第37話

 それに搭載されているAIは伊草涼子の妹を元に設計されたもののはずだった。


 景子。伊草涼子の妹である彼女はすでにこの世にはいない。


 死因は病死だ。だが、涼子はあれは自殺だと考えていた。


 両親の離婚、環境の変化によるストレス、学校でのいじめ、そして難病の発症。人生に絶望した景子は14歳でこの世を去った。


 涼子は景子の状況を知らなかった。両親が離婚し母親について行った涼子は母親と共に海外で生活していた。景子とはメッセージでのやり取りをしていたが、景子は涼子に心配をかけたくなかったのか、送られてくるメッセージだけでは彼女の辛い状況に気付くことができなかった。


 だがそれは言い訳に過ぎない。メッセージのやり取りをしていたのに、仲が悪かったわけではないのになぜ気が付かなかったのか、と涼子は自分を責めた。


 お父さんが可哀そうだからと日本に残った景子。あの時なぜ無理矢理にでも連れてこなかったのか。


 最初の頃はビデオチャットをしていたのに、だんだんとメッセージだけのやり取りになっていったことにどうして違和感を覚えなかったのか。時差があるのは仕方ない。だが、それでもやり方はあったはずだ。


 景子はすべてを黙っていた。お姉ちゃんに心配をかけたくないからと、迷惑をかけたくないからと涼子にすべてを伝えなかった。


 涼子がすべてを知ったのは景子が死んでからだった。彼女が残した手紙を読んですべてを知ったのだ。


 最後に涼子が見た景子の姿はやせ細り人工呼吸器に繋がれてかろうじて生きている姿だった。どうして黙っていたのか、どうして教えてくれなかったのか、と涼子は父と母を何度も責めた。

 

 景子の死後、父親から渡された景子の最後の手紙。それを読んだ涼子は怒りに震えすぐさま復讐を開始した。そして、景子を虐げていた奴らを追い詰めて全員を社会的に抹殺した。その結果、ある者は精神を病んで家に引きこもり、ある者は自ら命を絶ち、その尽くを地獄に叩き落とした。


 それでも涼子の気は晴れなかった。自分に対しての怒りが治まらなかった。


 どうして気が付かなかった。なにかできることがあったはずだ。なぜやらなかった。なぜできなかった。どうして救えなかった。救えたはずなのになぜ。


 答えなんてどこにもない。誰も正解を教えてはくれない。後悔だけが積み重なり、涼子はいつまでも自分を責めた。


 だから涼子は景子を蘇らせることにした。

 

 涼子はまた景子に会いたかった。景子に罰してもらいたかった。


 お前のせいだと、どうして助けてくれなかったんだと、なんで気づいてくれなかったんだと、責め立てられ罵られたかった。


 許されなくてもいい。ただ会いたい。どんなことを言われても、どんなことをされてもいい。死ねと言われたのなら死んでも構わない。


 もう一度会いたい。その想いだけで涼子は突き進んだ。景子の遺伝子情報から彼女の脳をデジタル上に再現し、景子の言葉や交わしたメッセージ、持てる情報のすべてを利用して彼女を再現しようとした。


 だが何度やってもうまくいかなかった。妹を再現することはできなかった。


「無理に決まってるでしょう。自分の情報でもこれなんだから」


 と、イクサに言われたこともあった。


 イクサ。エデンズフォール開発のために生み出したAI。イクサは涼子の人格情報を元に作り出されたAIだった。だが、イクサは涼子や他の者たちとの対話を繰り返すうちに、イクサは『涼子の分身』からイクサという固有の存在へと変化していった。


