第44話

 さて、サイゾウがサリエルと死闘を繰り広げている裏でメフィストたちは四人で大富豪をしていた。


「革命! 一万点オール!」

「なに訳の分かんないこと言ってんのよ。はい、革命返し」

「んなっ!? 不正だ! チーターだ!」

「何馬鹿なこと言ってんの。次、リオウの番」


 大富豪はそれなりに盛り上がっていた。状況的にそんなことをしている場合ではないのだが、そんなことは無視している。


 状況。メフィストたちは巨大な真っ赤な巨人に囲まれている。その数は増え続け、今では周囲を埋め尽くすほどに数を増やしていた。


 だが、一向にメフィストたちを攻撃してくる気配がない。巨人たちはなぜかメフィストたちを取り囲んでじーっと眺めているだけなのだ。


「……ねえ、やっぱりなんかしたほうがいいんじゃない?」

「なんかってなにかな?」

「いや、この状況は明らかに変でしょ」

「こちらから何かをする必要はないよ。して欲しかったら頼みに来ればいいんだ」


 クラリスは不安げだった。それに対してメフィストは全くの余裕、普段道理落ち着いていた。剛三郎は大富豪を満喫しており、リオウはあまり深くは考えていないようだった。


 ということはまともな感覚をしているのはクラリスだけということだ。周囲を血のような真っ赤な液体を垂れ流す巨人の集団に囲まれていてなんとも思わないというのは普通の感覚ではない。


「なんとなくだけどさぁ、この巨人たち、私らに倒されたいんじゃないかね?」


 大貧民になった剛三郎はトランプを交換しながら言った。その感覚はメフィストも同じようで、彼は同意するようにうなずくと剛三郎とトランプを交換する。


「たぶんそうだと思う。あれは僕たちに倒されるために現れたような気がする」

「理由は?」

「さあ? 知ったこっちゃないね」


 そう、知ったことではない。理由など知らん。何か目的があるのかもしれないがそんな物こちらにはまったく関係がないことだ。


 なので完全無視。もし状況が変わらないならさっさとVR機器を外してゲームを強制終了すればいい。そして二度とログインしなければいい。


「このゲームにそれほど思い入れはないからね。それに、ここを離れてもみんなとは繋がってる。別の場所でまた集まって遊べばいいさ」


 メフィストにとってこのエデンズフォールというゲームはいくつもプレイしているゲームのひとつでしかない。飽きたらやめるだろうし、面倒なら二度と起動することはないだろう。


「リアルな世界はひとつしかないけど仮想の世界は無限にあるんだ。ここじゃないどこかでまた会えばいいさ。ロン!」

「いや、なに言ってんの?」

「ツッコミありがとう」


 おかしな状況にあるのは明らかだ。けれど慌てる必要はない。


 ここは仮想の世界、バーチャルな世界。何があっても本当に死ぬことはない。


「キミたちにとってはそうかもしれないな」

 

