第36話
イベント1日目が終了した。その結果は紫色チーム、サイゾウたちの勝利に終わった。
第2ラウンドの序盤でゼルダインが倒されたことで赤チームは消滅。リーダーと共に赤チームに所属していたプレイヤー全員がイベントフィールドから退場し、赤チームの陣地を守る者が誰もいなくなり、陣地はすべて赤から所有者無しの灰色となった。それによりフリーとなった陣地を各チームが取り合い大混戦が繰り広げられた。
その混戦の中をサイゾウたちは暴れ回った。誰もサイゾウたち雑草魂を止めることができず、第3ラウンドもその状況は変わらなかった。
結果、紫色チームの大勝利。ただまったく嬉しくはない。少なくともサイゾウは喜んでいなかった。
そんな中、サイゾウはある人物といつもの地下庭園で初めて顔を合わせていた。
「いやいや、来てくれて嬉しいですなぁ。んほっ」
「キモい、近寄るな、死ね」
それはクラリスとその友人のリオウだった。クラリスのほうは剛三郎、つまりは撫子の親戚らしく、どうやら彼女が撫子の言っていた草太郎と同じ学校に通う生徒のようだ。
「は、初めて、まして。さ、サイゾウです。この傭兵団の、団長を、してます」
サイゾウはクラリスに怯えながら頭を下げる。そんなサイゾウをクラリスは黙ってじーっと眺めていた。
その黙っているクラリスより先に口を開いたのはリオウのほうだった。
「あ、あの」
「マジでサイゾウだ! イベント見てたよ! すごかったじゃん!」
リオウはサイゾウの手を取るとぶんぶんと振り回す。中の人は1つしか歳は違わないが、ゲームの中の2人はまるで大人と子供のようだ。なにせリオウは身長2メートルの虎の女獣人、それに対してサイゾウはごく普通の少年のサイズだ。大人と子供に見られても仕方がない。
「い、いえ、あれは、その、ボクの力というか」
「でさあ、運営と繋がってるってホント?」
「……へ?」
リオウは突然おかしなことを言い出した。ただし何か企んでいるとか悪意があるというわけではなく、ただ純粋に疑問に思っているだけのようだった。
「運営の身内で贔屓されてるって噂があるのさ。で、どうなの?」
「うーん、運営と繋がってるって言うのは正解かな。ただし、贔屓されてるわけじゃないよ」
リオウの疑問に答えたのはメフィストだった。
「名乗るのが遅れたね。私はメフィスト。傭兵団『雑草魂』の副団長をやらせてもらってるよ」
「え?」
「なに? 剛三郎は副団長になりたいの?」
「お断りしますかな。面倒なので。んほ」
「なら文句はないよね」
ということでメフィストが雑草魂の副団長に就任した。
「我輩は油谷剛三郎でございます。よろしく。デュふふ」
「うわぁ、キモイね」
リオウは剛三郎の態度や言葉遣いを見て正直な感想を述べた。どうやらリオウはけっこうはっきり物を言うタイプのようである。
「あんた、なんでそんな感じにしたの?」
「ん? 美少女に嫌な顔されたいからですが?」
「……相変わらずクソみたいな思考してるわね」
「おほほ、お褒めに預かり光栄にございますなぁ。おふっ」
「キッショ……」
剛三郎はいつも以上にねちょねちょネバネバしている。どうやらクラリスに会えたことが相当嬉しいらしい。
「それに何? 油谷? なんでそんな名前にしたの? 意味わかんない」
「ねっちょりしてていいでござろう?」
「そのしゃべり方もキモいし、見た目もキモいし、全部キモい」
「ぬほほ、ありがとうございます」
「最悪。死ね」
剛三郎は喜んでいる。クラリスは本気で嫌がっている。
そんな二人のやり取りを見ていたサイゾウは最初は苦笑いをしていたが、だんだんとその表情は暗くなっていった。
「あ、あの」
「なに?」
「やめてください。剛三郎さんを、馬鹿にするの」
「は? 馬鹿にしてるんじゃなくてマジで大嫌いなの」
「で、でも」
サイゾウはなんだか嫌だった。剛三郎が馬鹿にされるのも侮辱されるのも見ていたくもないし聞きたくもなかった。たとえそれがじゃれ合っているだけだとしても限度と言うものがある。と、サイゾウはそう感じた。
そんな暗い表情のサイゾウに対し剛三郎はいつもの調子ではなく真面目な様子で口を開いた。
