第31話

 運営管理者ベータはアルファと通話をしながら今度のイベントの最終確認を行っていた。


「……何も見つからないね」

「そうだな。いくら調べても何も見つからない」


 二人の声は真剣そのものだった。


「やはり中止にした方がいいんじゃないのか?」

「ダメダメ。サービス開始してまだ半年だよ? ここでつまずいたら今までの勢いが止まっちゃう」


 懸念。懸念があった。今回のイベントには心配なことがいくつかある。


「まあ、さすがにサービスが終了するような爆弾は仕込んでないでしょ。さすがに」


 二人はいろいろな場面を想定してシミュレーションを繰り返す。どこかに不具合がないかプログラムを確認していく。


「ないねぇ。何もない」

「ああ、何もない」


 二人の間に流れる空気が重くなっていく。


「このイベントフィールドを作成したのはイクサだ。あれがデルタの分身だとしたら何か仕込んでいてもおかしくはない」


 今回のイベント専用フィールドはAIであるイクサがすべて行っている。最終チェックはアルファたちも行ったが、事前のテストではおかしなところは見当たらなかった。


 完璧だ。だからおかしい。不自然過ぎるほどに順調なのだ。


 アルファとベータは何度もテストを繰り返す。だが、何度テストしても不具合は見つからないし、不自然なところもない。


「やはり何もないのか?」


 アルファは逆に不安になってくる。もしかしたらと疑ってはみたがそれが見当はずれかもしれない。


「心配し過ぎだよ。これだけ探してもないなら何もないって」


 ベータは楽観的だった。何も心配していないのか、それとも何かが起きても大きな事件にはならないと考えているのか。


「それよりも彼だよ。さすがに個人を運営が晒すのはやり過ぎだと思うんだ。普通なら大炎上だよ?」

「わかっている。だが、天使を出現させるにはこうするしかない」

「それはそうだけど。それもテストで何もなかったじゃないか」

「あくまでテストだ。実際に何が起こるかわからない」


 アルファのもう一つの不安。それは天使だ。


 天使サリエル。デルタが生み出した天使。


「あいつは絶対に何か仕込んでいる。絶対に」

「考えすぎだって。ホント、アルファはデルタを信用してないなぁ」

「信用してるからだ。奴は絶対に、やる」

 

 アルファはデルタ、伊草涼子を信用している。悪いほうに。


「しかし可哀そうだね、サイゾウは。デルタの悪だくみに巻き込まれて」

「悪いと思っている。このイベントの後でちゃんとフォローはするつもりだ」

「それは彼が今後もゲームをプレイしてくれるって前提の話だよね? 今回のことで嫌気がさしてイベント開始前に引退するかもしれない」

「その時は、ダミーを使う」

「そこまでやる必要はないんじゃない?」


 ダミーAI。今後実装を考えている『RNPC』に実装予定のAIプログラムだ。


 RNPC。リアルノンプレイヤーキャラクター。実際に人間が操っていると錯覚するほどリアルな人格プログラムが組み込まれたAI搭載型のNPCである。


 このRNPCに搭載するAIをプログラムしたのは伊草涼子だ。なので現在この計画は凍結され、AIも最初から作り直されている。


 ただ凍結されてはいるが伊草涼子が作成したAIはアルファの手元にある。これを使えばサイゾウのアカウントをコピーしダミーAIに操作させることは可能だ。


「そのAIにも何か仕込んであるんじゃない?」

「かもしれない」

「だとしたらそれを使うのもリスクなんじゃないの?」

「だろうな」

「……キミさぁ、デルタに、涼子にこだわり過ぎじゃない?」

「そうだな」

「話ちゃんと聞いてる?」

「聞いてるよ」


 はぁ、とベータはため息をつき作業の手を止める。


「幼馴染なんだっけ、涼子と」

「再会したのは大学の時だ。すべてを知ってるわけじゃない」

「気になることがあるんでしょ?」

「……まあ、そうだな」


 伊草涼子とアルファは以前からの知り合いだ。正確にはアルファと名乗る運営管理者のひとりである『倉林正人』と伊草涼子がである。


「ベータ」

「なに?」

「死んだ人間を蘇らせることができると思うか?」

「ずいぶんと唐突だね」


 ベータはしばらく黙って考え、慎重に口を開く。


「この世界に魔法が存在してたら蘇らせることはできるかもね」

「そんなものは存在しない」

「そうだね。だから無理だ」

「あいつはそれをやろうとしていた」

「科学的に?」

「そうだ」


 二人の間に少しの沈黙が流れる。


「……あいつには妹がいた」

「いた、ってことは、今は」

「いない」

「……理由、聞いていい?」

「病死だ」

「……ごめん」

「俺に謝る必要はない。話を振ったのはこっちだ」

「でも、知ってるんでしょ?」

「ああ。小さい頃に三人で遊んだことがある」

「もしかして、涼子は妹さんを?」

「わからない。ただ、あいつは人の心を再現しようと研究を重ねていた。肉体は遺伝子が残っていればクローンを作れるが、心は、魂はどうにもならないからな」


 肉体はクローン技術で金さえ積めばどうにかなるかもしれない。倫理的に問題はあるだろうが、それを無視すれば可能だろう。

 