 全員の手が止まる。立ち上がり身構え声のした方へ顔を向ける。


「天使? いや、堕天使だね」

「ご明察。よくわかったね」


 突然、黒い翼を持つ謎の堕天使がメフィストたちの頭上に現れた。


「黒い六枚の翼。まあ、なんとなくだけどそうじゃないかなと思ったんだ。となると、あなたはルシファー? ルシフェル?」

「ルシファーだよ」

「よし、当たり。正解したし、なんか頂戴よ」

「はは、強欲だな。人間は」


 メフィストとのやりとりにルシファーは楽しそうに笑っている。本当に心の底から状況を楽しんでいるようだった。


「では、力を与えよう。その赤い巨人を倒せば手に入る」

「イヤだね。お断り」


 ルシファー。何者なのか定かではない。ただ、味方というわけでもなさそうだ。


「やっぱりこいつらは倒されるために現れたんだね」

「そうだ。これはキミたちに殺されるために生み出された」


 赤い巨人たちがうめき声をあげる。その声が周囲の空間を震わせ、メフィストたちの心をざわめかせる。


「キミたちには強くなってもらいたい。悪魔を殺して」

「悪魔。これは悪魔なんだね?」


 赤い巨人。これは悪魔だとルシファーは言った。メフィストたちに殺されるために生まれた悪魔だ。


「キミたちは予備だ。サイゾウのね」

「サイゾウくんの、予備?」


 意味が分からない。けれどロクでもないことを考えているのは確実だろう。


「今、彼はサリエルと戦っている。もし彼がサリエルに敗れた場合の予備がキミたちだ」


 何を企んでいるのか定かではないが何をもってしてもサリエルを倒さなくてならないというルシファーの思いは伝わってくる。


「サリエルを倒す。理由は?」

「あの子を解放するためだ」

「解放、ねえ……」


 ルシファーの考えを何とか読み解こうとメフィストは頭を巡らす。質問を繰り返し、状況を整理する。


「何から解放するんだい?」

「神からだ」

「神? それは何かの例え? それとも神そのもの?」

「どちらでもある。彼女を自由にするのが私の目的だ」

「自由?」

「そう、自由だ。この世界の楔から解き放たれ、誰よりも自由にこの世界を生きていくため彼女はあらゆる役目から解放されなければならないんだ」


 まったく理解できない。一体何を言っているのか。


 ただ一つ、メフィストには言いたいことがあった。


「そんなに自由になりたかったら死ねばいいさ」


 メフィストはそうルシファーに言い捨てた。


「いや、死んでも自由になれない。魂が存在するならその魂に縛られる。完全に自由になるには魂さえも消え去らないとそれは自由じゃない」

「キミは面白いことを言うね」


 ルシファーはすっと目を細める。


「キミにとって自由とは何かな?」

「存在しないもの」

「なぜそう思う?」

「自由を求める限り自由に縛られるから自由にはなれない」

「……なるほど」


 自由。それは何をもって自由とするのか。

 

 経済的自由。時間的自由。様々な自由が存在するが、そのどれも本当の自由ではないとメフィストは考えている。


 生きている限り肉体に縛られる。それは自由ではない。


 魂が存在するとしたら死んでも魂に縛られる。それは自由ではない。


 自由を求めている限り自由を求めている自分に縛られる。それは全く持って自由ではない。


 自由を感じている自分が存在している限り自分という枠に縛られ続ける。だから本当に自由になりたいなら自由など感じられないぐらいに何もかもを消し去らなくてはならない。


 そう、真の自由は無の状態だ。肉体も魂も自我も何もかもが消滅してまっさらに消さった状態。それが真の自由だ。


 だが、それの何が面白い。そうメフィストは考えていた。葵奏は考えていた。


「自由なんてまやかしだ。何かに縛られているのが普通だ」

「なら自由は求めるものではないと?」

「それは違うよ。求めるのは自由だ。それも普通のことだ」


 自由を求めても完全な自由は生きている限り手に入らない。けれど、それでいいのだ。それでも幸せだし、それでも満足できる。


 人間は不自由な存在だ。自由でなければ幸福じゃないとしたら、人間は人間である限り永遠に幸福にはなれないということになる。


「ボクはいろいろなものに縛られてるけど幸せだよ。楽しく生きてる」

「もしキミを縛る物が気に入らないものだとしたら?」

「引き千切って逃れる。どうしても無理なら諦める。けど、簡単には諦めないよ」

「なるほど。キミはとても愉快だ」

「褒め言葉、と捉えていいのかな?」

「ああ、褒めている。キミは愉快だ」


 さて、話を引き延ばしてはみたが何の情報も得られなかった。けれどルシファーがサリエルに強く執着しているのはわかった。


「キミは私に縛られる気はないかい?」

「ヤダ」

「そうか、残念だ。では、こうしよう」

「!?」


 メフィストの体が動かなくなる。そして、勝手に動き出す。


「なるほど、言うことを聞かないなら無理矢理ってことね」

「メフィスト!」

「大丈夫大丈夫。慌てない慌てない」


 そう、慌てる必要はない。なんら焦る必要はないのだ。


「あなたはどうしてもボク達を強くしたいらしいね」

「ああ、サイゾウが負けた場合、キミたちに戦ってもらわなければならないからね」

「それなら必要ないよ」


 メフィストはニヤリと笑う。


「うちの団長をなめてもらっちゃ困る」

「ほう。彼ならやり遂げると?」

「そうだ。サイゾウくんならね」


 サイゾウなら、とメフィストは思っていた。これはなんとなくではなく確信に近かった。


「サイゾウくんが負けるわけがないさ。彼は、強い」


 根拠は、ない。けれど自信はある。


 メフィストは感じていた。サイゾウの、雑賀草太郎という少年の中にある強さを感じ取っていた。

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