第20話
魔樹の森にエンジンのうねる音が響いている。
「『伐採』!」
「オオオオオオオオオオオン!」
魔樹の森で主に出現するのは樹木系のモンスターと草系のモンスターである。他にも虫系のモンスターも出現するがそれはおまけ程度だ。
つまりサイゾウの独壇場である。
「『草むしり』!」
「ピギイイイイイイイイイイ!」
伐採。庭師のジョブを取得した際に覚えたスキルだ。『木を一撃で切り倒す』だけのスキルだが、メフィストの読み通り、というかそれ以上の性能をしていた。
「まさか樹木系即死スキルだったとは」
「さすがですなぁ、サイゾウ殿。おうふ」
ついでに草むしりも役に立った。マンドラゴラやキラープラントなどの地面に生えるタイプの草モンスターは草むしりLV100で一掃することができた。さらには称号草むしりマスターの効果で一気に100体の草モンスターをむしることが可能で、あっという間にモンスターがいなくなってしまった。
「殺虫に伐採に草むしり。面白いスキルをお持ちなのですね」
同行しているリックルフィンも感心しきりだ。サイゾウの強さもそうだが、そのあとの素材回収にも興味を示していた。
「ここに出現するモンスターはすべて火属性が弱点なので我々炎竜の牙にとってはレベル上げに最適な場所なのですが、火で燃やしてしまうと獲得できるアイテムの質が悪くなってしまうのです。虫は燃えカス、樹木は『木炭』や質の悪い木材しか手に入らないので」
炎竜の牙の団長であるゼルダインは火属性の使い手だ。そのため、炎竜の牙には火を得意とするプレイヤーが集まっている。魔樹の森は彼らにとってレベル上げに最適の場所なのだが、火属性攻撃は素材集めにはあまり適していないらしい。
「それにしても、そのチェーンソーはどうやって手に入れたのですか?」
「え、あ、それは、その……」
サイゾウはさっそくチェーンソーを使っていた。燃料は剛三郎から譲ってもらったが、量はそれほどないのであまり無駄遣いはできない。
「ほほほ、それは秘密ですぞ。副団長殿」
サイゾウとリックルフィンの間に剛三郎が割って入る。さすがにリックルフィンにはチェーンソーの入手方法は伝えられない。
「ははは、そうですね。しかし、その、剛三郎さん。その姿は」
その姿。そう、今の剛三郎はいつものおじさんの姿だ。その姿にリックルフィンは戸惑っているようだが、剛三郎はそんなことなどお構いなしである。
「我輩の姿などどうでもいいではないですか。それよりも、なかなか良いおしりをしていますなあ副団長殿。うほ」
「あ、あはははは……」
オジサンが美青年にセクハラを働こうとしているという地獄のような絵面が繰り広げられる。おそらくリックルフィンの意識をチェーンソーから逸らすための行動だと思うのだが、なんというか、キツイ。
「そ、そうだ。一応もう一度地図を確認しておきましょう。先に進むためにちゃんと森の地理を理解しておいた方がいいですからね」
リックルフィンは顔を引きつらせながら森に入る前に確認した森の地理を再度説明するため地図を取り出しその地図を全員で確認する。
「森は奥に行くほどモンスターが強力になり、出てくるモンスターもトレントやウッドゴーレムなどの樹木系のみになります。そして、問題が『瘴気』です」
リックルフィンは地図に表示されている森の真ん中を指さす。魔樹の森の真ん中は真っ黒になっていて何も映っていない。
「今真ん中の黒い部分が『蟲毒の大穴』。先ほど説明した通りここから流れ出している瘴気が森の木々をモンスター化させています」
「この瘴気をどうにかしないと奥には進めないということでしたね」
「そうです。瘴気は触れると『瘴気やられ』という状態異常になります。これはすべてのステータスが一定時間下がり続け、ダメージが二倍になるというものです」
蟲毒とは古代の呪術のひとつでツボなどの中に蛇やムカデなどの毒虫を大量に入れ、その中で生き残ったものを呪いに使用する呪術である。
蟲毒の大穴で行われているのはモンスターによる蟲毒だ。この大穴には蟲毒を生き残った強力なモンスターがいる。一言で言えばボス部屋である。
「さて、この瘴気をどうするかですなぁ」
「いや、そんなに奥に行かなくてもいいんじゃ……」
「せっかくだから行けるところまでいきたいでしょ」
はてさてどうしたものかとサイゾウたちは考える。ゲーム内では夏イベ真っただ中で盛り上がっているが、森はそんな喧噪など嘘のように静まり返っている。
「副団長さんたちはどうしてるんですか?」
「光の浄化魔法や聖水で対応していますね」
「浄化ですか」
「……サイゾウくん、それ、持ってなかった?」
