にどんな物かは詳しくは知らない。
「天使が堕落した存在。それが堕天使。天使だった悪魔をそう呼ぶこともあるわ」
「悪魔……!?」
天使が悪魔になる。それはこの世界の、このエデンズフォールの世界の敵になるということだ。
「でも、どうして、どうしてそんなことに」
「そう言うシステムだからよ。サリエルは敵を殺すたびに堕天使化が進むように設計されている。ただそれだけ」
天使降臨システム。ある条件を満たすことでこのゲーム世界に天使を呼び出すことができるシステムだ。その効果や性能は天使それぞれで違っており、そしてそのどれもが強力で有用なものだ。
「サリエルの能力は『絶死回生』。守護者を戦闘不能にした者を殺し、その魂を使って守護者を生き返らせる。ただし回数制限付き。その回数を超えると堕天使となって守護者に襲い掛かってくる。そういう仕様になってるわ」
「でも、おかしいです。ボクは戦闘不能になんてなってません」
守護者、この場合はサイゾウのことだ。サイゾウが戦闘不能になるとサリエルが降臨し、敵を滅ぼしサイゾウを蘇生する。サリエルにはそういう機能が備わっている。
だが、サイゾウは死んでいない。誰にも殺されていない。それなのにサリエルはこの世界に現れた。役目を果たすために現れたのに、その対象がどこにもいない。
「そうね。どこかの誰かが勝手に呼び出したんでしょうね。そのせいでサリエルに重大なバグが……」
「どうかしたんですか?」
「いいえ。あれがバグを放置しておくとは思えなかったから」
あれ、とは一体何なのか。ラジエルは詳しくは語らず、サイゾウもその場で聞き出せる雰囲気ではなく、ただラジエルの言葉を待った。
だが、結局ラジエルは詳しくは語らず、話を強引に先に進めた。
「とにかくこのままだとサリエルはエデンズフォールのプレイヤーを永遠に狩り続けるだけの存在になってしまう」
「なにか対処の方法があるんですか?」
「さてね。現状、サリエルを倒すことができるプレイヤーは存在しないわ。そうなると、あとは運営が対処するしかなくなる」
「対処って……」
「削除されるわね」
削除。つまりはこのゲーム上から永遠に消滅すると言うことだ。
「別にあなたにとっては何も問題はないわ。ただ機能がひとつ使用できなくなるだけでまったく不便はないはずよ」
「でも、削除なんてそんな……」
削除されると言うことは殺されると言うことだ。二度と蘇らないと言うことだ。
「あれはNPCよ。気に病むことなんて何もない」
「それでも、なんだか、ボクは……」
なぜだろう。心がもやもやする。何かが引っかかっている。サイゾウの心はサリエルの処分を受け入れることを拒否していた。
「……目が、合ったんです」
地下庭園に突然現れたサリエルと目が合った時、サイゾウはサリエルの瞳の奥が見えたような気がしていた。
「何もなかったんです。それが怖くて……」
何もなかった。瞳の奥には何もなかった。
サリエルは空っぽだった。
サリエルのそんな空っぽの瞳が怖かった。そして、とても寂しくなった。
「本当に、サリエルはNPCなんですか?」
「どうして?」
「いえ、ただ、そうは思えなくて」
「……面白い子」
サリエルは空っぽだ。だがそれは『空っぽの何か』があるということだ。
その何かが何なのかサイゾウにはわからない。もしかしたらそれは心や魂というものかもしれない。
サリエルの中には何かがある。もしあるとしたら、このまま消されてしまうのは可哀そうだ。その何かまで消されてしまうのは、サイゾウはなんだか嫌だった。
嫌だ。ただそれだけだ。それだけでサイゾウはここの立っていた。
「あなたの気持ちはわからないわ。私は人間ではないから」
「人間じゃ、ない?」
それはどういうことだろう、とサイゾウは隣にいるラジエルの顔を見る。
「でも、おそらくあなたと考えていることは一緒よ」
そう言いうとラジエルはほほ笑む。
「私もあの子の削除を許容する気は毛頭ないわ」
ラジエルは空を見上げる。それにつられてサイゾウも空を見上げた。
「今頃大慌てでしょうね。まったく、愚かだわ」
何が大慌てで誰が愚かなのかサイゾウにはさっぱりわからない。その疑問にラジエルは答えてくれない。
そして、そんなことよりもやらなくてはならないことがある。
「サリエルを止める方法はただ一つ。あの子を倒すことよ」
ラジエルは武器を取り出す。
武器。武器なのだろうか。ラジエルの傍らに青磁のような淡い青緑色をした大きなスイカほどもある球体が突然現れたのだ。
「さあ、サイゾウくん。戦闘開始よ」
二人はスキルを解除して姿を現す。それと同時にラジエルは攻撃を始める。
ラジエルは右手でその球体に触れ、左手で分厚い本を開く。本は意思を持っているかのように自動的にページがめくられ、あるページで止まった。
「パープーン」
「へ?」
ラジエルの触れている球体からミサイルが飛び出す。そのミサイルは真っ直ぐに暴れるサリエルに激突し爆発した。
「あ、あの」
「私が援護する。さあ、早く行きなさい」
援護。ラジエルが援護。
「あの、ボク、必要ですか?」
ミサイルが次々と発射されサリエルに命中する。爆風と爆炎が周囲を薙ぎ払い、煙がサリエルの姿を覆い尽くす。
「いるわ。この程度であの子がやられるわけがないじゃない」
ミサイルが次々とサリエルに命中し爆発する。だが、それが突然終わりを告げる。
ミサイルが斬られた。
「この程度で天使が殺されるわがないでしょう?」
煙の中からサリエルが躍り出る。自分に向かってくるミサイルを次々に叩き斬りサイゾウたちの方へと突撃してきた。
「お出ましよ。覚悟を決めなさい」
サイゾウはチェーンソーを構える。
サイゾウの手は少し震えていた。
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