第19話

 リックルフィン。短い赤髪の細身の青年だ。彼はサイゾウが思った通りゼルダインの副官で、傭兵団『炎竜の牙』の副団長だという。


「そうですか。あなたも超越者なのですか」

「あ、いえ、その。ボクはただ、偶然そうなっただけで」


 サイゾウたちは森に入る手続きのために門の近くにある建物の中に招かれた。そこは森の入り口を管理する管理棟のようで、何人かのプレイヤーが待機しており、楽しそうに談笑していた。


「では、こちらを。通行手形です。これを持っていれば自由に森に出入りすることができます」

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ。しかし、本来ならこんな物必要ないのですがね」


 リックルフィンは疲れたようにため息をつく。


「以前、この森で狩りをしているプレイヤーに嫌がらせをする輩やモンスターを独占する輩がいましてね。それを私たち炎竜の牙が追い払ってから、なし崩し的に我々が管理することになって。本当にまったく、迷惑な話ですよ」


 魔樹の森はかなり広大なフィールドである。奥地へ行くほど敵が強く上級者向けだが入り口付近は出現するモンスターも弱く、敵の種類も植物や虫ばかりなので弱点もわかりやすいので初心者のレベル上げには最適の場所である。


 ただ、過去にはそんな初級プレイヤーを狙った悪質なプレイヤーがいた。初心者ばかりを執拗に狙うプレイヤーキラーや、一度倒すとリポップするのに時間のかかるレアモンスターの独占をする者たちがいたのだ。それを退治したのがゼルダイン率いる炎竜の牙だった。そして、その流れのまま現在に至る。


「愚痴は隠れて、じゃないんですか? 副団長さん」

「はは、そうでしたね。団長のことは言えませんね、これじゃあ」


 剛三郎の嫌味など気にする様子もなくリックルフィンは笑って受け流す。


「それよりもどうしてこの森に? 明日からはイベントが始まるはずですが」

「ああ、私たちは不参加なんですよ。戦力が心もとないので」

「戦力? レベル100越えのプレイヤーがいるのに?」

「それは、その、いろいろと事情が、ありまして……」


 確かにサイゾウはレベル100越えの超越者だ。もうすぐレベルキャップの解放が行われるが、それまではゲーム内に5人しかいないトッププレイヤーである。


 だが実力が伴っていない。レベルは100を越えてはいるが、それは草むしりがLV100なだけで、ステータス的にはまだ初心者の域を超えていないのが実情である。


「とにかくありがとうございました。これでいろいろと試すことができます」

「試す? 何か実験を?」


 リックルフィンの目が鋭くなる。


「何か危険なことでも」

「そ、そうじゃありません。ちょっといろいろと検証してみたいことがあって。ですよね、メフィストさん」

「困ったからってこっちに話を振らないでよ」

「ご、ごめんなさい。で、でも、その」

「いいよ。説明しておくからサイゾウくんは休んでて」


 メフィストはニッコリと笑う。それを見たサイゾウはホッと息をつく。


「やっぱり、人と話すの苦手だなぁ……」


 リックルフィンへの説明をメフィストに任せてサイゾウは席を離れ近くのソファーに腰を下ろし、疲れて様子でソファーにの背にぐったりと体を預けた。


 そんなサイゾウの向かい側の椅子に剛三郎は腰を下ろしてサイゾウの顔を覗き込む。


「がんばったじゃん」

「からかわないでくださいよ」

「褒めてんだけどなぁ」


 剛三郎はにやにやしながらサイゾウの右頬を軽くつねる。


「本当に剛三郎さんなんですよね?」

「なに? おじさんに褒めてもらいたかった?」

「いや、そうじゃなくて……」


 いつものおじさんの剛三郎と今の綺麗なお姉さんの剛三郎。どちらも剛三郎で、どちらも撫子が操作している。と頭ではわかっていても、サイゾウはなかなかそれを受け入れられず、実は目の前にいるのは剛三郎ではないのでは? という疑念が晴れていない。


