第38話
メフィストはポンと手を叩いた。
「なるほど、サリエルは大鎌を持った姿で描かれるからあの姿なのか」
「感心してる場合じゃないでしょ!」
自分で勝手に納得しているメフィストに怒りを覚えながらクラリスは走った。クラリスだけでなくサイゾウたち全員が走っていた。
「なんなのよあれ!?」
「サリエルでしょ?」
「んなのわかってるわよ!」
剛三郎も逃げていた。だが彼女には全く焦りなどは見えずのん気なものだ。それがまた腹立たしく、走りながらクラリスは苛立たし気に頭を掻きむしっていた。
サリエル。死神のような姿をした天使が突如として姿を現した。そして、自分の名前を告げると突然暴れ出した。
理由はさっぱりわからない。だが、とにかく逃げるしかない。
「あはは! 明らかにヤバいね、あれ!」
「笑ってる場合!?」
サイゾウたちは走って逃げる。足の遅いサイゾウはリオウに背負われて逃げていた。猪突猛進で一人だけ逃げ出すこともできたが、そんなことをすれば他のメンバーの命が危うい。
サリエルが大鎌を振る。その一撃がサイゾウの張っているドームシールドを一撃で破壊する。
「うわぁ、意味分からない威力してるよ」
「だから感心してる場合かって言ってんの!」
サイゾウたちはとにかく逃げた。幸いにも逃げることは可能だった。
サリエルの最初の一撃はサイゾウのシールドが防いでくれた。そのあとはサイゾウの邪眼でサリエルの動きを一時的に封じて、その間に全員地下庭園の外に出た。
それでもサリエルはサイゾウたちを追って来た。庭園から出る時、サイゾウは自分の権限で入り口をロックしてサリエルを中に閉じ込めた。だが、そんな物などまったく意味をなさず、サリエルはそのロックを破壊して追いかけて来た。
それからはひどいものだった。サリエルはその大鎌で手当たり次第に周囲のものを破壊していった。その姿はまるで台風のようで、サリエルが通った場所がすべて更地になってしまったほどだ。
まさに災害である。そんなサリエルを引き連れてサイゾウたちは町へ向かった。
「こ、これでいいんでしょうか?」
「ん? 標的が多いほうが逃げられる確率が上がるでしょ」
というメフィストの提案により人の多い場所へと向かった。
そうなれば当然、こうなる。
「な、なんだアレ!?」
「ぎゃああああああああああああ!?」
「なんだよ! なんなんだよ!?」
「助けてええええええええ!!」
まさに阿鼻叫喚である。サリエルは自分の周囲にあるものなら物も人も区別なく無差別に破壊していった。
「ど、どうにかしないと」
「いやあ、あれは無理っしょ」
「そうだねぇ。運営に何とかしてもらおっか」
標的が増えたことでサイゾウたちに対する注意が逸れたのか、サリエルの追いかけてくるスピードがだいぶ遅くなっていた。
「んじゃ、ログアウトしよっか」
「はい?」
「逃げるが勝ちー、ってことね」
メフィストは、それじゃあ、と言って手を上げるとさっさとゲームからログアウトしてしまった。
「あいつ!」
「そんじゃあ、私も」
「撫子!?」
メフィストも剛三郎に続いてゲームからログアウトし姿を消した。
「あたしらも逃げよっか」
「あんたも!?」
「いやだって、あれはどうしようもないって」
どうしようもない。確かにその通りだ。
「そんじゃあまたね。バイバーイ」
そう言ってリオウもログアウトしてしまった。
残ったのはクラリスとサイゾウのふたりだけ。
「あ、あの」
「あんたはログアウトしないの?」
「お、お先に。ボクは最後で、いいので」
「……なんかヤダ」
「えええ……?」
何を嫌がっているのかさっぱりわからない。というか嫌がっている場合ではない。
「なんか負けた気がするからヤダ」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃ、ないんじゃないかなぁ……」
なんとなく意地っ張りな雰囲気のあるクラリスだが、ここで意地を張らなくてもいいだろう。
「お先に、どうぞ」
「あんたが先にしなさいよ」
「い、いや、ここは」
「だからヤダって言ってるでしょ!」
強情である。何を意地になっているのか。
「守るって言った人間が先に消えるなんてありえないでしょ!」
「……守る?」
いつ、だれが、だれを?
