第9話 ……雑草か

 傭兵団『雑草魂』が結成された。サイゾウが団長を務める傭兵団だ。


「我々雑草魂は! 地道に泥臭く粘り強く意地汚く! 雑草の中から宝物を見つけ出し! 無意味と思えるものに意味を持たせ! このゲームを楽しみつくすことをここに誓う!」


 メフィストが高らかとそう宣言し、サイゾウと剛三郎はパチパチと拍手を送る。


「ありがとう! ありがとう! ありがとう!」

「……なんだかテンションおかしくないですか?」

「おそらく寝ていないのでしょうなぁ。徹夜明けのテンションなのでしょう。ほふ」


 昨夜、夜遅くまで話し合いを続け、朝方近くに傭兵団の名前を決めることができたサイゾウたちはゲームからログアウトし、一時それぞれの現実へと戻っていった。


 それから数時間が経ち、サイゾウたちはそれぞれの現実での役目を終えて仮想世界の中に戻って来た。


「ボク、居眠りして先生に怒られました」

「ははは、サイゾウ殿は学生でしたな。我輩は寝不足で顔がむくんでメイクの乗りが」

「メイク?」

「ごほほん。いやはや本当に一日眠かった眠かった」

 

 誤魔化された。しかし、サイゾウはそれ以上追及しなかった。剛三郎にも現実があり、本人が話さない以上はゲームの中でリアルのことを追及するのはマナー違反だ。


「二人とも大変そうだねぇ。私はあの後別のゲームで素材集めをしていたよ。なかなかレア素材が出なくて」

「それで、レア素材は出たのですかな?」

「出たよ。でも必要な個数を揃えるのについさっきまでかかった」

「ということは、やっぱり寝てないんですね」

「うん。寝てないね」


 寝ていないわりにメフィストは元気そのものだった。少なくとも声は元気そうだった。


「それなら今日は早く寝たほうが」

「いやいやそんなことは言ってられないよ。なにせ今日は傭兵団『雑草魂』の活動初日なんだからね」


 メフィストはとても張り切っている。剛三郎も楽しそうだ。


 サイゾウも、楽しかった。けれど、少し複雑な気分でもあった。


「……雑草か」


 雑草。それはサイゾウの現実世界でのあだ名だ。


 そのあだ名にあまりいい印象はない。小さい頃からいじられ、からかわれ、笑われてきたあだ名だ。


 意味もなく邪魔なだけの存在。踏まれて、抜かれて、捨てられて、燃やされる、誰にも必要とされないただの草。


 サイゾウは剛三郎が「雑草魂にしましょうぞ」と言った時、イヤだと言いたかった。けれど、言えなかった。せっかく楽しんでいるのにそこに水を差すことができなかったのだ。


 自分が我慢すればいい。サイゾウはそう思った。今の自分は雑賀草太朗ではなくてサイゾウなのだから、と自分に言い聞かせた。


「サイゾウ殿」

「え? あ、なんですか?」

「さっそく現在所持しているスキルや称号の検証をしてみようと思うのですが……」


 剛三郎が意味深に言葉を切るとサイゾウの顔を見つめる。


「やはり今日はやめておきましょうかな」

「え、どうして」

「なにやらお疲れのご様子ですので」


 しまった、と思った、自分のせいで迷惑をかけてしまったとサイゾウは思った。


「ご、ごめんなさい。ボクは、大丈夫なので」

「無理をしてはいけませんぞ。キャラ越しでも伝わってくるほどなのですから」

「……ボク、そんなに辛そうですか?」


 ゲームのキャラクターは自分の分身であると同時に仮面でもある。現実とは違う自分を演じるための仮面だ。


 その仮面でも隠しきれていないほど草太朗は疲れているようだ。仮面越しからでも剛三郎にはサイゾウの向こう側にいる草太朗が辛そうに感じられるのだろう。


「ごめんなさい。ボクのせいで、楽しみにしてたのに」

「何かあったのですかな?」

「いえ、それは、えっと……」


 サイゾウは言葉を濁す。自分が何に悩み、何を気にしているのかわかっているから、言えない。伝えられない。


「メフィスト殿」

「そうだね。今日はやめておこうか」

「だ、大丈夫です。ボクは、ボクは」


 せっかく、せっかく仲間ができたのに、せっかく一人じゃなくなったのに。


「……はあ。まったく、無理してやったって楽しくないでしょ」


 突然、女の人の声が聞こえてきた。剛三郎の口から女の人の声が聞こえてきた。


「えっと、あの」

「あー、いつもはボイチェン使ってるの」

「そう、なんですね……」


 驚いた。脳がバグる。小汚いおっさんの口から女の人の声が聞こえてくるのだ。


「今日は寝る。また明日。いい?」

「は、はい」

「じゃ、すぐにログアウトして。あなたがログアウトしたら私もするから」

「す、すいません」

「謝らなくていいからさっさと寝ろ」


 おほん、と剛三郎が咳払いをする。


「ではお休みなさいませ、サイゾウ殿。のほほ」


 剛三郎の声がおっさんの声に戻った。


「メフィスト殿も寝るのですぞ」

「了解了解」


 メフィストはビシッと敬礼するとその姿勢のままログアウトして姿を消した。


「サイゾウ殿も」

「は、はい。おやすみ、なさい」


 サイゾウも頭を下げるとそのままログアウトして姿を消す。そして、サイゾウがログアウトしたことをフレンド確認画面で確認すると剛三郎もログアウトしてゲームの世界から姿を消したのだった。

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