 だが心や魂はどうしようもない。遺伝子的に同じ人間だとしても人格は同じではない。周囲の環境が完全に同じでなければ完全に同じ人間を再現することはできない。


「俺はな、ずっと気になっていたんだ。なぜあいつが『サリエル』を選んだのか」


 エデンズフォール内には天使が存在している。その数は7体。そのうち5体はすでに作成は5人の運営管理者がそれぞれ完成させている。


 ラファエルはアルファが作成した。ガブリエルはベータが、ミカエルはガンマが、ウリエルはイプシロンが作成した。


 この4体がいわゆる四大天使だ。その作成の割り当てはアルファが決めた。


 そして本来ならウリエルはデルタが作るはずだった。だが、彼女はそれをイプシロンに任せ、彼女はサリエルの作成を自ら申し出た。


「サリエルが司るものは『死』だ。そして、月に強くかかわりを持つ天使でもある」

「月、ねえ……」


 月。月は満ち欠けを繰り返す。そのため大昔から月は『創造と破壊』『死と再生』の象徴のような意味合いを持っている。


「まさか、涼子はエデンズフォール内に妹さんを」

「わからん。だが、俺は以前あいつの独り言をきいたことがあるんだ」

「……盗み聞き?」

「あいつが作業通話を切り忘れたんだ」

「ふーん。で、なんて言ってたの?」

「また遊べたらいいね、ケイちゃん。と言っていた」

「ケイちゃんて、妹さんの名前?」

「そうだ。伊草景子。あいつが通話を切り忘れたときにそう呟いているのを聞いた」

「で、慌てて切ったと」

「そうだ。よくわかるな」

「聞かれたくないモノを聞かれたら誰でも慌てるよ。たぶん」


 また遊ぼう。なぜそんなことを言ったのか、それは涼子にしかわからない。わからないが確実に伊草涼子はゲーム内に何かを仕込んでいる。


「もし彼女がそんなことをしていたらそれこそエデンズフォールの私物化だ。そんなことは別のとこでやれって話だよ」

「すまない。俺があいつを引っ張って来たばかりに」

「それはいいよ。涼子が優秀なのは確かだし、涼子がいなかったらエデンズフォールは完成しなかった。まあ、いろいろと爆弾を残していったのは看過できないけどさ」


 ベータは疲れたようにため息をつく。最近、イクサを凍結したことで作業量が増え、ベータも疲れがたまっているのだろう。


「……じゃあ、アレは使わないほうがいいか」


 ベータはぼそりとつぶやく。その呟きをアルファは聞き逃さなかった。


「どうかしたのか?」

「ん? いやね、涼子からデータファイルが届いたんだよ」

「すぐに消せ」

「だよね」

「……一応、内容だけは聞いておこう」


 涼子からベータに届いたデータファイル。それはどうやらAIのデータファイルらしかった。データファイルが添付されたメッセージには涼子からファイルの内容の説明が書かれていた。


「ファイル名は『オール』。イクサを参考にして作ったAIプログラムだってさ。イクサを使用停止してるだろうから使えって」

「……あいつは本当に」


 完全に行動を読まれている。涼子は正人たちをからかうためにファイルを送ってきたのだろう。


「しばらく保管しておいてくれ。詳しく調べてから処分したい」

「今は時間がないしね。わかった」


 涼子が送ってきたデータはとりあえず保管。そもそも下手に触ることもできない。開いた途端に大爆発、なんてこともあり得る。


「それで、サイゾウの様子は」

「なんかいろいろとやってるよ」

「彼にはさっさとやられてほしいのだが」

「いやぁ、無理じゃない? さらに強化してるみたいだし」

「……厄介だな」


 現状でサイゾウを倒せるとしたらほかの超越者たちだろう。それも4人で協力してやっとだろう。


 ただしそれはサイゾウが何もしなかったらの話だ。サイゾウがさらに強化を図っていたらほぼ不可能になるだろう。


「なんであんな発動条件にしたの?」

「全員で話し合った結果だろうが」

「まあ、そうなんですけどね」


 天使が出現する条件。それは天使シリーズの装備を4つ装備した状態で戦闘不能になること。


 テストでは正常な挙動をしていた。ただしテストではの話だ。


「何もなければいいね」 

「ああ、それが一番なんだがな……」


 重苦しい空気の中、2人の作業は続く。日付が変わるまで、そして日付が変わっても作業は続いた。


 

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