「ごめん、サイゾウ。ちょっと悪ふざけが過ぎた」
剛三郎はそう謝罪するとサイゾウに頭を下げた。それを見たクラリスは信じられないと言ったように驚き目を見開き言葉を失っていた。
「うそ、でしょ。撫子が、謝罪?」
有り得ない、有り得ない、とクラリスは小声で繰り返す。そう呟いてしまうほどクラリス、正確にはクラリスの中の人である有栖にとって剛三郎の中の撫子が謝罪すると言うのは信じられないことなのだ。
なぜなら有栖にとって油谷剛三郎は、鏑木撫子という女は悪逆非道の魔女で悪魔なのだ。有栖にとって撫子は、絶対に謝らないし自分の非は認めないし平気で人を陥れて騙して泣かせて邪悪に笑う、そう言う女なのだ。
そんな女が素直に謝っている。しかも悪いのはクラリスのほうだ。クラリスが加害者で剛三郎は被害者だ。謝る必要はないはずなのに剛三郎は謝罪したのだ。
「嫌な思いさせたね、ごめんね」
「いえ、剛三郎さんが謝ることじゃ」
「こうなるように仕向けたのは私だからね。ホントごめん」
「さあさあ、この話はお終い。とりあえず剛三郎。一応、話は聞いてるけどさ、二人のことを紹介してよ」
「ああ、そうだったそうだった。まだしてなかったね。と、その前に」
剛三郎は一旦姿を消し、すぐに戻ってくる。戻って来た剛三郎は小汚いおじさんの姿でなくグラマラスでスタイルの良い女性の姿になっていた。
「あんた、普段からそれにしなさいよ」
「え? つまんないじゃんそんなの」
「……あんたの思考が理解できないわ」
理解できない。まったく正しい反応である。つまりクラリスはまともな人間ということだ。
「んじゃ改めて。この子が私の親戚の子で……。本名言っていい?」
「あんた、ホントに撫子?」
「そうだけど?」
「別人が操ってるわけじゃないわよね?」
「んなわけないじゃん。それより名前、教えていい?」
「いいけど……」
本当にこいつは鏑木撫子なのか? とクラリスは剛三郎のことを本気で疑っているようだった。剛三郎の中の人は撫子ではなく別人なのでは、と。
「倉林有栖。サイゾウと同じ学校の二年生。で、そちらさんは?」
「リオウでーす。本名は
「で、お二人の関係は?」
「腐れ縁」
「大親友でーす!」
腐れ縁、大親友。二人の返答の違いでサイゾウは二人の関係性をなんとなく察した。
「で、あんたが雑賀草太郎ね?」
「そ、そうです」
「さっきと印象が全然違うけど?」
さっき、とはおそらくイベントの時のことだろう。あのイベントでは参加していないプレイヤーたちが観戦できるように、運営側が中継映像を流している。その中にはもちろんサイゾウも映し出されていたし、ゼルダインとの一騎打ちも中継されていた。
「あ、あれはその、えっと、いつもと違うので」
「まあいいけど。それで、撫子」
「剛三郎。ここではそう呼びなさいクラリスちゃん」
「面倒くさいわね」
「それがマナーだよ」
「わかったわよ。で、私はこいつを見張っとけばいいのね?」
剛三郎はクラリスにサイゾウの学校での状況を一応説明している。
「うん。これ以上エスカレートしないように声をかけるなり、危なそうだったら連れ出すなりして欲しい」
「解決は、しなくていいの?」
「そこまでは意識しなくていいよ。クラスも学年も違うし。ただ何かあったら助けてあげて」
「わかった。あんたもそれでいいのね?」
「は、はい。ご迷惑をおかけして、すいません」
「そうね。本来なら自分でどうにかする問題だし」
「クラリス」
「なによ?」
「自分でどうにかできるならもうとっくにどうにかしてる」
クラリスの意見はもっとものように思える。だが剛三郎の言う通り、解決できるのならとっくにしているのだ。人間は一度悪い状況に陥るとだんだんと思考力が低下していき、どうにかしようという気力も失われていく。悪い状況から抜け出そうとするには気力も体力も必要なのだが、それがなくなってしまうのだ。
「私に頼り切られても困る。依存されたら最悪だし」
「言い方」
「甘やかしてもどうしようもないでしょ」
「まあまあクラリス。そんなに気負わないでさ」
剛三郎とクラリスは口論を始めようとするが、リオウはクラリスの肩をぽんぽんと優しく叩いて彼女をなだめる。
