第30話

 会議から戻ったサイゾウはいつもの地下庭園でメフィストたちと合流し会議の内容を二人に説明した。


「あはははは!」

「笑い事じゃないですよメフィストさん」

「運営が個人を晒し上げるなんて。ちょっとやり過ぎじゃない?」

「剛三郎さん……」


 会議の内容を聞いたメフィストは大爆笑、反対に剛三郎は運営のやり方に不快感を覚えたのかロールプレイを忘れて少々怒っているようだった。


「いいじゃない、面白そうだ」

「他人事だと思って、何が面白いんですか?」

「他人事じゃないよ。今回のイベントの参加は団単位。つまりは私たちも強制参加ということになる」


 確かにその通り。標的になるのはサイゾウだけではなく同じ団の団員であるメフィストたちも同じなのだ。


「私たちも有名プレイヤーの仲間入りだ」

「よくないですよ。ボクは、目立ちたくなんてないのに……」


 目立つのは苦手だ。人前に立つのはあまり好きではない。緊張してしまうし、そもそも人に見られるのもちょっと怖い。対人恐怖症気味のサイゾウにはこの状況は苦痛でしかない。


「ならイベント当日はログインしなければいいさ。さすがに運営もアカウントを乗っ取って参加させるようなことはしないと思うよ」

「まあ、そうかもしれないですけど」

「イベント、参加したいんでしょ?」


 サイゾウはメフィストの言葉に口を閉ざす。


「私と剛三郎はエンジョイ勢だから参加でも不参加でもどっちでもいいけど、サイゾウくんは参加して下手に目立ちたくない。イベントに参加するとキミが超越者だってバレて注目を集めてしまうかもしれない。だからイベントには参加しない。だよね?」

「……はい」

「本当は?」

「……ふたりと、参加したいです」


 前回のイベントは個人戦だ。ボスモンスターを倒して与えたダメージやサポートによって貢献度を稼ぎ、その貢献度上位のプレイヤーに報酬が与えられる。


 だが今回はチーム戦。勝利したチーム全員に報酬が与えられる。


「せっかく団で参加できるんだから一緒に遊びたい、ってことかな?」

「……なんでわかるんですか?」

「キミは素直でかわいいねぇ」

「か、からかわないでくださいよ……」


 恥ずかしい。メフィストに完全に心を読まれている。


 だがメフィストの言う通りだ。サイゾウは二人とイベントに参加したかった。二人と遊びたかった。けれど、あまり目立ちたくもない。自分が目立つことで二人に迷惑をかけるのは忍びない、とサイゾウは考えてイベント不参加を決めた。


 けれど未練はあった。やっぱり二人と遊びたかった。


 だから正直、サイゾウはメフィストや剛三郎と一緒にイベントに参加できるがちょっと嬉しかった。まあ、状況的はまったく嬉しくもなんともないのだが。


「まあしかし、個人を晒し上げるなんて運営のやることじゃない。となればやることはひとつだ」

「何をするんですか?」

「嫌がらせ」


 メフィストは不敵な笑みを浮かべる。意地の悪い悪だくみをする悪人のような顔だ。


「目には目を歯には歯を、嫌がらせにはとことん嫌がらせで対抗だよ」


 そう言ってメフィストは目を輝かせている。なんというか、ものすごく楽しそうだ。


「サイゾウくん。キミは運営からボスになれって言われたんだよね?」

「はい、そうです、けど」

「なら、本当にボスになればいい」


 メフィストはサイゾウの肩をポンと叩く。おそらくメフィストには何か考えがあるのだ。


「となればいろいろと揃えないとね」


 というわけでサイゾウたちは地下庭園を出て町へと繰り出した。


「イベント開始まで三日。その間にやれることをやろう」


 向かったのは『防具屋』。メフィストは小一時間あれやこれやと吟味しいくつかの装備を購入した。


 購入したのは『鈍足ブーツ』『防壁の首飾り』『リジェネピアス』だった。


「まず鈍足ブーツ。これは素早さを25%減少させる代わりに防御力を25%上昇させることができる」


 現在のサイゾウの防御力は約15000。その防御力を25%上昇させることがでる。ということは合計するとサイゾウの防御力は約18800となる。


「次に防壁の首飾り。これは装備すると防御魔法『ドームシールド』を職業に関係なく使うことができる」


 防御魔法『ドームシールド』。これはその名の通り半透明のドーム状の防御壁を発生させる魔法である。そのシールドの防御力や耐久力は発動した術者に依存する。


「シールドの耐久力は術者のHPの三分の一。防御力は術者の物理魔法防御力の半分。つまりサイゾウくんの場合、鈍足ブーツの効果を含めて防御力は9000超え。耐久力はHPの三分の一だから大体300万てところかな」


 ドームシールドは魔法としては初級の部類だ。だが、サイゾウが使用することで異常な性能を発揮する。


「ドームシールドはそれほどMP消費量が高くないから破られてもすぐに張りなおせばいい。それにサイゾウくんのMPならいくらでも張り放題だ。」

「それ、ヤバくない?」

「うん、かなりヤバい。で、もう少しヤバくなる」


 そうまだ一つメフィストは装備を購入していた。


「最後はリジェネピアス。これは毎秒HPの1パーセントを回復する効果がある。普通だとあんまり嬉しい効果じゃないけど、サイゾウくんの場合はかなり、というかおかしなことになる」