「まあ、でも、おじさん演じるのちょっと疲れるんだよねぇ。セクハラするのは楽しいけど」

「セクハラ?」

「そ。おじさんの姿で綺麗な子に話しかけたりするとすっごい嫌な顔れるのさ。それがね、なんだかゾクゾクして楽しくて」


 変態だ。とサイゾウは思った。やはり剛三郎は、鏑木撫子という女性は変態なのだと改めて理解した。


「キモイとか汚いとか言われてさ、冷たい目で蔑まれるの。あれがねぇ、普段は味わえないから、いいんだよねぇ」

「そう言う話はボクのいないところでお願いします」

「じゃあさ、サイゾウの性癖教えてよ」

「イヤです」

「えー? じゃあ黙らない」

「なんでですか……」


 剛三郎は楽しそうだ。本当に楽しそうに笑っている。サイゾウをからかって面白がっているのだろう。 


「ほらほら、お姉さんにぶちまけなさいな。胸は大きいほうがいい? お尻は? もしかして脚フェチとか」

「あーもう、それセクハラですから」

「うひひ、怒られちゃった」

「喜ばないでくださいよ。まったくもう……」


 どうしようもない人だなぁ、とサイゾウは困ったようにため息をつく。同じ団の団員として一緒にやっていけるのかと不安にもなる。


「話終わったよ。で、ちょっと予定変更なんだけど……。なに? 楽しそうだね。イチャイチャして」

「い、イチャイチャなんてしてないですよ!」

「お? メフィストも混ざる? 一緒に性癖暴露大会しようよ」

「しませんししてません!」

「えー? そうだなぁ、足の指とか好きかな。こうね、ちょっと汚れた足をきれいに」

「暴露しなくていいですから!」


 一体何なんだこの人たちは! とサイゾウは少しだけ怒りがこみあげてくる。悪い人ではないしおそらくいい人たちなのだろうが、からかうのもいい加減にして欲しい。


「ごほん。そう言うことは外でお願いします」

「あ、ごめんごめん。ちょっと調子に乗り過ぎたね」


 メフィストは苦笑いを浮かべながらリックルフィンに謝罪すると、改めてサイゾウたちの方に顔を向ける。


「二人に報告があります」

「えっと、予定が変更、でしたよね」

「そうです。ちょっと予定が変更になって一人増えることになりました」


 大まかな予定は変わらない。明日、魔樹の森に入ってそこでいろいろと実験を試みる。そこは変わらないのだが、どうやらそこに一人参加者が加わるようだ。


「副団長さんが同行してくれるそうです」

「よろしくお願いします、サイゾウさん、剛三郎さん」


 リックルフィンはサイゾウたちに一礼する。その姿はとても美しくまさに騎士と言った凛々しさがあった。


「え? でも明日からイベントで」

「ああ、私はもともと留守番をする予定でしたので」


 夏の大イベント。夏イベは1年の中でも大きなイベントの一つのはずだ。それに不参加と言うのは何か理由があるのか。


「あー、サメ、苦手なんですよ。昔見たサメ映画がトラウマで」


 リックルフィンはそう言うと恥ずかしそうに苦笑する。


「なので私は今回のイベントはもともと不参加。皆さんに同行することにしました。道案内と監視も含めて、ですが」


 監視、ということはやはり完全には信用されていないと言うことだろう。まあ、当然と言えば当然である。


「でも、参加しなくていいんですか? 副団長なんですよね」

「ああ、大丈夫です。無理に参加させるようならこの団を抜けると脅しましたから」


 リックルフィンは笑っている。その笑顔を見て、なんとなく炎竜の牙内の力関係が見えたような気がする。


「さて、それではまた明日お会いしましょう」


 通行手形を手に入れた。道案内のリックルフィンもいる。


 明日から魔樹の森の探索だ。ゲーム内ではイベントで盛り上がっているかもしれないが、そんなものなどまったく関係がない。普通はイベントを楽しむものなのだろうけれども。


「……何事も無ければ、いいなぁ」


 一抹の不安を抱えながらサイゾウはゲームの世界からログアウトし、その日は風呂に入って眠りについたのだった。

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