「責任感じるのはわかるけどね。ここはもっと気楽にいこ?」
リオウはクラリスの不安や緊張を察していた。クラリスの言葉や態度がきついのは、自分の中の不安や恐れを誤魔化すためだと言うことも理解していた。さすが腐れ縁の大親友と言ったところだろう。
「サイゾウくんの人生をどうにかしようとかそんな重たくならないでいいんだよ」
「でも、やっぱり、中途半端は」
「ご、ごめんなさい。ボクが、弱いから……」
話を聞いていたサイゾウは申し訳なさそうにうつむく。その姿は本当に小さく弱弱しく、今にも消えてしまいそうだった。
「あ、あんたが謝ることじゃないから。私がその、ちょっと、怖かっただけで」
「そうだね。勇気がいることだ」
勇気。そう言うとメフィストはうんうんとうなずく。
「ありがとう、来てくれて」
「べ、別に。その、無視できなかったし」
「クラリスは優しくていい子なんだよ。言葉も性格もきついけど」
「おい」
「事実じゃん」
クラリスはリオウを睨みつけるが、リオウは睨まれたと言うのに嬉しそうにニコニコしていた。
「ま、まあ、引き受けたからにはちゃんと最後まで面倒みるわ」
「あたしも協力する。とりあえず毎日イチャイチャしとけばいいんでしょ?」
「えっ!?」
「はあ!? なんでそういう話になんの!?」
「え? だってその方がわかりやすいじゃん。今日からサイゾウくんはあたしの彼氏ね」
なんというか考えなしというか大胆というか。サイゾウは本当に短い間だが、リオウの言動を見てクラリスの日ごろの苦労をなんとなく理解できたような気がした。
「あ、そうだ。あたしも団に入れてよ。最近、追い出されたばっかでさ」
「追い出されたって、あんたなにしたの?」
「推しが被った」
「あー、同担拒否の人なんだね。リオウさんは」
「ふざけんじゃねえよ、にわかのくせに」
リオウはとりあえずいい人のようだがかなり厄介な人でもありそうだ。
「この団には変な奴しか集まらないのかねぇ」
「キミが言うことじゃないよ、剛三郎」
「あ、ははは……」
変な奴の一人である剛三郎がいうことではない。
「あー、ごめんね。イベント中は入退団不可なんだ」
「そうなんですねぇ。じゃあ、イベント終わった後で。あ、クラリスはどうすんの?」
「別にどっちでもいい。ゲーム続ける気はないし」
「えー? 一緒にやろうよ。楽しいよ」
「やだ。あんたと一緒はリアルで十分」
「またまたぁ。本当は一緒に遊びたいんでしょ?」
「うっざ」
クラリスとリオウは本当に仲がいいようだ。そんな二人の様子を見て、サイゾウはちょっとだけ二人が羨ましく思えた。
「そんじゃ、あたしとクラリスはイベント後に入団てことで。よろしく、団長さん」
「なんで私まで」
「いいからいいから」
「まったく。まあ、別にいいけど」
ということでクラリスとリオウがイベント後に仲間に加わることとなった。
「あー、よかった。これでひと段落かな」
「イベントは終わってないけど、サイゾウくんのリアルの生活が良くなるといいね」
「は、はい。本当に、なにからなにまで」
一安心一安心。これで少しはサイゾウの、草太朗の生活が安心できるものになれば。
「で、さっきから気になってたんだけど。あの人誰?」
突然、リオウが変なことを言い出した。
「誰って、ここには私たちしかいないけど?」
この地下庭園にはサイゾウが許可した者しか入ることができない。だから、サイゾウたち5人以外がここにいるはずがないのだ。
「じゃあ、あれは?」
あれ、と言ってリオウが指さした先、そこにいたのは庭園の噴水のほとりに腰かける知らない誰かだった。
それは黒い髪に紫水晶のような妖しい輝きを放つ瞳をした、異様に色の白い少年にも少女にも見える人物だった。
そして、それは身の丈よりも長い柄の大鎌を抱え、その背中には白と黒の二対の翼が生えていた。
「死、神……?」
死神。それは死神にしか見えなかった。その死神に全員の視線が向けられた。その死神の視線もサイゾウたちに向けられた。
両者の目が合った。
目が合ってしまった。
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