「もしかして、ボクですか?」
状況的に自分しかいない。だが、そんな約束などいつしたのだろう、とサイゾウはきょとんとしていた。
「私は年上! 上級生! 後輩を置いて行けるかっての!」
「いや、でも」
「でももだってもない! 助けるって言ったんだから中途半端は嫌なの!」
サイゾウはその言葉を聞いて納得した。ああ、こういう人なんだな、と理解した。
「……ありがとう、ございます。でも、ここはゲームの世界なので」
優しくて真面目な人なのだ。ゲームの中でも現実でも区別することなく約束を守ろうとしているのだ。
だが、現実とゲームの世界では違う。
ここではサイゾウのほうが『強者』だ。
「ボクは大丈夫です。行ってください」
サイゾウはチェーンソーを構え、エンジンを入れる。けたたましい駆動音が鳴り響き肉食獣の牙のような鋭い刃が高速で回転する。
「でも、私は」
「レベル1は下がってください」
「……雑魚はどいてろってこと?」
「ごめんなさい」
「……わかった」
はあっ、とクラリスはため息をつくとほっとしたような笑みを浮かべる。
「死ぬんじゃないわよ」
「大丈夫です。死んでも、生き返りますから」
「そうね。ゲームだもんね」
サイゾウとクラリスは町の中央の方へ視線を向ける。視線の先では次々と建物が倒壊し、町が更地に成り果てようとしていた。
「……てかそもそも戦いに行く必要ないんじゃない?」
「えっと、それは言わない約束で……」
なんだか決戦に赴く雰囲気になっているが、クラリスの言う通りサイゾウが戦いに行く必要などはない。あれはどう見てもバグで、不具合で、はっきり言ってサイゾウでは手に負えそうにないからだ。
それでもサイゾウは行かなければいけないような気がしていた。自分が関わっているのは明らかだったからだ。
死を司る天使サリエル。おそらくあれは自分の守護天使。
だとすれば少しぐらいは自分にも責任がある。サイゾウはそんな気がしていた。
それに、逃げたくなかった。ここで逃げたらダメな気がしたのだ。
強くならなくちゃいけない。助けてもらうだけじゃダメだ。
たとえ今は借り物の強さでも、それに見合った自分にならなくちゃいけない。
今までの自分は逃げてばかりだった。戦うことを恐れて、現状に甘んじて、受け入れることで自分を納得させていた。自分は弱いから、情けないから仕方ないんだ、とそう感じていた。
でも、そんな自分を助けてくれようとしている人がいる。手を差し伸べてくれる人が現れた。
だからサイゾウは思うのだ。その手を取るなら自分も強くならなくちゃいけない。逃げてばかりじゃいけない、とそう思うのだ。
だから逃げない。現実でも逃げてゲームの世界でも逃げる。ならばいつ立ち向かうのか。いつ自分は強くなるのか。
逃げてばかりでは強くなれない。とサイゾウはそう強く思っていた。そう思っていることに今気が付いた。
「負けるんじゃないわよ」
「……はい」
クラリスは一言言い残すとゲームの世界からログアウトし姿を消した。残されたサイゾウは大きく息を吸い、一気に吐き出してから一歩前に出た。
その時だった。
「まったく、私を凍結するからこんなことになるのよ」
さあ、行こう、と一歩前に出たサイゾウの歩が止まる。
「……あの、どちら様、でしょうか?」
いつの間にかサイゾウの隣に知らない人物が立っていた。
「そうねぇ、ラジエルとでも名乗っておきましょうか」
ラジエルと名乗ったその人は、胸元のざっくりと開いたクリーム色のスーツをビシッとキメて、ダークブラウンの長い髪をアップにまとめたメガネの似合う仕事のできる女性秘書のような人物だった。少し性格がキツそうな女性だ。
そして、ラジエルの背中には四枚の白い翼が生えており、その腕には分厚い本を抱えていた。
「で、サイゾウくん。あなたはなぜここにいるの?」
「え? あの、どうしてボクの名前を?」
「質問に答えなさい」
「あ、あ、はい……」
厳しい。なんというか彼女に見られているだけで委縮してしまう。ラジエルを前にしたサイゾウは親に叱られている子供のように小さく体を縮めていた。
「な、なんとなく、でしょうか」
「なんとなく?」
「す、すいません、ごめんなさい」
「謝らないでくれるかしら。まるでこちらがあなたを責めているみたいじゃない」
「すいません……」
なんとなく。そうとしか言えない。サイゾウもなぜここに残ったのか明確な理由を説明できない。
「でも、放っておけない気がしたんです。逃げちゃいけない気が、したんです」
逃げちゃいけない。少し前の自分ならとっくに逃げ出していただろう。自分には何もできないと決めつけていただろう。
けれど、今は逃げたくない。逃げたらすべてがダメになるような、そんな気がしていた。
「そうね。それで正解」
ラジエルは少し感心したような表情でほほ笑む。その笑顔はとても魅力的で、それを見たサイゾウな一瞬どきりと心臓がはねた。
「あの子を元に戻せるのはあなただけよ。気張りなさいな」
意味深なことを口にしてからラジエルはサリエルの元へと飛んでいく。それを追うようにサイゾウも加速スキルを使用してサリエルの元へ向かった。
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