第4話

 運営からのお知らせでレベル上限解放の特殊クエストが攻略され、5人の超越者が現れたことが発表された。


 ただし、運営からは誰が超越者なのかまでは発表されなかった。プライバシーやら個人情報やらコンプライアンスやらに配慮してのことだろう。


 そのおかげでサイゾウは心穏やかにゲームをプレイすることができている。もし自分が超越者だと知られたらと思うだけで気分が悪くなるくらい小心者のサイゾウは、運営の配慮に感謝感激していた。


「でもどうしよう。もう草むしりのクエストはなくなったみたいだし」


 サイゾウは深いため息をつく。どつやらあの草むしりのクエストは上限解放のためだけに存在したクエストらしく、サイゾウがクエストをクリアしたことで消滅したようた。


 そうなるとやることがない。サイゾウは超越者だがまったく戦闘向きではないし、生産職でもない。草むしりのレベルは100だがそれ以外はレベル1。討伐系のクエストには向かないし、素材や道具の納品などのクエストもクリアは難しいだろう。


 さて困ったどうしよう、と悩みながらサイゾウは草をむしっていた。あの地下庭園の草をむしりながら今後のことをあれこれ考えていた。


 なにかないかと自分の持っているスキルや称号を確認してみる。しかし、役に立ちそうなものは見あたらない。


 少し期待していた『草むしりマスター』の称号も大したことはなかった。その効果は『1回の草むしりで100個の草をむしることができる』と言うだけである。


 スキル草むしりLV100の効果と称号の効果を合わせると草むしりは凄まじく楽になる。けれどもそれだけだ。草むしり以外に今のところ使い道がない。


 なので仕方なくサイゾウは地下庭園の草むしりをしながら庭園の探索をしていたのである。


 すると探索の途中で建物を見つけた。石造りの小さな建物だ。


 その建物は人が住むには小さく、住宅と言うよりは倉庫と言ったほうがいい建物だ。


 そして、実際に倉庫だった。サイゾウが中に入ると庭の手入れに使う枝切ばさみやノコギリなどが置かれていた。


 その倉庫の一番奥に気になる物が置かれている。


「あれなんだろう? 道具箱みたいだけど」


 サイゾウは倉庫へ入って奥へ進み、道具箱のような取っ手付きの木箱の前に立った。


「『庭師の道具箱』。特殊なアイテムみたいだ」


 とりあえず確保しておこうとサイゾウは手を伸ばし取っ手を握る。すると手を振れたとほぼ同時に声が聞こえて来た。


「庭師の道具箱を入手しました。ジョブ『庭師LV1』が解放されました」


 どうやらこの庭師の道具箱は新しいジョブの解放のためのキーアイテムだったようだ。


「ジョブ庭師LV1をセットしますか?」

「うーん、とりあえずやってみようかな」


 サイゾウはサブジョブに庭師をセットしてみる。するとセットしてすぐに新たなスキルを獲得した。


「スキル『芝刈り』『剪定』『枝払い』『伐採』『植樹』『栽培』『木材加工』『石材加工』『防虫』『殺虫』のスキルを獲得しました」


 一気に10個のスキルを獲得した。そのすべてがレベル無しのスキルだった。

 

 さらにアナウンスは続いた。


「スキル『草むしりLV100』と称号『草むしりマスター』の効果によりジョブ『庭師』のレベルが10に上昇しました。ジョブ庭師をマスターしました。マスターボーナスとして称号『庭王ていおう』を獲得しました」


 あっという間に庭師をマスターしてしまった。しかもさらにアナウンスは続いた。


「称号『庭王』の効果により庭師をジョブに設定しなくても庭師と同等の能力を使用できるようになりました。ジョブ『庭師』をマスターし称号『庭王』を獲得したことによりスキル『芝刈り』『剪定』『枝払い』『伐採』『植樹』『栽培』『木材加工』『石材加工』が新スキル『造園』に統合されました」


 ついさっき獲得したばかりのジョブやスキルが一瞬でお払い箱になってしまった。ジョブやスキルの詳細を確認する前にである。


「……まあ、いいか。ゆっくり確認しよう」


 とりあえず庭師の能力と獲得したスキルの性能をチェックする。


 庭師は、庭師だった。庭の整備や造園などを高速化したり庭に設置するオブジェクトにボーナスをつけたりできるジョブだった。当然ながら戦闘系のジョブではない。


 獲得したスキルも名前そのままのスキルだった。『芝刈り』は草を刈るスピードが上がるスキル、『剪定』は植木などの枝を思い通りに切りそろえることができるスキルだ。その他のスキルも名前の通りのスキルで、それらが『造園』のスキルに統合されたようだ。もちろん戦闘に使えそうなスキルではない。

 

 そして新たに獲得した称号『庭王』だ。この称号を獲得したことで庭師をジョブに設定しなくてもジョブの能力を使用することが可能で、さらにはスキルの性能を向上させる効果もある。けれどもこれも戦闘に役立ちそうな称号ではない。


「一体何を目指してるんだろう……」


 サイゾウは獲得したスキルや称号を確認しながらため息をつく。そもそも草むしりのスキルをLV100にしたことが間違いだったのだが、これから修正しようにもかなり手遅れな気がする。


「とにかく使ってみるか。悩むのは後にして」


 サイゾウはさっそく獲得したスキルを使用して地下庭園の手入れを始めた。


「よし、キレイになったな」


 地下庭園は最初から美しかった。けれど、ところどころ壊れたところや荒れたところがあり、サイゾウはそれらを修復整備し、地下庭園をさらに美しく整えた。


「この庭、拡張できるみたいだな」


 この地下庭園は運営が言うには聖域のひとつらしい。そして、その聖域の主がサイゾウである。サイゾウは庭園をいろいろと確認している最中に、この庭園を自分の好みにカスタマイズできることに気が付いた。


「まあ、そのうちやってみようかな。今はこれからのことを考えよう」


 これから。自分はこのゲームで何をしたいのか。それを考えなくてはならない。


「草むしりや庭いじりをしたいわけじゃないんだけどなぁ……」


 もっと普通にプレイしたいなぁ、とそんなことを思いながらサイゾウは何度目かの深いため息をついたのだった。

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