浄化、と聞いてメフィストはピンと来た。確かサイゾウがそんなスキルを持っていたなと思い出したのである。
「……ありました」
「自分のスキルぐらいは覚えておいたほうがいいですぞ。んほほ」
「はい……」
サイゾウは改めて自分の持っているスキルを確認する。確かにしっかり覚えていたほうがいいと反省したからだ。
現在サイゾウが持っているスキルは『草むしりLV100』『短剣LV1』『弓LV1』『機械武器LV1』『造園』『殺虫』『防虫』『掃除人』『ゴミ拾い』『消毒』『浄化』『偽装』『暗視』『忍び足』『急所突き』『解体』である。造園は『芝刈り』『剪定』『枝払い』『伐採』『植樹』『栽培』『木材加工』『石材加工』が一つになったスキルなので、造園一つで8個のスキルを所持していることになる。
しかし、とサイゾウは思う。どれもこれも戦闘に役立つのかと疑問なスキルばかりだ。
だが、実際に殺虫や伐採は役に立った。草むしりも草むしりマスターの称号の効果で草モンスターを一度に複数倒すことができる。
それならもしかしたら浄化も効果があるかもしれない。
「とにかく先に進んでみましょうか。私が道案内をするので危なくなったら引き返しましょう」
サイゾウたちはリックルフィンの案内で森の奥へと進んでいく。そして、奥へ進んでいくうちに虫や草系のモンスターが少なくなり始める。
「サイゾウ殿、追加の燃料でございますよ」
「ありがとうございます」
チェーンソーに燃料を補充し、サイゾウは襲ってくる樹木のモンスターたちを切り倒していく。
「ダークトレントも一撃ですか。普通はかなり苦戦するのですが」
トレントは歩く樹木のモンスターである。ウッドゴーレムが人型に近い樹木系のモンスターに対し、トレントは樹木がそのまま歩いているようなモンスターだ。
そんなトレントの攻撃方法は枝を鞭のように操る打撃攻撃や、木の実などを飛ばす遠距離攻撃が主だ。そして、その幹は非常に硬く、上位のトレントともなると鉄に匹敵する硬度を持っている。
その鉄の硬度を持つトレントが『ダークトレント』だ。真っ黒い樹皮のトレントで、魔樹の森に出現するトレントの最上位である。トレントの強さは通常のトレントが最下位、次に白樺の様な樹皮のホワイトトレント、赤樫のような樹皮のレッドトレントが続き、一番上がダークトレントとなっている。
そのダークトレントをサイゾウは一撃で切り倒してしまった。
「伐採のスキル、かなりのぶっ壊れのようですな」
通常、ダークトレントはかなりレベルを上げなければ倒すことができない。レベルが低くても火属性の魔法で焼き殺すこともできるが、それでもモンスターとしては強い部類だ。
それを一撃。剛三郎の言う通り伐採のスキルはかなりのぶっ壊れスキルのようである。
さらにトレントの枝による攻撃は剪定や枝払いのスキルですべて無効化できているため、実質トレントの実による遠距離攻撃にさえ気を付けていれば問題ない状態で、それもリックルフィンがすべて剣で叩き落してくれている。
ただ、敵の数がそれなりに多いのでサイゾウが対応できない敵もいた。けれどそれも剛三郎の油魔法で燃やすことができたのでどうにかなった。そして、メフィストは何もしていない。
「さて、そろそろ瘴気が濃くなってくる頃ですね」
サイゾウたちは森の中ほどにまで到達した。
ここまでの道中は順調だった。だが順調でない部分もある。
「全然レベルが上がらない……」
サイゾウは敵を倒しながら時折自分のステータスを確認していた。しかし、何度確認してもレベルが上がっている気配はないし、経験値も入っていない。
「もしかしたら戦闘スキル以外で敵を倒すと経験値が入らない仕様なのかもしれないな」
とメフィストは現状を見てそう推測を立てた。その後もサイゾウは敵を倒していったが、やはり一向にレベルが上がる様子がなかった。
「まあ、ドロップアイテムはよいですからな。金策だと思いましょう」
伐採のスキルも殺虫のスキルもどちらもかなりの壊れ性能のようだが経験値が入らないという大きなデメリットがあるようだ。つまりレベルを上げようと思うなら普通に戦わなければならないわけである。
そう、ここでも『普通』だ。サイゾウの前に普通の壁が立ちはだかるわけだ。
「お三方、そろそろ気を付けて」
リックルフィンはそう言うと自分の口を押える。四人を包むようにうっすらと何か嫌な空気が漂いはじめる。
瘴気だ。空気に毒々しい色をした瘴気が混じり始めていた。
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