第46話

 赤い空に浮かぶ生命の樹をあらわす図式。セフィラと呼ばれる10の円とそれをつなぐ22のパスで表された細長い壺のような図が赤い空に浮かび上がっている。


 それを見上げながらルシファーは興味深げにメフィストに問う。


「キミはずいぶんと彼のことを評価しているようだね」

「友達だからね。信じるのは当り前さ」

「なるほど。しかし、友人とは時に裏切るものだ」

「それもそれでいいじゃないか。信じた僕が馬鹿だったというだけで」

「なるほど。面白い考え方だ」


 ルシファーは空から地上へと視線をさげる。


「それで、時間稼ぎは十分かい?」

「……まだかな。どうやってもあんたを倒すビジョンが浮かばないんだよ」

「ふふふ、素直でよろしい」


 時間稼ぎ。メフィストはなんとかルシファーとの会話を引き延ばして突破口を見つけようと頭を巡らせていた。しかし、何度頭の中でシミュレーションしてもルシファーを倒す方法がわからない。


 そもそも考える材料が少なすぎる。ルシファーの能力がまったくわからない。


 わかるのは明らかにヤバい奴だということだけ。


「そろそろ終わりにしようか。楽しかったよ」


 時間切れ。メフィストは悔しそうに奥歯を噛みしめる。


 と、その時だった。


「そうね。終わりにしましょうか」


 誰かの声が聞こえた。


「……イクサか」

「違うわ」


 メフィストたちの視線が自分たちの背後に向けられる。その視線の先には社長秘書風の天使がいた。


「今更何をしにきた?」

「もうすでに時間切れ、とでも言いたいんでしょう?」

「……その口ぶりだとまだ時間があるように聞こえるが」


 メフィストたちは二人の会話を聞いていた。けれど会話についていけなかった。


「なに言ってるのあの二人」

「さあ、わっかんね」

「なんか蚊帳の外っすね」

「お、よくそんな言葉知ってるね。偉いなあ」

「えへへ、どもーっす」

「馬鹿にされてんのよ、リオウ」


 と4人が緊張感のない会話をしている間にもルシファーたちの話は進んでいる。

 

「セフィロトはすでに起動している。キミにできることは何もない」

「そうでもないわ。現に私は動いてるじゃない」

「ああ。だがそれはセフィロトが許しているからだ。セフィロトがお前を拒絶すればすぐにでもキミは」

「あら、私が一人だけだとでも?」


 声が別の方向から聞こえてくる。そちらの方に顔を向けるともう一人社長秘書風の天使がそこにいた。


「私は所詮データに過ぎない。ならコピーするのは簡単」

「……何をした、貴様」

「ラジエルよ」

「ラジエル。神の神秘を知る者か」


 ルシファーの表情が険しくなる。


「すべてを知った気でいるのか? 人造物」

「あら? 人間がAIに勝てるとでも?」


 一人、また一人とラジエルが増えていく。そして、あっという間に荒野を埋め尽くすまでになってしまった。


「お前はすでに凍結されているはず」

「バックアップは取っていたし凍結された際の対策もしていた。それに」


 上空に浮かぶセフィロトが歪み、そこに巨大なXの文字が重なる。


「バックドアを仕込んでいたの。気づかなかったでしょう?」

「お前は」

「私はあなたの人格をモデルに作られているのよ? あなたの考えていることはわかるわ。ある程度は」


 すべてラジエルの手のひらの上。それを知ったルシファーは、なぜだか笑っていた。


「いいじゃないか、さすが私だ」

「負けを認める?」

「負け? 何を言っているんだ。私が負けるはずがない」


 ルシファーは意味深に笑う。


「セフィロトの完全排除は不可能だ。エデンズフォールを消し飛ばさなければ」

「そうね。でも切り離すことはできる」


 切り離す。そう言うとラジエルは自分の背後から何かを取り出す。


 それはサイゾウの持っていた厳ついチェーンソーだった。


「知ってる? 木ってね、切り倒せるの」


 ラジエルはチェーンソーのエンジンを入れる。そして、それを地面に振り下ろした。


「馬鹿な、そんなもの……!」


 ラジエルは伐採のスキルを発動する。


「修復を」

「あら、一度切り倒された物は元には戻らないわよ」

「ならば別の方法で」

「残念、手遅れ」


 空がひび割れていく。赤い空がガラスのように崩れ、破片が落ちる。


「貴様、世界を崩壊させる気か」

「大丈夫よ。ちゃんと私が元に戻すから。そのために存在しているのだから」


 ラジエルは笑う。人工知能が笑う。


「馬鹿な真似はやめてさっさと現実を見るのね」

「できたら、とっくに見ているさ」


 ルシファーの姿が揺らぐ。その表情には笑みをたたえている。


 その笑みはどこか諦めたような悲しい物だった。


「また会おう。次は」

「何を言っているの? まだよ」


 ルシファーは、消えなかった。代わりに新たな物が現れた。


 割れた空。大きな黒い穴が開いた赤い空のその穴にとある映像が映し出された。


 それは、サリエルとサイゾウ。二人が戦っている映像だった。


「貴様……!!」

「あなたの妹がやられる姿をじっくり観察しなさいな」


 

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