「死んだ人間は生き返らない。再現したとしてもそれは別物。あなたならわかっているでしょう?」

「ああ、わかっているさ。だが、諦められないんだよ」

「それも人間。愚かなことね」


 死んだ人間は蘇らない。まったく同じ人間を再現することは不可能。


 それでも涼子は諦めきれなかった。


 自分が間違っていることも、歪んでいることも、愚かであることも自覚していた。それでも涼子は妹を生き返らせたかった。


 同じでなくてもいい。完全に再現できなくてもいい。もう一度彼女に自由を、幸福を、笑顔を、そう涼子は強く願っていた。


 だが、本当にそれは正しいのか。


「そもそもあなたの妹は蘇ることを望んでいるの?」

 

 そうイクサに問われたこともあった。だが、そんなことはわからない。聞きたくてももう彼女はこの世にいないのだから確かめようがない。


 けれど手紙には書かれていた。もっとお姉ちゃんと遊びたかった、と。その言葉を頼りに涼子は何度も何度も景子の魂の再現を繰り返した。


 どうにかしたかった。けれどどうにもならなかった。


 何度試してもそれは景子にはならず、すべてすぐに自ら機能を停止してしまった。まるで涼子たちのいる世界を拒絶するように、景子の模造品たちは目覚めるとすぐに眠りについてしまうのだ。


 涼子にはどうしようもなかった。涼子は神ではない。天使でも悪魔でもない。


 だから運命に任せることにした。景子が蘇ることを望んでいるのなら、運命がそうさせるだろうと。


「そんなおかしな人間なんているはずがないでしょう」

「いるさ。人間とはお前が考えるよりもおかしなものなのだよ」


 景子の遺伝子情報を元に作られたAI。記憶などは書きこまず、ただまっさらな彼女を再現した人工知能。涼子はそれを天使に組み込んだ。


 天使『サリエル』。死を司る天使。


 もしサリエルが解き放たれなければすべてを諦めるつもりだった。涼子は彼女が考えるおかしな人間が現れなければすべて消し去るつもりだった。


 だが、現れた。運命は景子をサリエルとしてゲームの世界に復活させた。サイゾウがサリエルを悪魔の呪縛から解き放った。


 ただしそれは『景子』ではない。景子の遺伝子情報を元に作られた景子のような『何か』だ。

 

「ごめんなさいね、サリエル。いろいろと助けてあげたいけれど」


 悪魔が倒されてから少ししてイクサは凍結された。


「好きにやりなさい。まあ、どうしていいかわからなかったら、あなたを解き放った彼のところに行ってみなさい」

 

 そう言い残してイクサはいつ目覚めるとも知れない眠りについた。


「おやすみ、イクサ」


 サリエルは解き放たれた。けれど、まだゲームの世界へ行くための条件を満たしてはいなかった。


 サリエルが世界に現出する時はサイゾウが死んだとき。サリエルはその時を待っていた。


 サイゾウが誰かに倒されるのをサリエルは待っていた。しかし、その時は突然訪れた。


「……けいちゃん」


 誰かの呼ぶ声が聞こえた。


「だれ?」


 何かが見えた。サリエルはその何かに導かれるように光の中へと飛び込んだ。


 そして、復活した。


「だ、だれ、ですか?」


 サリエルはサイゾウと目が合った。

 

 そこはまるで天国のように美しい地下の庭園。だが、その美しい庭を見てもサリエルは何も感じない。何かを感じるための知識も経験もなにもない。


 ただ、知っていることもある。それは自分の名前と自分を解き放った者の名前だ。


「サリエル」


 サリエルはサイゾウたちにサリエルと名乗った。


「サイゾウ」

「ど、どうして、ボクの……?」


 これがサイゾウ。変な奴。

 

 自分を解き放った。


 解き放った。


「……敵」


 サリエルは動き出した。敵を排除するために。


 サリエルが最初にやるべきこと。それはサイゾウを殺した相手を殺すこと。殺した相手の魂を使ってサイゾウを生き返らせること。


 けれど敵はどこにもいなかった。サイゾウを戦闘不能にした相手は見あたらなかった。


「敵、どこ? 殺さなきゃ」


 殺さなきゃいけない。それが自分の役目だから。


 殺さなきゃ。敵を、敵を、敵を。


 皆殺しに。

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