 サイゾウのHPは繊月の白銀鎧の効果で999万9999となっている。毎秒そのHPの1パーセントを回復すると言うことは、1秒ごとにHPを約9万回復することになる。


 さらに繊月の白銀鎧は朔望の小手で吸収したHPやMPをストックすることができる。その最大貯蓄量は999万9999。これを利用すれば回復力はさらに上がる。


「どうだい? これで人間要塞の完成だ」


 ゲームバランスを崩すほどの防御力、それを装備により上昇させ、さらに魔法による防御壁を張り、加えてHPを自動回復させる。防御性能だけ見れば『ぼくのかんがえたさいきょうのボス』にしか思えない性能である。


「でもこれじゃあ、守るだけで」

「全部をサイゾウくんが賄う必要はないよ。敵は剛三郎のガソリンで燃やせばいいし、ボクはジョブ的に索敵やかく乱が得意だからレーダー的な役割ができる」

「今度のイベントは団単位。私たちはみんなでひとつ。でしょ?」

「……ありがとう、ございます」


 いい仲間に恵まれた。サイゾウは本当に心からそう思う。


「それに私たち以外にも仲間はいるだろうし、その人たちと協力すれば」

「さて、それはどうだろうねぇ」


 剛三郎の言葉にメフィストは疑問を呈する。


「今回のイベントマップ見た?」

「見たけど、それが?」


 メフィストはサイゾウと剛三郎の前に今回のイベントの舞台となるフィールドのマップを表示する。


「イベントでは巨大な島に建てられた砦を奪い合う。砦を落とすとその周辺の陣地が奪い取ったチームのものになる。で、その砦の奪取の条件は砦の主を倒すこと」


 サイゾウはマップを確認する。色分けされたマップには砦の場所も記されている。 


「……あ」

「サイゾウくん、気が付いたね」


 サイゾウはマップを見て気が付いた。


「砦が、ひとつしかない……」


 五色に色分けされたフィールド。その中央の紫色の部分がサイゾウの陣地だ。その陣地には砦がひとつ。そう、ひとつしかない。


「砦の主には参加した団の団長がランダムで選ばれる。しかし、こっちには砦がひとつしかない」

「つまり、ボクたちのところには」

「仲間は来ない、ってことね」

「そう言うこと。ひどいよねぇ」


 ひどい。ひどすぎる。明らかにおかしい。嫌がらせにもほどがある。


「本当に運営からサイゾウくんへの嫌がらせか、それともこれぐらいやらないとハンデにならないのか。まあ、どっちでもいいけどね」

「どっちにしろ叩き潰すだけ?」

「その通り」


 叩き潰す。剛三郎の言葉は物騒だが、メフィストはそのつもりらしい。


「僕たちはこのイベントを滅茶苦茶にする。ボスキャラらしく徹底的にね」


 悪い。悪い顔だ。悪だくみをしている顔だ。メフィストは極悪人の顔をしている。


「名づけて『徘徊ボス作戦』」

「徘徊ボス?」

「そう。特定のダンジョンやエリアに留まらなずにフィールドを移動するタイプのボスキャラのことだね」


 このゲームにはボスモンスターが存在している。その種類は3つ。ダンジョンの中にいる『ダンジョンボス』、イビルトレントなど特定のエリアに留まる『エリアボス』、そしてフィールド上を自由に動き回っている『徘徊ボス』の三種類だ。


「作戦内容を説明するね。まず最初に砦は放棄する」

「え? それだと陣地が取られちゃうんじゃ?」

「たぶん大丈夫。ルールには砦の主、つまり主に選ばれた傭兵団の団長が倒されない限りは砦を奪われることはない。ようするにサイゾウくんが死なない限りは砦を取られることはない」

「なるほど。で、放棄してどうするの?」

「隠れながら移動する。サイゾウくんは忍び足や偽装のスキルを使って、私はシーフのスキルで、剛三郎は魔法でどうにかして身を隠しながら移動して、相手チームの砦を急襲する」

「でも、奪ってもそれを維持できないんじゃない? 仲間がいないとなると」

「別に奪わないよ? 荒すだけ」

「……マジで嫌がらせするだけなのね」


 剛三郎は呆れる。本当にイベントを混乱に陥れて運営に嫌がらせをするだけが目的のようだ。


「あ、でもボクは鈍足ブーツのせいで移動速度が」

「それは『加速』のスキルで補うつもり。それにもともとサイゾウくんは足が遅いからね。鈍足ブーツの影響がなくても」

「そう、ですね。ははは……」


 その通り。サイゾウは足が遅い。

 

 理由は簡単。レベルが低いからだ。種族レベルを上げれば基礎値が上昇し、ジョブレベルを上げれば基礎値に補正をかけられる。だがサイゾウは種族もジョブもレベル1。一応。庭師はレベルマックスだが、このジョブは戦闘系のジョブではないのでステータスの補正効果はまったくない。


「やることはシンプル。姿を隠して移動して敵のど真ん中に陣取って、その場を滅茶苦茶にしたら移動して、また陣取って場を荒す。ね、簡単でしょ?」


 簡単。ではない。サイゾウの異常な防御力があってこその作戦だ。


「とにかく暴れまわる。そのために必要なことは何でもする。あと三日あるからね。その間にもう一度自分たちの能力を確認して、足りないものがあれば補っていこう」


 メフィストの言葉にサイゾウと剛三郎はうなずく。だが、うなずいてからサイゾウは、本当にこれでいいの? と疑問が浮かんだ。


 本当にこれでいいのだろうか。


 本当に。


「さあ、張り切って嫌がらせしよう」


 いろいろと疑問は残るし不安もあるが、やらなければならないならやるしかない。


 楽しく。そう、何事も楽しく、である。

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